第8話 シャドウウォーカーとの対峙

 両親はダンジョンに入ったその日、遅い時間にモトゥルとカレナを連れて帰宅した。


「おお、この子らがゼブ達の子供達か! 可愛い子達だのう」


 近くで見たモトゥルの姿はかなりの迫力だった。

 ちょっとした攻撃ではびくともし無さそうな筋肉に覆われており、強そうだ。

 

「初めまして。両親がいつもお世話になっています」


 そんな感じで俺達は軽く挨拶をした。

 続けてカレナも少し照れくさそうにしながら他人行儀の会釈で挨拶をしてくれた。


 小柄で白い肌のカレナはまるで妖精を思わせる姿だ。

 小柄と言うが、子供の俺達よりは身長とかは高いわけだが……。


「さぁフィアン、ネビア! もう遅いから先に寝なさい!」


 ティタにそう言われ、俺達はそのまま寝室へと移動した。


・・・

・・


 次の日、ゼブの勉強会は休みになった。


「二人とも、少し話があるんだ」


 ゼブはそう言って、説明をし始めた。

 どうやら昨日調査をした場所は予想より広く危険な場所で、昨日中で終わらなかったらしい。

 そして、もう一度調査する為に、ここから徒歩で2~3日はかかる大きめの村へと物資を調達しに行かないとダメだそうだ。


「君達も連れて行きたいが、魔装魂がしっかり使えない内に濃い瘴気に触れるのは危険だ」


 そう言うゼブは申し訳なさそうな表情をしていた。


「大丈夫ですよ。僕たちはちゃんと留守番してますから」

「そうだよ。長くても5日くらいでしょ? 食べ物もいっぱいあるし問題ないよ」


 俺とネビアはそう言って、二人でも問題ないアピールを続けた。


「そうか……本当に賢い子達だ。安心して出かける事が出来るよ」

「父さん達も気を付けてね。お土産買ってきてね!」


 そう言うと、ゼブは安堵の表情を見せ俺とネビアを撫でた。

 ティタとも強くハグをした後、二人の背を見送った。


「……行ったな」

「そうですね。猶予は最大で5日間程……余裕を見て3日って所でしょうか」

「両親が武具を揃える程だ。俺達も出来る範囲でしっかり準備した方がいいだろう」


 俺が二人の状況……考える事は全く同じだ。

 そうなると非常に話が早く、何をしたいかの話はすっ飛ばして、どう決行するかの話から始まる。


 とにかく一番大事なのは食糧だろう。


 この世界では、火と水は魔法で出す事が出来る。

 その辺りを持ち込まなくていいのは非常にありがたい話だ。

 

 医療具なども本来なら持って行った方がいいが、それも[ヒーリングライト]で割と何とでもなる。


「スープは持っていけませんね……芋類と干し肉とパンを持って行きましょう」


 食糧保管庫を見ながらネビアはそう言った。


「そうだな。スープはとりあえず今食べようぜ」


 そうして、スープ鍋を火にかけた。


「木の剣……何本いるだろうな」


 強力な攻撃を放つと、木の剣はすぐに壊れてしまう。

 家にせめて鉄で出来た剣が無いか探したが、それらしいものは見つからなかった。


「フィアン、気休めにしかならないかもしれませんが、食糧保管庫に肉を切るナイフがありました」


 ネビアはそう言って一本の鉄のナイフを俺に見せた。

 俺はそれを受け取り、ナイフを鞘から取り出した。

 刃は両面から研がれたフラットタイプになっており、形状はサバイバルナイフに近い。

 刃の長さは25cm程で木の剣45cmと比べると半分くらいの長さだ。


「ネビア、ナイスだ! 刃の短さは[魔装一閃]なら関係ない。長さより強度が大事だからな!」


 そう言って、木の剣二本とナイフをカバンに詰め込んだ。


「ここで決めるしかないですね。こんなチャンス、二度とないでしょう」


 ネビアは真剣な表情で言った。


「まぁ大丈夫だろ! 大きいシャドウも一撃で倒せるんだしさ!」


 ネビアはそれもそうですね。と言って準備を進めた。


「食糧は3日分、ヒーリング触媒紙も入れたぞ」


 荷物は俺が一人で全てを持つ為、沢山いれることは出来なかった。

 ネビアは機動力が俺よりどうしても欠けているため、なるべく身軽で居てもらった方が良いとの判断だ。


 そして、準備がすべて終えた後、温まったスープとパンを二人で食べた。


「さて、そろそろ出発しましょう」

「おう!」


 食事を終えた後、俺達は早速洞窟の方へと向かった。


・・・

・・


「フィアン、疲れないですか? こんなに飛ばして……」


 ネビアは心配そうに言ったが、閃光脚で全力疾走しているにも関わらず、本当に全く疲れが来ない。


「全然大丈夫だ! お、見えたぞ洞窟!」


 全速力だったおかげですぐに目的地に到着する事が出来た。

 深い瘴気に包まれた洞窟……こうやって近くで見るとより薄気味悪さが際立つ。


「魔装魂、しっかり纏っておけよ」

「ええ。この程度なら全然平気になりましたよ!」


 入り口で改めてしっかりと魔装魂を纏い、俺達は早速中へと侵入した。


「何だか、緊張しますね……!」

「そうだな。とりあえず俺が先頭を歩くから、後ろは任せた!」


 洞窟に一歩足を踏み入れると、急激に気温が下がったのを肌で感じた。

 更に壁や足元は濁った紫色の瘴気が漂っており、視界が非常に悪い。


「なぁこの煙……結婚式の入場の時に出るアイススモークみたいじゃね?」

「あはは。同じことを思ってました。色はどす黒いですが……」


 そう言いながら、ネビアは光初級魔法[ライトウィスプ]を描き、周囲を照らした。

 この魔法は読んだ本には記載されていなかったが、家の照明がこの魔法の触媒紙を用いていた為、見て覚えた。


 そうして、俺達は真っ直ぐに進んでいく。


「シャドウとか一切出てこないな」

「そうですね……この辺の瘴気、入口より薄い気がします」


 洞窟は一本道で迷わなくて済む為、非常にありがたい。

 しかし、ここまで何も出現しないとは拍子抜けである。


「なぁネビア、あそこ光ってないか?」


 俺は前方を指差した。

 ネビアはそれに同意し、そのまま光る場所へと移動した。

 そこには円柱状の光のエリアが発生しており、中心部に触媒紙が置いていた。


「ここは瘴気が殆どないですね」


 俺達は光の中に入り、触媒紙を見た。


「これ、父さんが今度教えるって言ってた[浄化の光]じゃないか?」

「ええ、間違いないですね!」


 光中級魔法[浄化の光]の魔法陣はまだ早いとゼブから教えて貰えずにいた。

 実際、これは難易度が高い光魔法で更に中級難易度な為、本来なら上級魔法士が習う魔法。

 早いと言われるのは仕方のない事だった。


 そんな魔法の触媒紙をネビアはまじまじと見つめ、


「よし、覚えましたよ。休憩するときは[浄化の光]を描いてそこでしましょう」


 流石ネビアだ。魔法に関してはやはり俺より遥かにセンスがある。

 元は同じ一人の人間でも、やはり肉体や環境で色々変わるもんだな。


「じゃぁどんどん進むか」


 そうして俺達は更に突き進む。


 だが、シャドウは一向に出現せず、見つかるのはゼブ達が設置したであろう[浄化の光]だけである。


「もしかして、父さん達は最後まで行ったのかな?」

「だとしたら装備を整えに買い物に行かないでしょう。しかし、思っているよりは進んでいますね」

「まぁスムーズに進めるから有難いけどな」


 そんな会話をしていると、また[浄化の光]が設置されていた。

 何故かここだけ間隔が極端に短かった。


「すぐに休憩したみたいですね」

「そうだな。交戦でもしたのかな?」


 そうして[浄化の光]に入り、その先の方を見た。


「フィアン、向こうの瘴気……段違いで濃いです」


 ネビアにそう言われこれから進む方向をじっくりと見た。

 確かに、先ほどまでは足元と壁を覆う程の瘴気だったのに対し、これより先は腰ほどの高さまで瘴気が漂っている。

 

「ここで引き返したのかもな……」

「ですね」


 どうやら俺達は、ゼブパーティの最終地点までやってきたようだ。


「進もう。気を付けるぞ」


 ネビアは俺の声に頷き、そのまま進んでいった。

 幸い、一度も敵と遭遇していない為、二人とも疲れてはいない。


「視界が悪いな……」


 ネビアは[ライトウィスプ]を二つ漂わせているが、その光をまるで瘴気が吸い込んでいると思わせる程周囲を見渡しにくい。


「フィアン、前方から魔力を感じます。敵が来ます! 構えてください」


 ネビアは魔力に特化している分、魔力を感知する能力にも優れているようだ。

 俺には気配を感じる事が出来なかった為、本当に助かる。


 そして、瘴気の間から出現したのは、見た事も無い姿のシャドウだった。

 そいつは二足歩行でコアとその周囲が黄色く光っており、人型に近い。

 いつもみていたシャドウより、姿形がハッキリ見て取れる。


「何だあいつ……!」

「今までのシャドウより遥かに魔力を感じます。下がってください、けん制します!」


 ネビアはそう言うと頭上に4つの魔法陣を描いた。


(ネビア)――ウインドスピア×4


――ザシュ!


 4本の[ウインドスピア]は同時に人型シャドウのコアに着弾し、そのまま消滅した。


「あ、あれ……? 思っていたより大したことが無いですね」

「だな。てかあれ……父さんが言ってたシャドウウォーカーって奴じゃないか?」


 ゼブは以前、勉強中にシャドウについて少しだけ話してくれたことがあった。

 シャドウは基本的にはぼやけた様な姿をしているが、強いシャドウになると姿が鮮明になり、シャドウウォーカーなどと呼ばれる……と。

 

「確かに……今のがそうかもしれませんね。とにかくあいつが出たら僕が[ウインドスピア]で倒します」

「わかった。頼もしいな」


 これなら案外、俺の出番が来ることも無くシャドウナイトも倒せるんじゃないか?

 そんな事を思いながら奥へと進んでいった。


「瘴気が凄いな……ほぼ顔まで来てる」


 腰位の位置に漂っていた瘴気は、気がつけば頭上近くまで覆っていた。

 辛うじて前方は確認できるが、非常に視界が悪い。


「フィアン! 2体来ます下がって!!」


 突然ネビアが声を上げた。

 俺はその言葉のまますぐに後退した。

 それと同時に俺の目の前にシャドウウォーカーが静かに2体出現した。


「ネビア、助かったよ。全く気配を感じなかった」

「青色のコアのシャドウウォーカーですね。黄色より魔力が高いです」


 さらにこの2体は先程とは違い、手に棒状の物を持っている。


「シャドウウォーカーは武器を持っている事もあるのか」

「近づかないに越したことはないですね」


 そう言いながら先程と同じく、ネビアは[ウインドスピア]を4本放った。


 しかし、その魔法は棒状のもので受けられ、かき消されてしまった。


「まじかよ」


 俺はすぐに木の剣を構えた。

 そしてネビアは、


「2体とも動きを止めます!! フィアンはその後、トドメを刺してください!」


 と大声で言いながら、光の玉を全開の15個出現させた。


 そして、その光の玉をウォーカー2体の足元に移動させ、瞬時に魔法陣を完成させた。


(ネビア)――アイススパイク×2


 ネビアの発動した[アイススパイク]は2体ともに命中し、1体は致命傷を受け消滅、もう1体はギリギリ生存していた。


――

 氷上級魔法[アイススパイク]

 魔法陣から複数の氷の刃が出現する非常に強力な攻撃魔法だ。


 攻撃を生成する模様は[アイススピア]を少し複雑にしただけだが、

 難易度を跳ね上げている理由は魔法陣自体の移動命令部分にあった。


 氷は魔法陣に生成され、そこから射出など出来ない為、遠距離の敵に当てる為には魔法陣自体を移動させる模様を描かなければならない。

 その模様は相手との高低差、距離等で毎回描く内容が変わってくる。

 常に移動が発生する戦闘において非常に当てるのが困難故に、使用はパーティ前提となっている。

 (ゼブのパーティで言うとモトゥルが敵の動きを止め、その場所にアイススパイクを発生させるという一連の戦闘方法など)


 しかし、ネビアはその弱点ともいえる部分を光の玉の操作により克服していた。


 ネビアの[アイススパイク]は光の玉を飛ばし、相手の足元で直接描く為、移動命令不要で描く速さも段違いに早い。


 彼にとってこういうタイプの魔法は非常に相性が良いと言えよう。

――


「ネビアナイス!」


(フィアン)――魔装・一閃


 すぐに状況を判断し、俺は直ちに生存している方に剣術を放った。

 そして、ウォーカーはアイススパイク諸共両断され、消滅していった。


「ふう。余裕だったな」

「少し手間取りましたが、難なくですね」


 この時点で俺達は、どこかで油断していた


 油断してしまっていたんだ。


・・・

・・

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