第7話 愛は肉球を救う

 ミャンマー国境に近いタイ北部メーホンソン県の森の中。直径20mほどのクレーターを前に大柄な男性二人が話をしている。


「こう暑いんじゃたまんないねえ。さっさと帰ってキンキンに冷えたビールが飲みたいねえ」


 プロレスラーのような胸板が分厚い金髪の大男が言う。


「ミケロフ博士、君が欲しいのはウォッカじゃないのか?」


 190cmはあろうか。ヒョロリと背が高く黒い髪をセンター分けにした浅黒いインド系の男が言った。


「ハハハ、このくそ暑いのにウォッカなんか飲めるかよ。アンタもビールが欲しいんだろう、チャドラセカール博士」


「あいにくアルコールは飲まないんでね。それよりよく冷えた甘いチャイが欲しいね。この国の冷えたチャイはなかなかいけるんだよ!」


「なんだ甘党かよ。でも折角だから、町に戻ったら試してみるか。しかし、このご時世だ。NASAの方からロシア科学アカデミーに共同調査を持ちかけてくれるだなんて最初は耳を疑ったぜ」


「お偉いさんも本音では、ロシア科学アカデミーの手は借りたくないんだけどね。そうも言ってられない事態なので使える伝手つては全て使わせてもらったよ」


「そいつはご苦労さんなこって。ところで、来たら教えてくれるって言ったよな。このクレーターで何が見つかったんだ?」


「正確には見つかったものと見つからないものがあるんだ」


「なんだいそりゃあ」


「見つからないものの方は、あるべきものがない。クレーターの大きさなどから推定される衝突時のエネルギーと比べて、発見された宇宙由来の飛来物の質量があまりにも少な過ぎる」


「ふうん。氷かドライアイスだったんじゃないの」


「冗談はよしてくれ。だったら気化蒸発するからクレーターの内側がこんなに焼け焦げるはずない。明らかに墜落後に、それなりの大きさの質量がここから動かされているんだ」


「それは非常に興味深いな」


 金髪の大男は言葉とは真逆で全く関心のなさげに答えた。


「だろう? 2013年2月15日の隕石落下でもそんな現象があったじゃないか」


「おいおい、チェリャビンスク隕石なら、チェバルクリ湖から引き上げた600kg級の隕石本体も、直径6mのクレーターも情報公開しているけど、そんな情報はないぞ」


に落ちた隕石はそうだよな。でものアクトべ州に落ちた方はどうだい? やはり不可解な質量消失があったんじゃないか?」


「なんだよ。アメリカ政府にゃもうバレてんのか。一応はまだ見つかってないことにしたんだけどな。まったく科学アカデミーも情報管理がなっちゃいねえな」


「ロシア国内なら情報隠蔽できたろうけれど、カザフスタンは仮にも独立国だからねえ。カザフスタン側からの漏洩じゃあ、仕方ないと思わないか?」


「いやいや。カザフは俺たちの庭だぞ! いつも使っているバイコヌール宇宙基地だってカザフのチュラタムにあるんだよ! そこから情報漏洩しちゃあまずいだろ!」


「ああ、それはたしかに。で、実際見てどうだった?」


「おい、なんで俺がカザフの調査に参加したことまで知ってるんだよ」


「合衆国の諜報力さ!」


「情報格差にいやになるぜ。ああ、アクトベのクレーターも焼け焦げた上にかなりの質量が消失したとしか思えない様子だった」


「ロシア側はどう判断している?」


「墜落後に高熱を発しながら再浮上して移動したんじゃないかって」


「NASAも同じ考えだ」


「ロシア科学アカデミーはフェニックスみたいな宇宙怪獣説が強いぞ。知的生命体だったら、何らかのコンタクトを必ず取るはずだからってな。だから今頃はもう死んでるか休眠状態だろうって思われてる」


「NASAの方では、知的宇宙人説が火力推進を使ったんじゃないかって。でも、UFOできたやつがわざわざジェット機を使うかねえ?」


「どっちにしろ宇宙生物相手にロシアとアメリカが協力して対処する可能性があるわけだな。場合によっては西でのドンパチよりもこちらを最優先ってか」


「そういうこと。で、もう一つ見つかったものがあってさ。これは隕石やクレーターとは直接関係がないんで、まだ上には報告していないんだけどね。これだ」


 チャドラセカール博士はミケロフ博士を案内してクレーターの中に残された動物の足跡を指差す。


「これはこれは。立派な肉球だね。大きな子猫ちゃんだな」


「いい加減におとぼけはやめてくれないかな? こんなに大きなネコがいるもんか。きっとトラだよ、トラ!」


「いやあ、トラってことはないだろう」


「どうしてだよ!」


「30cm近くのトラの足跡なんてあり得ねえよ。うんと大きいアムールトラでもせいぜい20cmくらいだ。足跡30cmのトラがいたら体長4mで体重500kgを超えるモンスターだ」


「詳しいじゃないか。いつから自然保護の専門家になったんだ」


「本当に性格が悪いな、アンタは。そんなもの見たことあるからに決まってるだろうが」


「カザフスタンでか」


「ああ。ココと同じでデカい足跡だけだけどな。そもそも、カザフのアクトベは決してトラが住みやすい環境じゃねえ。野生のトラはもうとっくに絶滅してるんだよ。俺は野生動物の専門家じゃないから、しちめんどくさい報告なんてしちゃいないんだが」


「それは賢明だな。ともかく、コレは偶然じゃないよな。2013年と今回とで、少なくとも二回超大型のトラのような足跡を残すナニカが、地球を訪問したっていうことでいいのかな?」


「そうだな。で、アンタどうすんだ? NASAに報告するの?」


「私も自然保護の専門家じゃないからね。そこまで報告する義務は無いと思うんだよ。君はどうする?」


「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ。なんだか急に長期休暇を申請したくなったよ」


「私も今年の有給はまだ未消化なんだ」


「じゃあプライベートで旅行に行かないか? 久しぶりに遠縁のばあちゃんの顔を見たくなってきたよ」


「いいねえ、付き合うよ」


「決まりだ。行くぞ」


「「我らバステト一族の長、ルミコ・ネコヤナギに会いに!」」












つづく

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