第4話 あなたがケモか!

バンバンバン! バンバンバン!


「コラァ! お前らワシのベンツにナニしとんじゃあ! おんどりゃあ!」


 振り返ると黒いスーツの凶悪な目つきの男が皆の後ろからダミ声で怒鳴っていた。


 ユーリはまだ黒いベンツを叩き続けている。


バンバンバン! バン


「おい、ユーリ。やめるんや!」


 カズマががしっとユーリの手をつかみ、ベンツを叩くのをやめさせた。


「なにをするのかな?」


「いや、それはコッチのセリフやから」


なぁ〜ん。なぁ〜ん。


 そのとき、ベンツの下から鳴き声がして小柄なキジネコが一匹、ノロノロと現れて背伸びをしだした。


「「「「ネコ?」」」」


「キジネコがおったんかいな!」


「ねぼすけさんなんだな。やっと起きてくれたんだな。なーなーナーナなーなーなー」


 ユーリがなにやら言うとトラネコはビクッと身体を固くしたかと思うと、コクコクと何度もうなずき、「なぁーん」と一声鳴いてとととっと走り去った。


「キジネコちゃん行ってもうた」


 怒鳴っていた黒スーツの男は小声でつぶやき、

名残り惜しそうにキジネコを見送った。それからフンと咳払いをしてから、低いダミ声でユーリに呼びかけた。


「おい、そこの若い兄ちゃん!」


 黒スーツの男がつかつかとユーリたちに近づく。カズマとヨシノとチカがさっと身構える。サブロウはゆっくりと手を伸ばして皆を止める。


「ぼくのことなのかな?」


 ユーリはのほほんと答える。


「せや。ワシのベンツをバンバン叩いとったんは、中におったネコを逃がそ思うたんか?」


 黒スーツの男はさらにずんずん近づいて言う。カズマが動き出すのをサブロウが再び止める。


「そうなんだな。あの子がおじさんの車のエンジンルームで大やけどしなくてよかったんだな」


「黒のベンツやぞ。兄ちゃん、ワシがこわないんか?」


 黒スーツ男は息がかかりそうなほどユーリに近づく。一触即発の距離だ。


「ちょっと! アンタ!」


 チカが声を荒げる。


「なんのことなのかな?」


 ユーリは首を傾ける。


 ふう、と男は大きなため息をついた。


「そうか。兄ちゃんはそういう子なんやなあ」


 男はそう言うとユーリをそっと抱きしめた。


「「「「えっ?」」」」


「おっちゃん、もうちょっとでネコバンバン忘れてネコちゃんに大ケガさせるとこやったわ。そないなことになったら、おっちゃん、悔やんでも悔やみきれへん。兄ちゃんは、ネコちゃんとおっちゃんの恩人や。ほんまに感謝やで。おおきにな」


「どういたしましてなんだな」


 ユーリはうれしそうに目を細めた。


「でも、車に傷つけんよう気ぃつけてやらなアカンで」


「うん、わかったんだな」


「そっちのお兄ちゃんやお姉ちゃんたちは友だちなんか?」


「そうなんだな。みんなとっても親切なんだな」


「そうなんや。兄ちゃん、ええ友だちがおるんやな」


 男はサブロウたちを見回した。


「ワシやからよかったんやで、ホンマ。この子めちゃめちゃ危なっかしいさかい、兄ちゃんたちもちゃんと見とらなあかんで! 頼むわ!」


「そうですね。とんだ世間知らずなもんで。ちょっと目を離すともうコレですから」


 サブロウは苦笑した。


「そっちの兄ちゃんも、はなからワシのことびびってへんかったみたいやけど、アンタ・・・・・・・」


「ああ〜つ! 先生見てください! この車すごくかわいいです! ほら!」


 ヨシノがうれしそうにはしゃぎだした。


「どこがだ?」


「ドアのとこ見てください!」


 皆で黒ベンツの横に回る。


「「「うわあああ!」」」


 黒ベンツの側面にはいわゆる萌えキャラ、アニメ風美少女の絵が何人もデカデカと描かれていた。しかも、その美少女たちには明らかに特定の傾向があった。


「ネコのメイド、キツネの巫女さん、セーラー服のオオカミ、チャイナドレスのトラ。どれも有名どころのアニメやマンガのキャラだな」


「コレはなかなか気合いが入ったイタ車やな」


「みんなとってもかわいいんだな」


「でしょでしょ?」


「でもこのチョイスはどう見てもアレよ!」


「「「「ケモナーだ!」」」」


「なんだな」


「なんや文句あるんか! ワシの車や! 好きにしてどこが悪いんや!」


 黒スーツの男は顔を真っ赤にして怒る。


「「「「いえいえ、全然悪くないです」」」」


「ケモナーは友だちなんだな」


「そうか、兄ちゃんも同志なんやな!」


 男は両手でユーリの手を握った。


「うん、同志なんだな」


 ユーリもにっこりと微笑んで言う。


「みんな! ちょっとこっち見て! ここよ、ここ!」


 反対側に回っていたチカが手招きして、美少女の中の一人を指差す。体操服に赤いブルマー姿の健康的な獣人美少女のイラストだ。


「まあ! ここにいたんですね!」


「ほんまや!」


「パンツァー・ラーテル辺境伯じゃないか! こりゃあすごい!」


「パンツ洗ってるのかな?」


「違うよ、ユーリ! パンツァー・ラーテル! そういう名前なの!」


「なるほどなんだな。覚えておくんだな」


「ようわかったの。なんや、兄ちゃんらもコアなケモナーやないかい」


「いやいや、わかるもわからんもあらへんわ」


「この子って師匠のキャラだからね」


「サブロウ先生がわからないはずがありません!」


「へ?」


「コホン。知らざあ言って聞かせやしょう。ラーテル獣人、パンツァー・ラーテルが出てくるマンガ、『💥爆裂エルフ🍌バナナ・パインテール姫の冒険』を描いた、一色いっしきサブロウたぁ、オレのことだぁ〜!」


 そう言うとサブロウは歌舞伎役者のように見得みえを切った。


「いよっ一色屋!」


パチパチパチパチパチパチ


 カズマが声をかけるとヨシノとチカも拍手をする。


「ぼくはそのマンガは知らなかったんだな」


「なん・・・・・・や・・・・・・と・・・・・・」


 男は目をぎらつかせてがっしとサブロウの両肩をつかんだ。


「うわっ!」


「先生!」


「あなたがケモか! ちごうた、あなたが神か!」


「なんやなんや」


「仲良しさんなんだな」


「て言うかこの人はきっとサブロウ先生のファンです!」


「せや! ワシゃあ一色サブロウ先生のファンやで! なんせ初めてラーテルの萌えキャラをメジャー誌で描いてくれたお方やさかいな! あないに強いラーテルちゃんだけ今まで萌えキャラがのうてワシゃあやきもきしとったんや。サブロウ先生はホンマええ仕事しはったわ」


 黒スーツの男が早口でまくし立てる。


「そ、それは光栄です」


 サブロウも若干引きつりながらもニコニコしている。ところが、なぜかチカが眉間にシワを寄せて何か考え込んでいる。


「どうしたんや、チカ?」


「うーん。この人どこか見た覚えがあるのよね」


「そりゃあそうだろう。組長は有名人だから」


 サブロウがあっさり答えてしまう。


「ええ?」


「あれ、なんや、ワシのこと知ってはったんや!」


「もちろん!」


「道理でびびっとらへんかったわけや」


「ナンバー5625のベンツは有名ですから」


「うれしいなぁ。ほな今さらやけどあらためてご挨拶や」


 黒スーツの男はギラギラと輝くゴールドの名刺入れから、ファンシーな感じのフォントにデフォルメされた黒スーツを着たネコのイラストが入った名刺を差し出しながら言った。


「ワシゃあ元ヤクザで、今は経済評論家やYoruTuberヨルチューバーをさせてもろうとる、ごろにゃんこ・ゴーゴー組長や。よろしゅう頼むで」


「「「ええっ!」」」


「こちらこそよろしく」


「よろしくなんだな」







つづく

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