三十八話 閻魔様とデートのお誘い(1)


「ふー。今はちょうど正午ね。そろそろ閻魔様が帰って来る時間だわ」



 用具箱に掃除用具を片付けて、わたしは渡り廊下に出る。すると予想通り、閻魔様が渡り廊下を通って宮殿へと戻って来るのが見えた。



「閻魔様、おかえりなさい! お仕事お疲れさま!」」


「ああ、ただいま。桃花の方こそ、今日も朝から掃除、お疲れ様だったね」



 渡り廊下を横に並んで一緒に歩く。

 日の光に照らされた閻魔様の顔色はすこぶる良く、すっかり調子を取り戻していることが伺える。



「なんだか閻魔様と明るい内に歩くって新鮮かも。以前は夜更けにならないと戻って来なかったでしょ」


「ああ、そういえばそうだったな。言われてみれば、太陽を目にするのはいつ振りだろうか……」



 そう言って閻魔様がそっと空を見上げる。

 眩しそうに目を細める姿は、驚くほどに美しく、神々しい。

 つい見惚れそうになってしまうが……、



 ぐうぅぅぅぅ。



 だが相変わらず空気を読まずに鳴るわたしのお腹によって、その雰囲気はぶち壊された。



「あ゛」


「っははははは! たくさん動いたからだろう。昼飯はもう作ってあるのかい?」


「う、うん……。メインの仕上げはまだだけど、他のおかずは出来てるわ。閻魔様もお腹空いたでしょ? すぐ準備するから」



 さすがに恥ずかしくて、閻魔様の顔を見ないようにしながら答える。



「ああ、いや、その……」


「?」


「昼飯なのだが……」


「??」



 しかしなんだか歯切れの悪い返事が返ってきて、思わずわたしは閻魔様を見上げた。

 すると何やら複雑そうな表情で、何事かを思案している。


 え、〝昼飯〟?? 


 何だろう? もしかしてわたしのご飯はもういらない……とか?



「…………」



 そう考えた瞬間、心臓がヒヤッと冷たくなる心地がする。



「その……、茜と葵には弁当を持たせたんだね」


「え? ええ、そうよ。食堂で食べる時間も無かったし、お弁当の方が裁判の合間に好きな時に食べられると思って。……それがどうしたの?」


「……実はとても言いづらいのだが、私も桃花の弁当を食べてみたいんだ」


「えっ!? もう食べたくないんじゃなくて!?」


「えっ?」



 互いの言葉に、わたし達は驚いて顔を見合わせる。

 思わず足が止めると、同じように閻魔様も足を止めた。



「桃花、何か誤解させるようなことがあったのなら謝るが、私は桃花の料理を食べたくないと思ったことなどただの一度もないと、誓って言おう。寧ろ私は今日だって裁判中も桃花が今日はどんな料理を作るのか、楽しみで楽しみで仕方がなかった」


「そ、そうなんだ……。ごめんなさい、わたしが考え過ぎちゃってたみたい。そんなに楽しみにしててくれるのは嬉しいけど、ほどほどにね」



 冷えた心がスーッとまた温まっていくのを感じる。

 しかし裁判中までご飯のことで頭がいっぱいな閻魔様だなんて笑えない。冗談かと思ったが、閻魔様の目は真剣そのものである。



「でもどうしてお弁当を?」


「さっき裁判所で茜と葵が食べるのが楽しみだと言って、散々私に弁当を見せびらかしてきてな。それを見ていたら私も食べてみたくなったんだ」


「そ、そんなことが……」



 茜と葵が尊敬する閻魔様相手に見せびらかしたりするとは到底思えないので、そこら辺は単に閻魔様の思い込みだろう。

 でもせっかくの閻魔様からのリクエスト。応えあげたいとは思う。

 もう要らないと拒絶されてしまったのかと思ったから余計に。



「分かったわ。じゃあ用意しておいたおかずを詰めて、お弁当にしましょうか」


「ありがとう。ではその弁当を持って、外に出かけようか」


「へ……」



 サラッと当たり前のように言われたが、〝外〟というキーワードにわたしは驚き、目を見開いた。



「へ、えっ!? 外!? わたし、宮殿の外に出てもいいの!?」


「ああ、私と一緒なら構わないよ。もう桃花も宮に来て五日だ。ずっと同じ場所にいては、息も詰まるだろう?」


「…………」



 正直に言うと、目まぐるしく日々が過ぎていくから、息がつまる暇なんてなかった。

 でも宮殿の外がどうなっているのかは、以前から興味がある。

 それに何より、閻魔様がわたしを気遣って提案してくれたことがとても嬉しい……!



「行く! 行くわ!!」


「よし、決まりだな。色々支度もあるだろうし、一時間後に桃花の部屋に迎えに行くよ。それでいいかな?」


「ええ、大丈夫よ!」



 わたしがコクコクと大きく頷くと、閻魔様は満足そうに微笑んだ。


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