四十一話 終わりの合図
「――そういえば茜と葵が言っていたが、午前中は蔵の掃除をしていたのだって?」
「あっ」
あれから綺麗に完食し、すっかり空となったお重を片付けていると、ふと閻魔様が思い出したように言った。
それにわたしもまた蔵での出来事を思い出して、ハッと閻魔様の顔を見る。
「そう、そうなの! わたしもその話を閻魔様にしたかったのだけれど、すっかり忘れていたわ。実は掃除をしている時に、鉄板とか木炭を見つけたの。あれってわたしが使っても構わないかしら?」
「蔵にある鉄板と木炭……? ああ、あれか。別に構わないけど、何に使うんだい? 昔はあれらで縁日をしていたものだけど、今となってはなんの使い道もなく、ただ蔵の肥やしになっているだけだというのに」
「ええ、そう茜と葵も言っていたわ。だからこそ縁日とまではいかないけど、あの子たちが喜ぶような思い出に残ることをしてみたくて……」
「ほお、何をするつもりだい?」
大勢で屋台を開いて歌って踊る。さすがにそんな大掛かりなものは無理だが、近いことは出来るのではないかと思う。
「その……、〝バーベキュー〟とか、どうかしら?」
外でみんなで色んな食材を焼いて食べる。ただそれだけなのに、不思議と一体感が生まれて楽しい料理。
それをわたしはみんなとやってみたい。
「桃花、そうか……」
「やるとしたら庭園を使わせてもらうことになると思うんだけど、やっぱりダメかしら?」
「いいや、いいよ。やってみなさい」
「!」
閻魔様は少し考え込んだ後に、ゆっくりと頷いた。
それにわたしの表情もぱぁっと明るくなる。
「やったぁ! ありがとう、閻魔様! じゃあ早速今夜、バーベキューをしてもいい?」
「ああ、構わないよ。……ただし条件がある」
「えっ!?」
その言葉にギョッとして驚き目を見開けば、閻魔様が真剣な表情でわたしを見る。そのただならぬ雰囲気に、わたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
条件……。やはり冥土でバーベキューはなかなか難易度が高いのだろうか?
一体どんな条件を出されるのか、思わず敷物の上に正座して、閻魔様の言葉を待った。
「桃花」
「……はい」
すると告げられたのは――……、
「火起こしは危ないから私に任せなさい」
「はい??」
予想外の条件に思わずずっこけそうになる。
それそんな溜めて言うこと!? 明らかにもっとシリアスな雰囲気だったわよね!? 緊張して待ってて損したわっ!!
「危ないって、大袈裟な……。そんな心配しなくても、わたしだって火おこしくらいやれば出来るわ! それに茜と葵だっているんだし、閻魔様はまだまだ病み上がりなのよ? 準備はわたし達にどんと任せて、ゆっくりしていた方が……」
「いや、今回ばかりは二人に譲りたくない。私だって桃花の手伝いをしてみたいのだよ。昨日だって私がうどんの盆を運ぼうとしていたのに、茜と葵が取り上げてしまっただろう?」
「ああ……」
確かに昨日、「閻魔様に料理を運ばせるとは何事かーーっ!!」って二人に怒鳴られた上に、お盆をひったくられたんだっけ。
てっきり閻魔様は二人で遊んでいるだけかと思っていたけれど、本気で運ぶつもりだったんだ。
「私も桃花の役に立ちたい」
「…………」
昨日のことを思い出したのか、閻魔様が少々むくれたような顔をして言う。
でも、えっ……? 〝わたしの役に立ちたい〟って、何それ……。
偉い神様の癖に。
わたしには届かない、ずっとずっと雲の上の人の癖に。
「っ」
そんなこと言われたら、ありもしない
「……やっぱり、閻魔様はイジワルだわ」
「ん? 何か言ったかい?」
「いいえ、何も。分かったわ、じゃあ閻魔様は火起こし担当ね! 宮殿に戻ったら、すぐバーベキューパーティーの準備をしましょう!」
「ああ、任された。……しかし〝パーティー〟か。久しく聞かなかった言葉だが、なんだかいい響きだな。今宵は久しぶりに酒も用意しようか」
火起こしを任されたのがよほど嬉しいのか、閻魔様は輝かんばかりの笑顔を見せ、楽しそうにウキウキとしている。
誰だ、この人が無表情で感情が読み取れないなんて言ったの。ものすごく感情表現豊かじゃないか。
「ふふっ」
冥土に来てまだたったの五日。
だけど時間よりも多くのことを経験をした気分だ。
「――……」
わたし、閻魔様が好き。
仕事バカだし、イジワルだけど。
けれどこの人に出会えて、この人に救われて、……この人を救えて。
本当によかったと思う。
「――桃花」
不意に穏やかな声で閻魔様がわたしを呼ぶ。
それにハッと顔を上げれば、声と同じ穏やかな表情で閻魔様がわたしを見ていた。
さぁっと柔らかな風が吹き、薄紅色と乳白色の小さな花弁がわたし達の間を舞う。
「もう、
「――――」
『それと空腹が満たされれば、おのずと君の記憶は戻るよ。それまでは安心して冥土ここにいなさい』
それはわたしが冥土に留まっていた理由。
そしてその質問は、この夢の時間の終わりの合図に他ならない。
「――――ええ。もう
夢から覚める時は来た。
わたしは精一杯の笑顔を作って頷く。
そんなわたしの頬を、風に舞った小さな花弁がくすぐった。
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