(6/6)最終回 物語を紡ぐキモオジ


 月日は流れ、キモオジは創作活動を始めていた。


 経緯や動機に詳細はさて置いて、キモオジは一生に一度くらい一次創作の作品を最後まで完成させ、公募に送りたいと考えていたのである。


 かつての人生で二度作った〝絵画〟は、言ってしまえば動物資料の二次創作とも言える上に趣旨テーマが決まっている公募だった。自由な発想で作る創作は一度も完成まで漕ぎ着けず、残らず爆破してきた。


「書くの楽しい、止まらない」


 季節が夏から秋に移り変わる頃に〝創作〟を開始したキモオジは二十万字書き完結させた処女作を諸事情で下書きに戻し、その年と翌年を跨ぐ年末年始頃からひたすらに執筆を再開した。


「日曜日だ……配信見に行かねば。さて『こんぺん』と入力!」


 人付き合いもおろそかになり黙々と執筆のみを続け、山奥に住まう世捨て人のような生活を送るキモオジが時たま顔を見せ人間に戻る瞬間こそが、天野アマノ氏の配信である。


 天野アマノ氏、と具体名を出すことがはばかられるが近況ノートなどでも触れているので今更いまさらだった。


「雰囲気があったけえ。みんな頑張ってるんやなぁ」


 天野アマノ氏は〝全て〟を励まし、応援する。作業進捗しんちょくを投稿した多くの表現者達が、配信を眺めては天野氏から活力を受け取っていた。


「自分は速、い……のかな……」


 キモオジが届けた報告と周囲の反応を見るに、作品を作る速さだけは平均や一般的なそれよりも、少しだけ速いらしいと自覚する。


 どうやら、いわゆる「筆が速い」という状態なのかもしれないが、かと言って何百何千の人達に愛される物語や光る技巧を持ち合わせる内容は作れないので「だからどうした」という話だった。


 しかし、考え方が変わる。


「意外と早かった。で、今も楽しい。早くて良かったかもしれん」


 誰かと、人と比べてどうとか以前に〝自分〟が立てた大体の目標よりも大幅に早く、執筆が完了したのである。


「もっと書きたいな、書くかー!」


 予定より早く終わったなら、前倒しで多くの物事を考えることが出来る。他の作品を作りたくなれば取り掛かれるし、創作外の趣味に使えるリソースも増える。そう考えると「速く出力アウトプット」は楽しさを広げる手段の一つになり得る気がした。


「特に何を工夫とかないから、分からないんだよな」


 比較的、真剣ガチめに「どうして筆が速いのか」とかれる機会があったキモオジは、その質問に答えられなかった。普通に、当たり前に、楽しく書いていただけの感覚だからである。

 強いて言うならメモ帳アプリに作品関連の内容を推定で数万文字ほど残していただけだった。


 作品関連の内容を数万文字と言えば聞こえは良いが、フタを開けると実に乱雑で時系列もめちゃくちゃに散らばった粗末そまつなものが正体。

 スクリーンショット一枚分つまり上限五百文字に収まる文をメモ帳アプリに数十件残す様子は、スケッチブックを持たない子供が裏面白紙のチラシに絵を描く姿と何ら変わらない。



 キモオジは気付く。


「お気持ち、大事だったのかもしれない。楽しいのかもしれない。しかも、実益メリットもあるか? これ!」


 創作を開始した翌年の五月になってからというもの、キモオジは「お気持ち」する日が増えた。

 もちろん全てを公開や投稿するわけではなく、嬉しさや申し訳なさも相手に叩きつけたり胸にしまっておくなどもした。

 妙な高揚テンションから一万文字の「お気持ち」を近況ノートにぶちまけた数日後は、さすがに少し恥ずかしく反省する。


「多分〝これ〟続けてたから、筆が速い? のかもしれない。というか、そもそも楽しい。これ自体が」


 思い返せばキモオジの人生は「分析」と「殴り書き」そして「お気持ち」の連続だった。


 どうして好きなのか、何の理由から嬉しいと感じたか、創作を開始してからは何故その作品を書きたいのか、考えてみると何かと分析し思考を絶やさない。


「他の人にまで〝分析〟の目を向けたら、それがきっと良い作家なんだろうけど……今はいいや」


 電撃G'sマガ○ンの読者コーナーで、どんな文書が掲載されやすいか分析した日のように。

 Air-G FM北海道へ送るメールの内容を、番組の色やラジオパーソナリティの性格を意識して変えたように。

 陰惨で殺伐としたゲームの環境で、キャラクターの理想像を演じ分ける為に創意工夫をらしたように。


 そんな風に〝読者層〟を意識して広範囲に響く物語ストーリーやエッセイを作り上げる者こそがプロなのかもしれないと思いつつ、キモオジ一旦いったんはこれを無視。


「今はまだできること、できる範囲で。というか素直に楽しい、押し付けたくないけど広まって欲しい、あと多分だけど執筆速度はワンチャンすげー爆上がりするはず」

  

 自身のスタイルは、部分的には万人にとって再現性が高く諸手もろてを上げて推奨したい行動だとキモオジは感じた。


 諸手を上げてまでは言い過ぎかもしれないが、デメリットも裏目もなければ誰も傷付かない。


「最初は創作とか関係ない部分からでも」


 当人の中に間違いなく存在するであろう「好き」や「楽しい」に目を向け、徹底的に分析し、それを書き出し振り返る行為は間違いなく楽しい。


 絶対に、絶対に、楽しい。


 シンプルに楽しい上、内容や書き方が納得いくものであれば読み直しながら少し幸せな気持ちになったり、過去の自分と握手したくなる日もある。


 発信や投稿を意識する必要はなく、これは分析児ブンセキッズ殴書坊ナグリガキッズがとった手法テクニックだった。

 好きな時に好きなように書けばいいし、気乗りしなければ書かねばいいし、書き方にしても文章という形式に固執せず箇条書きでも詩的ポエムでも何でも問題ない。


「メモ帳、役に立ってたのかな。メモ帳ない今ちょいつらいし」


 お気持ちではなく〝物語〟執筆の最中さなか、立ち止まり膨大なメモ帳を見つめ返す機会は多々あった。

 また、執筆を開始してからメモ帳の枚数が増えることもざらである。


 そこにきて、キモオジが4月の下旬から連載をはじめた作品はメモ帳がゼロ。連載開始後からちらほらとメモ帳が増えるという完全な見切り発車であり、ゆえに執筆も投稿ペースもチマチマとしたものとなる。


「メモ帳いっぱいあったら、悩まず書けるんよな多分」


 あるいは、プロットと呼ばれる物を用意すればさらに迷いもよどみもなく執筆がはかどるのかもしれない。

 しかしながらキモオジはアホの子なので、プロットを作ったこともなく作り方も知らなかった。気の向くままにメモ帳を書き散らかす方が性に合っている。


「ボツにした部分も死ぬほどあったっけ」


 自分の作品に関する内容で「分析」や「お気持ち」を重ねメモ帳を量産したとて、全てを反映させることはなかった。

 アイデアそのものであったり、あるいは書き口や流れなど何かが気に入らず不採用としたメモ帳も多く存在する。

 それらもまた「何が嫌か」を考え、時に書き残すことが楽しかった。自分なりに納得し、自己完結と言えども理解が深まる過程に喜びを感じる。


 要するに創作無関係なエンタメやコンテンツ、そして対人関係についての「分析」や「殴り書き」と「お気持ち」も、創作活動としての作品や物語に関する「分析」や「雑書き」も、どちらも楽しいのである。


 果たしてそれが何らかの数字や評価に結びつくかは定かではない。それでも、あらゆる「分析」を続けることで好きや嫌いを自覚し理解と納得が深まることで、そして小さなセクションでも書き続け重ねていくことで執筆速度が向上したように感じる。


 冒頭で触れたように執筆速度は、さして重要な項目ではない。


 それでも早く書き終えれば、その分だけ使える時間は増える。

 壁打ちであろうとちりもればで膨大なメモ帳を残す習慣があれば、他者からの感想はさて置き「自分自身」が納得でき許せるものをノンストップで生み出し続けることが可能かもしれない。


 キモオジは未だいたれていないが、自分自身の納得と「受け取り手の納得」の乖離を狭め溝を縮めることが出来れば、それが作者読者にとって双方の幸せに繋がるのかもしれない。これもおそらく「分析」が大切になる。


「繋がってたのかもしれない、全部」


 カツオの叩きが大好きな幼稚園は分析を始め、シリーズ複数を合算した敵機械レプリロイド最強序列表ランキング・シートを理由付きで作り書き残す小学生になり、怒りと不快感の根源を探る中学生や、他者の感情を意識するラジオリスナーやスラム民へと歳を重ね、そして物書きになった。


 あらゆる道や楽しみ方は、一本の道として地続きの上に成り立っていたのかもしれない。


「渋い趣味したアホな幼稚園だったなぁ」


 どうして焼き魚よりも刺身が〝い〟かなどを真剣に悩んだ幼少期の原風景も、無駄ではなかったのだ。

 仮に不毛だったとしても、その一瞬一瞬が楽しかったので何ら問題はない。


「分析したりお気持ち怪文書するの、楽しいんすよ。きっと執筆速度も上がるんすよ……」


 無駄で終わるか血肉とするかは本人次第である。


 願わくば誰かの人生の中で〝楽しい〟が小さく少しずつでも増え、出力アウトプットの確度や速度の向上に手応えを感じていただければ、これ幸いと存じつつエッセイを終了する。


<了>

 

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