三十九話 閻魔様とデートのお誘い(2)


「……うーん、この薄桃色のワンピースが可愛いかしら。いやでも、こっちの水色のも可愛くて捨てがたい……」



 ――あれから閻魔様と別れ、台所で水筒やお弁当の準備を手早く済ませたわたし。

 その後は自室に戻り、箪笥たんすから洋服を何着も引っ張り出してはそれらと睨めっこしていた。



「うーん……」



 またひとつ唸って、チラリと鏡に映る自分を見つめる。

 髪もいつも動きやすいように簡単に一つに結んでるだけだけど、今日は編み込みとかにしたら可愛いかも……――って!?



「何やっているの、わたし!? べっ、別にただ二人で外でお弁当食べるだけで、デートとかじゃないんだからねっ!!?」



 ハタと我に返って、何故か妙にウキウキと浮き足立っている自分に思わずつっこむ。

 そう、デートじゃない。ただご飯を食べるだけ。なのにいきなり着飾って現れたら、閻魔様はビックリするんじゃないだろうか? もし引かれでもしたら、恥ずかしい。



「……ううん」



 閻魔様はそんな人じゃないって、散々分かってる癖に何言ってんだろ。

 わたしが着飾ったって、閻魔様は引いたりしない。寧ろきっと、喜んでくれる……と思う。

 たくさんの洋服や髪飾り、化粧道具は、閻魔様がわたしが不自由しないようにと用意してくれた心遣いだ。普段はオシャレとは程遠いのだし、今こそその厚意に応える時じゃないだろうか。



「…………よし!」



 結局思い悩んだ末にわたしは一枚のワンピースを選び取り、急いで身支度を始めたのだった――……。



 ◇◆◇◆◇



「――桃花、準備は出来たかい? ふすまを開けるよ?」



 きっかり約束の一時間後。閻魔様が襖を隔てた向こう側からわたしを呼んだ。



「ええ、どうぞ。大丈夫よ……っ!?」



 わたしが返事をすると、スッと襖が開く。

 そうして現れた閻魔様に、わたしは声が裏返りそうなほどに驚いてしまった。



「えっ、閻魔様っ!? どうしたの、そのカッコ!!?」



 何故なら今の閻魔様は普段の藤色の道服姿とも、休んでいた時の黒の着流し姿とも違う。

 なんと白のワイシャツに黒のジャケット、それに黒のスキニーという超現代的な出で立ちだったのだ!



「桃花が洋装なのだから、私も合わせたいと思ったんだ。どうだろう? 現世の流行は移ろいやすいみたいだが、この服装は桃花の時代に合っているだろうか?」


「え、ええ。現代ではよく見かける服装よ。合ってる。」



 ……というか寧ろ、似合うとか似合わないとかそんな次元ですらない。

 銀の長い髪に、額から伸びる鋭い角。明らかに人ならざる者といった容姿と現代的な服装のアンバランスさが、逆に閻魔様の超越した美しさを引き立てるというか……。こんな格好をしているとまるで外国人モデルのようだ。いや、モデルすら顔負けかも。



「日本でもこんなに似合ってる人見たことないわ。とってもカッコいい」



 自然と絶賛する言葉と共に笑みを浮かべると、不意に細く綺麗な指先がわたしの頬に伸びてきて、ごくごく自然にスッと撫でられた。



「!?!?」


「この白のワンピース、やはり私の見立て通り桃花によく似合っているな」



 ――そう、結局わたしはが選んだのは桃色でも水色でもなく、白いレースのシンプルなワンピースだった。

 慣れないお化粧もオシャレも頑張ったので、褒めてくれるのは嬉しい。嬉しいけど……!



「……紅もさしたのだな。いつもより大人びて見える」


「っ……!?」



 頬を撫でていた指が口元に移動して、そっと撫でられる。

 その柔らかな感触にビクリとわたしの肩が揺れて、もう閻魔様の表情が見られそうにない。

 だって絶対に今わたし、真っ赤な顔してる……!



「~~~~っ!!」



 ドキドキを通り越して、心臓がバクバクと破裂しそう。

 ど、どうしよう!? こういう時どうするのが正解なのっ!!?

 混乱するわたしの頭に、そこでポンっと優しい感触が落ちた。



「――さぁ、ではそろそろ出ようか。もたもたしていると日が暮れてしまうからな」


「へ……?」



 軽やかな声に弾かれたように顔を上げれば、閻魔様は机に置いてあった弁当と水筒を入れた鞄を持ち上げているところだった。



「え、閻魔様……?」


「ほら、桃花」



 荷物を持ったもう片方の手をわたしに差し出す。その表情は先ほどの心臓に悪い雰囲気など何事もなかったように、とてもにこやかで楽しそうだ。



「……さっき大人びて見えるって言った癖に頭を撫でるだなんて。閻魔様って、わたしを大人扱いしてるのか子ども扱いしてるのかよく分からないわ」


「ん? 何か言ったかい?」



 ボソッと呟いたわたしを閻魔様は小首を傾げて不思議そうに見てくるが、わたしはプイとそっぽを向く。



「……なんでもない」



 嬉しいような、釈然としないような。なんだか複雑な気持ちになりながら、わたしは差し出すその手を取ったのだ。


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