第8話 祖母をたずねて三千ミリ
「ねえ、ユーリ。この際だから、猫柳ルミ子さんの代わりにお孫さんの猫泉今日子さんに伝言するんじゃだめなの?」
チカが提案した。
「いやいやいやっ、それは困りますっ! わたくしはバステト一族の下っ端ですっ! 地球側の責任者のおばあちゃん代理で宇宙ネコ様のメッセージを受け取るだなんてできませんっ! おばあちゃんも、キョン子、あ、これわたくしのあだ名ですっ。おばあちゃんも『キョン子は大事なコトがわかってないからねえ』とよくボヤいていましたっ」
キョン子こと猫泉は両手を振り回して断る。
「なにもそこまで全力で拒否せんでもええんとちゃう? キョン子ちゃん?」
「ダメなものはダメですっ!」
「じゃあ、キョン子さんのご両親はいかがですか?」
ヨシノが聞くとキョン子は今度は首を横にぶんぶんと振る。
「母は不倫してわたくしを産んだあと、アメリカでダンサーになると言ってわたくしをおばあちゃんに預けてそれっきりなんですっ!」
「自由すぎるやろ、アンタのお母はん! そりゃ、あてにでけへんわなあ」
カズマも呆れる。
「じゃあ、お父さんの方はどうなんだ?」
今度はサブロウが尋ねる。
「父は家庭があるにも関わらず、わたくしのことをちゃんと認知してくれた優しいヒトなのですが・・・・・・」
「ヒトなのですが?」
「父はヒト、つまりただのニンゲンでバステト一族じゃないんですっ! だから、地球の責任者代理として宇宙ネコ様と会談するのはさすがに無理ですっ!」
「ああそうか」
「ひとではだめなんだな。ぼくも地球の責任者のバステトさん一族相手でないとお願いの意味がないんだな」
ユーリもダミースーツの菅⬜︎将暉の顔で首を横に振る。
「やっぱり、そうですかあ」
「じゃあ、おばあちゃんへの緊急時用の特別な連絡方法とかはないの?」
チカが聞く。
「と言いますとっ?」
「例えば、囚人にラジオ番組で讃美歌13番をリクエストさせるとか?」
「そうだな! それから、新聞にG型トラクターを売る広告を載せるとか?」
「なに言ってるんですかっ! おばあちゃんは眉が太い世界的なテロリストじゃありませんっ!」
「せやったら、新宿駅東口の伝言板にXYZとか書くのんとちゃうか?」
「おばあちゃんはスイーパーでも新宿の種馬でもありませんっ!」
「あのう、もしかして妖怪ポス▷にお手紙を
「「「いや、さすがにそれはない!」」」
「あ、それですっ! いま思い出しましたっ!」
「「「「な、なんだってーーー!」」」」
キョン子はとたとたと小走りになって3メートルほど先のカウンターの飾り棚から大きな招き猫を持ってきた。そしてそれをくるりと回して後ろ側を皆に見せた。貯金箱のスリットに当たるところがやけに大きく、その上には「バステトポスト」と油性ペンでぞんざいに書かれていた。
「おばあちゃんは言いましたっ! 自分がいないときに本当に困ったコトが起きたら、この招き猫の後ろのスリットに『ねこお嬢ちゃん』宛の手紙を入れなさいって。そしたらおばあちゃんの方から連絡するからって!」
「ほんまに『妖怪ポス▷』ともどきやった!」
「でも、ルミ子おばあちゃん、なんておそろしい子なの!」
「猫柳ルミ子さんって『お嬢さま』だったんですね」
「いや、ヨシノ。『お嬢さま』と『お嬢ちゃん』はちょっと、いやだいぶニュアンスが違うというか、なんというか」
「せやな。いくら美魔女ゆうても、孫までおるのに『お嬢ちゃん』はさすがにキツいんちゃうか?」
「ごめんなさいっ! おばあちゃん昔から『ねこお嬢ちゃん』がお気に入りのパスワードだから変えたくないと駄々をこねてそのままになってますっ! ああ、恥ずかしいっ、」
「と、いうことはルミ子さんはロリおばあちゃんですか」
「ロリばあちゃんだな」
「ロリばあちゃん確定ね」
「まあ、ともかく、ユーリはルミ子おばあちゃん宛にお手紙を書かへんとアカンのやな」
「うん。連絡方法がわかったから、ぼくはお手紙を書くんだな」
「いや、ユーリ。それはやめておこう。向こうはなぜか宇宙ネコを警戒しているから、いきなりユーリ自身からの手紙じゃ返事が来ないかもしれない」
「それは困るんだな」
「じゃあサブロウ先生からのお手紙にするんですか?」
「知らない人からの手紙よりも、ここはシンプルに、キョン子さんからルミ子さん宛の方が良いだろう。『宇宙ネコの件でおばあちゃんに相談したいので連絡お願いします』でいいんじゃないかな」
「それがいいと思いますっ。では、さっそくお手紙を書きましょうっ」
キョン子はメモを書いて封筒に入れた。約束通りに宛名を『ねこお嬢ちゃん』にして、招き猫型バステトポストに入れる。
「しっかし、こんなやり方でホンマにおばあちゃんにメッセージが届くんかいな?」
カズマが招き猫を持って振ると、中の封筒がカサカサと音を立てた。だがしばらくすると音がしなくなった。
「あれ?」
招き猫はどんなに大きく振ろうが音を立てなくなった。
「中の手紙がなくなったんやろか」
カズマは首をひねりながら招き猫をテーブルの上に置いた。
「本当に手紙がなくなったんなら、どこに消えたっていうの?」
「虚数空間を通ってお手紙が転送されたんだな。ぼくたち、宇宙ねこが昔バステト一族に与えたハイパーテクノロジーなんだな」
ユーリが説明する。
「え! このバステトポストも宇宙ネコ様由来だったんですか!」
「ワームホールを通ったワープみたいなものかな」
「ちょっと違うんだな。ワームホールは特殊な実空間だけど、虚数空間は普遍的に実空間に隣接しているんだな。その虚数空間の特定の閉鎖的領域にアクセスしてお手紙そのものを一度預けるんんだな。その閉鎖的領域にアクセス可能でかつ暗号カギを持つ存在なら実世界にお手紙を再度引き出すことも可能なんだな」
「うわあっ、なんだかすごく難しいです!」
「正直言ってわたくしも全然分かりませんっ!」
「「同じく!」」
「まあ、気にしたらダメな奴だな。ともかく物理的に手紙を向こうに送れるのはわかったけれど、ルミ子さんからの返事っていつ来るんだ?」
「そうですね、おばあちゃんがすぐに気が付いて読んでくれればいいんだけど」
「ルミ子さん次第なんだな」
ガタガタガタガタ
そのとき、招き猫が突然揺れだした。
「なんなの、これ!」
「爆発すると危ない! みんな離れて!」
シュパッ
鋭い音を立てて、招き猫から何かが飛び出してきた。
「ええ? 紙飛行機?」
紙飛行機はしばらく滑空して普通に床に落ちた。
「なんやねん、コレ?」
カズマが拾い上げると紙飛行機の内側になにかの模様が見えたので、広げてみる。
「QRコードやないけ!」
「ここにアクセスしろっていうことだな」
「なんだかすごく怪しいんですけどっ!」
「
「でも、たぶんこれがお手紙の返事だと思います」
「ぼくもそう思うんだな」
「ならば、是非に及ばずだ。キョン子さん、キミのスマホでスキャンするんだ!」
「ええええ! 怪しいサイトに跳んで変なことになったらどうするんですかっ!」
「なにを言うんだ。キミのおばあちゃんの行方が分かるかもしれないんだぞ!」
「そうなんですけれど……」
「それに、これは宇宙ネコのユーリ様の願いでもあるんだぞ!」
「キョン子さん、ぼくからもお願いするんだな」
「でも……」
「ネコバンバンでユーリに助けてもらったくせに薄情なやっちゃなあ」
「バステト一族は命の恩人のお願いも聞けないのかしら」
「キョン子さん、勇気を出して!」
「ああ、もうっ! わかりましたよっ! スキャンでもなんでもすればいいんでしょっ!」
ヤケクソになったキョン子が怪しいQRコードをスキャンすると、ビデオ会議アプリが立ち上がった。
「おいおいおいおい!」
「大変です!」
「ピンチよ!」
「えらいこっちゃ!」
「これは予想外だったんだな」
「ルミ子おばあちゃん!」
アプリの画面にはイスに縛られ、左右から
「助けて~」
つづく
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