(5/6)完全体 娯楽を嗜むキモオジ



 心身に異常をきたしたり持ち崩す時期を経てキモニキはアラサーになり、お気持キモちオジサン略してキモオジに進化する。


 完全体、キモオジ。


 気持ち悪いオジサンの略ではないが当時は実際、気持ち悪くて悪辣あくらつなゲームをたしなんでいたのであながち間違いでもない。


「はい、そこ倒した。これで最終日」


 キモオジは、地獄のようなゲームに手を出す。


 何という名称か明言は避けるが、他者を罵り蹴落とし排斥するような、この世の終わりめいたゲームである。


 対戦が終わった後もSNSのタイムラインで罵詈雑言が飛び交い、ゲーム内と同じく暴言や煽りの応酬ラリーを目にすることも決して珍しくない。

 叩き、戦犯せんぱん探し、晒し、相互ブロック、お気持ちスクリーンショットを用いた返信戦レスバトル、人格否定、まさに人間が持つ醜悪さを煮詰めて凝縮したような世界。


 キモオジがそんなゲームを続けた理由は、二つある。


「あー、心が洗われる^〜」


 実に少ないながらも、民度の高い対戦や良識のあるユーザーは確かに存在したのだ。

 基盤となる治安状況が世紀末なだけに、物腰穏やかで丁寧な層はスラムに咲く一輪の花のように見えた。

 始めたばかりの無邪気で純粋な初心者も、豊富な経験を持ちながら初心者に優しく接する上級者も、そのどちらもまさに掃き溜めに鶴という言葉を体現していた。


 ほんの僅かな一部を除き、紛うことなき掃き溜めだったのである。

 キモオジは無法地帯たるスラムにも順応しながら、一部のオアシスに癒されモチベーションとしていた。


「やるからにはガチで勝ちてえよな」


 そのゲームは思考力の他に、入力速度がものを言うという側面もある。それっぽい長文を投下すれば対戦中に味方が増えたり、周囲に圧をかけることが出来るかのような風潮も存在した。



 キモオジがゲームを愛した二つ目の理由は、ロールプレイ。

 

「あー、この人みたいに再現度めちゃ高いのやりてえ!」


 初めて〝それ〟を目の当たりにした彼は、このゲームにこんな楽しみ方があったのかと目から鱗が落ちた。


 参加するにあたり画像を選択し任意の名称を定めるという仕様から、実在の漫画やアニメキャラクターになりきり演じるユーザー。

 元々サブカルチャーを好んでいたキモオジの目に、彼らの姿はとても輝いて見える。


「入力アプリ変えるか、それかパソコンでログインすっかな」


 キャラクターになりきるロールプレイを実践するなら、今まで以上に入力速度が大切になる。


 例えば「始めるぞ」という言葉を発信する場合。


 お嬢様を演じるなら当然「始めますわよ」となり、以降も普段なら「〜だ」で終わるような内容も「〜ですわね」などの余分な語尾や特徴が付きまとう。


 負担ストレスは多い、だが再現性を高めたキャラクターを自身に憑依ひょういさせるイタコや祈祷師シャーマンのような行為も、他者の仕上がったロールプレイを眺めるのも、キモオジにとって気持ち良い時間だった。


「どう受け答えするかな、このキャラなら」


 別な例として「は? 文句あんのか?」という異議不服の申し立て。

 これを「我に反対するのか? 貴様」と翻訳ほんやくするうちは練度が低い。

 キャラクターの人物像や性格を分析し、自分なりに考え「我の方針に歯向はむかうとは、思い上がるなよ雑種ざっしゅ風情ふぜいがッ!」まで演じきると、満足できる。


 少なくともキモオジの観測範囲においては、ロールプレイ層が固まる界隈が何故か高い民度と治安を誇っていた。


 つまり、対戦後友好ノーサイド・ゲーム。互いに賞賛リスペクトする。


「使うキャラクターを、ちょっとイキらせとくか『ほどわきまえろ、貴様キサマ万死ばんしあたいする』と入力」


 身の程を弁えろも、遠回しな「死ね」も、現実ではまず口にすることなど出来ない。SNSではしばしば散見されるが、キモオジは基本的に強弁や暴言が嫌いだった。使うことがない。


 しかし、ロールプレイならば許される。対戦が終われば、みな仲が良い。

 普段なら禁忌タブーとされるようなフレーズも存分にじ込むことが可能であり、むしろ完成度の高さを評価される。


 キモオジは、分析と入力速度という二つの無駄な能力を磨き上げチャットで議論するゲームを楽しみ続ける。



 やがて、ゲームはサービス終了の日を迎える。


 闇と病みが深い現代社会の縮図を描くかのように仄暗ほのぐらく陰鬱としたゲームだったが、それでも多くの人間に愛されていた。

 魑魅魍魎の巣くう魔窟めいた環境でも、適応して怪物となった者達にとっては大切な故郷だったのである。


「なくなるのか……寂しいな」


 否定し合うことでしか他者とコミュニケーションを取れないものに成り下がった層の間にも奇妙や友情や連帯感が芽生えており、キモオジは彼らに対しても次第に人間味を感じ始めていたところだった。


 だが、それももう終わりである。


 まだかろうじて〝人間〟が住まう「スラム」という蔑称べっしょうで呼ばれていた頃などマシな方であり、晩年は「猿の惑星」などという不名誉極まりない通称が定着してしまった無法者達の楽園。


「モラル高い層と遊んでた時はゆったり落ち着いたし、ロールプレイ界隈の人達は穏やかだったし、ゴミみたいな民度の所もそれはそれで刺激的だった」


 盛者必衰、諸行無常、一つの時代が終わりを告げる。


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