第9話 リアルな痛み
「瘴気が薄くなってきたな」
「ですね。[浄化の光]をします」
ネビアはその場で[浄化の光]を設置した。
基本的には進むだけだったが、この時点で侵入してから約7時間ほどの時間が経過していた。
「お腹が空いたな。ちょっと休憩しよう」
「そうですね」
そう言って俺達はその場で腰を下ろし、カバンからパンと干し肉を取り出した。
ネビアはその間に火見習い魔法[バーンファイヤ]を描いた。
この魔法は魔法陣から焚火の様に炎が生成される便利な魔法だ。
そして[ウォータースプラッシュ]で鍋に水を出し、火をくべた。
「頂きます」
二人で手を合わせた後、食事を始めた。
干し肉は味が濃縮されており、塩分が強めだが今はその味がとても美味しく感じた。
「身体は疲れてないのに、何か疲れてる感じだな」
「そうですね。身体が疲れてなくても戦闘は精神を削りますからね」
干し肉を平らげ、お湯を飲んだ。
ただのお湯だが、口に残った塩分が全て流され、とても美味しく感じた。
「火を見てると落ち着くな。キャンプでもしてるみたいだ」
「そうですね。出来ればこの火に薪をくべて木のパチパチ音が聞きたいところですが」
「それだ! 何か物足りない焚火だなと思ってたんだよな」
そんな会話をしながらの食事も終わりを迎え、早速出発の準備を始めた。
「では、行きましょう」
小休憩と食事で心と体が満たされた俺達は再び歩み始めた。
その後も一本道の洞窟と言う事は変わらず、迷子の心配はなかった。
その間、大きめのシャドウや黄色や青色のシャドウウォーカーが出現したが、苦戦することなく勝利を納め進んでいた。
すると、今回初めて感じる気配が前方から2体こちらへと近づいてきた。
嫌な気配……より強い敵かも知れない。
「ネビア、前方から2体来るぞ!」
「え、シャドウですか? 感知できませんでした……!」
ネビアがそう言った瞬間、そいつらは姿を現した。
「こいつは、シャドウハウンド(狼の魔物)だ!」
「初めて見ますね」
目の前のシャドウハウンドは、ゴールデンレトリバー程のサイズで狼の姿をしているが、身体からは濃い瘴気が漂っている。
2体のシャドウハウンドはそのまま一直線に俺とネビアそれぞれに向かってきた。
俺はすぐに回避し、先にネビアに飛び掛かった方を剣で叩き落とした。
するとシャドウハウンドは怯み、その隙にネビアはウインドスピアを4本突き刺し絶命させた。
俺を襲った方はすぐに反転し再び飛び掛かってきた。
しかし、直線的な動きはしっかりと目で捉える事が出来ていた為、
その飛び掛かりに合わせて、攻型見習い級剣術[ブーストスラッシュ]で叩きつけ倒した。
攻型見習い級剣術[ブーストスラッシュ]
手の闘気を込め、高速で相手を斬りつける剣術。
閃光脚は足に闘気を込めるが、こちらはその要領で手に込める。
威力は武器の性能に大きく依存する。
「憑依型の魔物か……」
俺達は死体となった狼を見つめながら言った。
「俺達が食べてる干し肉はシャドウラビットだよな? シャドウハウンドってどんな味だろうか」
「フィアン、僕も非常に気になりますがさっき休んだばかりです。今回はおいて行きましょう」
そういってネビアは俺を引っ張ってそのまま先へと進んでいった。
奥へと進むにつれ、道は徐々に下へ向かう傾斜へと変わっていった。
その間、シャドウは出現していたが、戦闘を重ねるうちに対処に慣れ、片手間で倒すレベルになっていた。
「見ろネビア、あの入り口不自然じゃないか?」
長方形の形をしたその入り口は、自然に出来た物なのか? と疑問に思う程綺麗な形状だった。
だが、その入り口周囲には今までに見た事無い程の黒い瘴気が漂っている。
「ここが最後の場所か……?」
俺達は洞窟と言っているが、ここはダンジョンだ。
こういった場所に最後の敵……シャドウナイトが居る可能性が高そうだ。
「行きましょう」
俺はネビアに頷き、恐る恐るその入り口をくぐった。
「ここは……」
その場所は歪な円形状に広がる空間になっていた。
そして、その中央部には大きめのバランスボールほどのサイズの、どす黒い球体状に留まった瘴気の塊が鎮座していた。
それが視認出来た瞬間、俺達が入ってきた長方形の入り口が濃い瘴気で防がれた。
「少し触るだけでピリッとします。戻れそうにないですね」
退路を防がれた……不安と恐怖で少し気持ちがぎゅっと引き締まった。
「フィアン! 瘴気の塊が動いています!」
中央部の球体は激しく動きはじめ、そのまま四散し周囲の瘴気を取り込んだ。
そして収束しながらシャドウへと姿を変えて行き、
真っ赤なウォーカー1体と青いウォーカー3体、シャドウハウンドが2匹出現した。
赤いウォーカーは手の部分に瘴気の剣を持っている。
「瘴気の塊のシャドウハウンド……吸収型の魔物です」
「さっきの憑依型とそんなに変わらないはずだ。だが動き回られると厄介だ。先にやるぞ!」
(ネビア)――アイススパイク×3
ネビアが魔法を光の玉15個で同時に即時で描けるのは3つまでだ。
[アイススパイク]が大きな音を立てて出現したと同時に、俺はシャドウハウンドに向かって[閃光脚]で距離を詰めていた。
(フィアン)――魔装・一閃×2
俺は直ちに[魔装・一閃]で1匹のシャドウハウンドを斬り、それとほぼ同時に[アイススパイク]で足止めを食らっていた、青いウォーカーを同じ技で斬った。
消滅を確認し、次の青いウォーカーに攻撃しようとした時、
「フィアン!」
とネビアの声がした。
すぐに振り向くと、赤いウォーカーはネビアのすぐ近くまで接近しており、斬りかかろうとしていた。
それを視認した瞬間、すぐに[閃光脚]でネビアに向かい、それと同時に[魔装・一閃]を放った。
――キンッ!
「な――ッ!」
俺の攻撃はウォーカーの剣で弾かれ、そのまま流れるように心臓へ目掛け高速の突きを放ってきた。
――ザシュッ!!
咄嗟に身体を回転させ、心臓への攻撃は回避できたが、右肩に深く剣が突き刺さった。
ぐ……! 痛い――ッ! 痛い痛い痛い――ッ!
今までに体験したことが無い強い痛み……。
どこかゲーム感覚でシャドウ討伐をしていたが、この鋭い痛みで一気に現実へと戻された気分だった。
痛い……怖い……!
痛みがじんわりと広がっていくにつれ恐怖感が増してきた。
握っていた剣は落とし、今にも逃げ出したい気分に支配されそうになったが……。
「フィアン、触媒紙! 回復してください!」
とネビアの大声が頭に響いた。
ネビアは声を上げると同時に、[ウォータースプラッシュ]を3つ描き、赤いウォーカーに放った。
赤いウォーカーが水圧で吹き飛んだ隙に、俺がすぐさま左手で腰にセットしていた[ヒーリングライト]の触媒紙を右肩にあて回復した。
ありがとうネビア……!
ネビアの声で俺の恐怖は吹き飛んでいた。俺がここで折れたらネビアを一人にしてしまう。
それだけは絶対にダメだ。
すぐに落としてしまった木の剣を拾い上げ、
赤いウォーカーに全力の[ブレードブラスト]を放った。
高速で射出された闘気の剣は赤いウォーカーのコアに命中し、大きな音を立てて消滅させた。
その際、側に居た青いウォーカーも巻き込んでいたようでともに消滅、
残る敵はシャドウハウンドと青いウォーカーそれぞれ1匹となった。
その光景を見たシャドウハウンドは畏怖してその場から動かなかった為、ネビアは[アイススパイク]でシャドウハウンドを処理し、
それと同時に俺は青いウォーカーにもう一度全力の[ブレードブラスト]を放って消滅させた。
「フィアン、大丈夫ですか?」
「ありがとうネビア。大丈夫だ」
瘴気が薄くなったこの場所に、ネビアは[浄化の光]を設置した。
「今日はここで休みましょう。来た道の瘴気は晴れています。ここがゴールでは無いみたいですが……」
ネビアは先に続く出入口を見ながら言った。
・・・
・・
・
夕食は昼と同じく干し肉とパンだ。
お腹が空いているはずなのに喉を通らない。
あの時の刺された痛みを思い出し、思わず右肩に手を寄せる。
ネビアはそんな俺に、どう言葉をかけていいのか分からない様子だ。
「ネビア、右肩を刺された時、俺は痛みと恐怖で逃げ出したくなった」
俺は震える手をぐっと握りながら言った。
「でもネビアの声で我に返った。本当にありがとう」
「フィアン、感謝するのは僕の方です。あの時、攻撃を喰らっていたのは本来僕でした」
ネビアは悔しそうな表情を浮かべている。
「フィアンを呼ばず、僕が回避できていればこんな事になっていなかったんです」
「ネビアは後衛で俺が前衛だ。ネビアが気に病む必要はない!」
お互い悔しい思いは一緒だった。
とにかく、この世界では傷はある程度なら治す事が出来る。
こういった痛みには多少なりとも慣れないとダメだ。
そう決心し、俺達は眠りについた。
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