第10話 不思議な森

 翌日、目が覚めると思っていた以上に気分はすっきりとしていた。

 ネビアは少し先に起きていたようで、いつものパンと干し肉を用意してくれていた。


「おはようございます。フィアン」


 ネビアの挨拶に応え、食事を口にした。


「二日目に突入か。最短で3日程で両親が帰る可能性を考えると、急がないといけないな」

「そうですね……フィアン、調子はどうですか?」


 ネビアは心配そうに俺に声をかけた。


「ぐっすり寝たおかげかすっきりしてるよ。いつでも行けるぜ!」

「良かったです。では早速片付けて出発しましょう!」


 そうして荷をまとめ、足早に先へ進むことにした。


・・・


「道が二つになってる……」

「そうですね。急いでいるのにここにきて分かれ道なんて」


 だが、左の方から非常に嫌な雰囲気を感じる。

 ネビアも同じくそれを感じ取っていた。


「左がある意味正解な気がするけど、一回右側に行ってみようぜ! 宝箱とかあるかも!」

「ゲームじゃあるまいし……でも行ってみましょう!」


 なんだかんだでネビアも期待しているようだ。

 右側の道に入り、目印として[浄化の光]を設置した。

 

 進んでいくにつれ、瘴気が段々と薄くなっている事に気がついた。


「なぁ、シャドウラビットが居るぞ!」


 俺がネビアに教える為に声を出して指をさすと、

 それに感付かれてしまい、シャドウラビットは奥へと逃げて行った。


「あ、待て! 食べたい!」


 俺はそう言って[閃光脚]でシャドウラビットの方へと詰め寄った。

 しかし……


「いない……」


 その場所は少しだけ開けた空間になっており、行き止まりだった。


「本当にいたんですか? シャドウラビット……」

「流石に見間違えないと思うんだけど……」


 と言いつつもシャドウラビットが消えてしまった理由が見当たらない。


「あ! 見てくださいフィアン、ここに小さな穴があります」


 ネビアはそう言って端の方に開いていた穴を指差した。


「本当だ! 俺達がギリギリ通れるくらいだな……ここから逃げたのか!」


 そうして俺達はその小さな穴へと侵入した。


 その穴は俺達が入れるぎりぎりのサイズで、大人には通り抜ける事は出来ないだろう。

 もってきたカバンを通すのが一苦労だった。


「出口が見えたぞ!」


 この穴は3長さ30m程で、思っていたより長い穴だった。

 そして、その穴から出ると、予想外の光景が目の間に広がっていた。


「うわあ。何ですかこの森……」


 ネビアも後から出て来てこの景色に目を奪われていた。


 ここは洞窟のはずなのに非常に明るく、俺達が遊んでいる森の木と比べ3倍以上の太さの大樹が沢山生えている。

 その大樹達は真っ直ぐに上に伸びており、天井の岩を突き抜けていた。

 ここからだと見えないが、さらに上へと気が伸びているのだろう。


 大樹の根の非常に太く、俺達はその上を飛び移りながら前へと進んでいった。

 途中で眩しい程の発行する蛍のような虫の群れが、辺りを飛び回っている事に気がついた。


 ここが明るいのはこの虫たちのおかげなのだろう。


「ネビア……見ろ。小屋があるぞ?」

「え! 誰かが住んでいるんでしょうか……」


 小屋は大樹に密着する形で建てられていた。

 それは放置されているような雰囲気では無く、どことなく生活感を感じる状態だった。

 大きな布が紐につるされ干されていたり、小さな畑に植物が生えていたりした。


「行ってみるか……?」


 俺達は恐る恐るその小屋に近づき、扉をノックした。

 すると、


「ねぇ、誰かが扉を叩いているよ!」


 と女の子の声が中から聞こえてきた。


「こんにちはー! 怪しいものではありません!」


 ネビアは扉の前でハキハキと挨拶をした。


「ねぇ! 怪しくないって、お客さんじゃない?」

「ダメ。そう言う人ほど怪しい」


 どうやら女の子は二人居る様だ。

 会話の声が聞こえてくる。


「これ、初めてのお客さんだ。開けてやりなさい」


 3人目のお婆さんの声が聞こえ、それに対し女の子は元気よく返事をしていた。

 そして、扉はガチャガチャと鍵を開ける音がした後、ゆっくりと開かれた。


「お、お邪魔します……」

「おや、小さなお客さんだねぇ。まぁ座りなさい」


 白髪で杖をついたお婆さんが俺達を招き入れてくれた。

 木で作られたこの小屋はワンフロアしかなく、テーブルと、おばあちゃんの椅子とベッドが石暖炉の近くに設置されていた。

 大樹に密着している部分は、木の幹が長方形型に上下二カ所がくり抜かれており、二段ベッドのような形になっている。


「まさかこのような場所に人が住んでいるとは思いませんでした。僕はネビアです」


 ネビアの挨拶に続けて、俺も自己紹介をした。


「礼儀の正しい子達だねぇ。わしの名はアルネ。これ、二人とも挨拶をなさい」


 アルネがそう言うと、袖の後ろに隠れていた女の子二人がひょこっと顔を出し、


「こんにちは、ルーネです!」

「……テーネ」


 と挨拶をしてくれた。


 ルーネは明るいホワイトベージュ色の髪色でウェーブのロングヘアーで真っ白の花冠を付けている。

 テーネは対照的な姿で、髪型は同じくウェーブのロングヘヤーで紫と黒の花冠を付けている。

 髪色はパープルブラックだ。

 身長は俺達と同じくらいである。


 ルーネは笑顔で明るい雰囲気だが、テーネは無表情でじとーっとこちらを見ている。


「こっち見すぎ……」


 テーネにそう言われ、ハッとなりごめんと謝った。


「あの、ここでずっと暮らしているのですか?」


 ネビアは気になっていた質問をぶつけた。


「ふふ。ここへ来たのは……かれこれ50年前ほどじゃろうか……」


 アルネはそう話始めてくれた。


・・・


 約50年前……アルネは俺達が居た村を拠点で活動をしていた。

 当時は村周辺のシャドウ討伐や護衛を行っていた。

 そんな中、とある理由で瘴気に飲み込まれこの場所へ飛ばされてしまったそうだ。


 飛ばされたこの場所は、強固な岩壁に囲まれており剣術を駆使しても傷一つつける事が出来なかった。

 どこか脱出する場所を探したが、見つけたのは子供がギリギリ入れるような小さな穴だけだった。

 最初の数年はここを出る方法を探していたが、次第に脱出を諦め、ここでの生活基盤を築き始めたそうだ。


 幸い水や食料には困らなかった為、こうして生きているそうだ。


 そうやって生活をしていたある日……今から15年前ほどの事である。

 突然小屋に密着している大樹が光始め、白と黒の球体が出現したと言う。


 アルネはその球体を大事に小屋で保管していた。

 それから5年後……球体が割れ、ルーネとテーネが生まれて来たそうだ。


「そんな事があったんですね……」


 50年もここで生活しているなんて驚きだ。

 出入口は俺達が来た小さな穴だけか……ここで1年過ごすと出られなくなってしまいそうだな。


「ところで、二人はこんな場所へどうやって来たんじゃ?」


 当然の質問を投げかけられた。

 俺とネビアは顔を合わせ、正直に話そうと決めた。


「ここへは洞窟のダンジョンを進んでいる内に辿り着きました」

「ダンジョンじゃと!? 子供だけでシャドウと対峙したのかい?」


 アルネは驚いた表情を見せた。


「そうです」

「危険じゃ……! やめておきなさい。命がいくつあっても足りない……!」


 心配そうな表情を見せるアルネに俺は


「それでも行かないとダメなんだ。6歳になるまでにシャドウナイトを倒さなければならないんだ!」


 と真剣な表情で言った。

 その言葉を聞いたアルネは俺達に手を伸ばし、目を見開いた。


「ぼ……坊や達! 試練……試練を受けているんじゃな……?」


 試練という単語を他人から初めて聞き、俺達の動揺が隠せなかった。


「いやはや、最初の試練を覚えていて尚且つ遂行しようとする子がいるとはのう……」


 アルネはへたり込んでしまった。

 それを見たルーネとテーネが手を貸し、椅子に座らせてあげていた。


「シャドウナイト……何という難易度じゃ。最初の試練とは思えん……」

「アルネさん、大丈夫ですか?」


 ネビアは心配そうによろけるアルネに言った。


「大丈夫じゃよ。二人とも……わしは一つ隠し事をしていた。実は試練でここに飛ばされてきたんじゃ」


 アルネはそう言い、先ほど言わなかった部分を補足してくれた。


「試練に初めて気がついたのは4歳のころじゃった。森で迷子になった時、シャドウに遭遇したんじゃ。わしは死に物狂いで抵抗しなんとか撃退する事が出来た……」


 アルネはシャドウを倒した後、突然目の前が真っ白になり、目を開けると女神の様な人が眼前に立っていたと言う。

 女神は優しく微笑みながら、試練達成、おめでとうございます。とアルネに告げた。


「つまり、普通のシャドウ討伐が最初の試練だったと……?」

「その通りじゃ。そして、女神は達成報酬として闘気の潜在能力を開放してくれたんじゃ。そこからわしはめっぽう強くなってのう! そうあれは……」


 アルネがそう話そうとすると、ルーネが横から割って入り、


「おばあちゃん、その話は長くなるでしょ! 二人とも急いでるんだよ?」


 と言った。


「そうじゃったな。わしの武勇伝はまた今度にしようかの。さ、ルーネとテーネ、今日の果実を取ってきておくれ」


 アルネがそう言うと、ルーネ達は返事をし、カゴを持って外出した。


「シャドウナイトの強さ……それは全盛期のわしが5人パーティを組んで倒せるかどうかのレベルじゃ」

「そんなに強いんですね……」

「更に試練は一つじゃない。何度も受ける事になり、達成するたびに報酬と難易度が上昇する」


 アルネは恐ろしそうに話すが、それを聞いた俺達は怖さより、報酬への期待の方が勝っていた。


「全て達成すれば、人生は大きく変わるじゃろう。わしが今受けているのは最終試験だったんじゃ……」

「今も試練の途中って事なんですね……! 内容はどんなものなのですか?」


 ネビアがそう質問すると、アルネは少しだけため息をつき、


「飛ばされた先で生き残り、大樹より出現する二人の精霊を覚醒させる……じゃ」


 精霊を覚醒させる……?

 内容が想像できなかった俺達は疑問の表情になっていた。


「大樹から出現する精霊って……!」

「そう。精霊はあの子達の事じゃ。属性はルーネが光でテーネは闇……その力を包み込み、扱える者に触れる事が出来れば、精霊は覚醒するんじゃ」

「何かを討伐するだけが試練じゃないんだな」


 俺がそう言うと、アルネは頷きつつも


「ここから出る事が出来ない以上、人探しも無理な話じゃがな……」


 と悲しそうな表情で言った。

 それを見た俺は、


「アルネさん、俺達が出られる方法を探すよ! シャドウナイトを倒せば、報酬で強くなれて、壁とか壊せるかも!」


 と大声で言った。

 すると、アルネは微笑みながらありがとう、待っているよと言った。


 必ずアルネをここから出す……!

 俺とネビアはそう言って頷いた。


 そして、それからすぐに出かける準備を行った。

 その途中でルーネ達がかご一杯に果実を入れて帰還した。


 小ぶりのスイカほどの球体で真っ赤な実……アルネに皮のまま食べられるからいくつか持って行きなさいと言われた為、

 お言葉に甘えいくつかカバンに詰めた。


「もう行っちゃうんですか?」

「もっとやすめばいいのに……」


 ルーネ達は少し寂しそうな表情を俺達に見せた。


「次戻ってくるときは、皆で外に出るぞ! 待っていてね」


 俺は二人にそう言った後、見送られながらその場を後にした。

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