(3/4)ATOKとの死闘


 アプリを入れた数日後に〝戻し方〟を理解したキモニキだったが、イケてると思い選んだくせに使用を取り止めることにはいささかの敗北感を覚え躊躇ちゅうちょする。

 しかも、ATOKエイトックという新しい存在と触れあえる日々には期限リミットが定められていることにも気付いたのだ。


「お前が消失するのが先か……お前を調伏してやるのが先か、やってやろうじゃねえかッ!」


 別に、消えはしない。


 期限リミットを迎える前に有料版を購入すれば済むだけの話。


 しかし、キモニキは設定を盛る。ATOKが顕現けんげんする限られた日数で持ち主としての力を誇示しなければ、それを使う機会をいっし一生ATOKにれられない……そんな設定で生きることにした。


 その方が、テンションが上がるからである。


「あ゛あ゛ー、クソが!」


 気持ちだけではどうにもならず「き」を打とうとしたはずが指を弾く角度を誤り「か」や「く」になることなど日常茶飯事。


「闇の力……使いこなしてやらぁッ!」


 闇でも何でもない。むしろ「多くの者に快く端末を使用して欲しい」という願いが込められ誕生したATOKを闇呼ばわりとは、失礼極まりない話である。



 死闘の日々は続く。そしてキモニキは、百獣の王が行使すると聞き及んでいた一つの習性から突破口を見出した。


 獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす、ならばキモニキもキモニキ自身を死の淵に送り込めば良い。死中に活を求める、背水の陣。


「早く打たなきゃ死ぬ、早く打たなきゃ死ぬ、早く打たなきゃ死ぬ」


 しくも、当時のキモニキはチャット型のゲームに興じていた。このゲームは本書「助かるかもしれない運転」二章の五話で言及されるように、荒くれ者の跋扈ばっこするスラム街のような治安状況。


「文字を、打たなきゃ……死ぬッ!」


 発言の遅い者、入力文字数の少ない者は初心者であろうと徹底的になぶられ蹂躙じゅうりんされる世紀末めいたゲーム環境。キモニキはATOKとの対話を重ね、時に寄り添い時に衝突しながら戦乱の村々を歩み続けた。


こたえろ……ATOKッ!」


 諸説あるが、ATOKの予測変換は心なしか賢いという情報も確認されている。この日、単にキモニキの体感によるものなので気のせいという可能性もあった。しかし妖刀が侍の力や存在を認めるかのごとく、徐々にATOKが自分に馴染む様をキモニキは感じとったのである。


 ようやく、ATOKが〝応えた〟瞬間。

 

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