三十四話 穏やかな冥土のひと時
噂をすればなんとやら。相変わらずいるだけで騒がしい茜と葵にわたしは微笑む。
「おかえりなさい、二人とも。疲れたでしょ? あ、お弁当もちゃんと食べてくれたのね」
「疲れたけど、閻魔様がお一人で抱えていたものに比べたら全然余裕アカ」
「桃花の弁当食ったら、元気で頑張れたアオ。昨日も夕食作っといてくれて助かったアオ」
「そう? ならよかったわ。ちょうど今しがた煮込みうどんも出来上がったの。早くご飯にしましょう!」
わたしが二人から受け取ったお弁当箱を手早く洗っていると、茜と葵はそれぞれ洗い終わったお弁当箱を自分たちで拭いてくれた。
さすが最早わたしの助手。気が利く子たちである。
「煮込み〝うどん〟? ……ってあれかアカ、白くてツルツルしたやつ」
「あれってここにある材料で作れたのかアオ?」
「ええ、小麦粉さえあれば簡単に作れるわよ」
「「?? 小麦粉アカ(アオ)?」」
茜と葵はきょとんとして小首を傾げる。
「小麦粉はサラサラだアオ。サラサラの粉がどうやってもちもちになるアオ?」
「うーん……」
確かに細長くツルツルのうどんが、サラサラの小麦粉から出来てるとは、料理にあまり詳しくない人には想像しにくいのかも知れないなぁ……。
「えっと、簡単に言うとね」
二人にさらっとうどんの作り方を説明していると、ガラッと台所の引き戸が開いた。
全く足音が聞こえなかったので、わたしはビックリして音の方を振り返る。
するとそこに立っていたのは……。
「――おや、全員集まってとても賑やかだね。まさか茜と葵が、私の部屋よりも先にここに来ているとは思わなかったが」
「閻魔様!?」
普段の道服ではなく、黒の着流しに羽織を着た閻魔様だった。わたしの横にいる茜と葵をちらりと一瞥すると、なんとも言えない表情で苦笑する。
「「あ……」」
それに青ざめたのは茜と葵だ。
「え、えええ閻魔様っ!! ご挨拶が遅れて大変申し訳ございませんっっ!!!」
「すっかりお加減も良さそうで安心しました!! オイラたちも真っ直ぐ閻魔様の元へ向かおうとしたんですが、あの、つい……」
すぐさま茜と葵は閻魔様の前に正座して、しどろもどろになりながらも弁明する。
あ、ていうか緊張し過ぎて語尾が消えてるわ。
「
苦笑しながらも口調は穏やかだった閻魔様が、葵の一言にピクリと反応し、冷え冷えとした空気をまとう。
「つい……いや、あのその……。台所から何やらいい匂いがして!」
「匂いがして?」
「閻魔様の元へ行くことも忘れ、真っ先に台所に飛び込んでしまいました!」
「ほお?」
「「たたた、大変申し訳ございませーーーーんっ!!!」」
台所の床に頭を擦りつけ、見事な土下座をしながら言うことはそれである。
というかその言い分だと、なんか匂いの発生源であるわたしも間接的に悪いような?
もしかしてこれって、わたしが取りなした方がいい感じ?
「あ、あの、閻魔様……」
意を決して、わたしは腕を組み厳しい表情で二人を見下ろす閻魔様に声を掛けたの、だ、が。
「……ぷっ、ははは!!」
「!!?」
「そりゃあそうだな。確かにこんな美味しそうな匂いがすれば、私の部屋より先に台所へ行ってしまうのも無理はない。実は私も桃花に待っているよう言われていたのに、待ちきれずに来てしまったのだよ」
そう言って閻魔様はとても楽しそうに笑っている。
「「はぁ……アカ(アオ)」」
てっきり咎められると思っていたであろう茜と葵は、その様子にどう反応していいものかとオロオロとわたしを見る。
「あはは……」
それにわたしは苦笑を返すしかなかった。
――でも、確かに驚くわよね。閻魔様って出会った時から優しいけど、でもどこかわたしたちとは一線を引いているような近寄りがたい雰囲気があったもの。
なのにそれが今は取っ払われたかのように、普段の凛とした雰囲気はなく、ほんわかふわふわお茶目な人って感じ。
きっと契機は、倒れたことと、小鬼たちが覚醒したこと。それによって閻魔様の背負っていた重責の一部を下ろしたことで、今まで押し殺してきた閻魔様の素の部分が表に出て来たのかも知れない。
「はははははは!」
「えっと……アカ」
「あの、閻魔様……アオ」
どう接すればいいのか分からないなりに、オロオロと閻魔様に声を掛ける二匹にわたしはふっと微笑む。
とはいえ茜と葵にとって、閻魔様は尊敬する雲の上の人。わたしと違ってあっさりその変化を受け入れるのは難しいのかも知れない。
何か、彼らの距離が縮まるキッカケがあればいいけど……。
「あっ! そうだわ、せっかくみんな揃ったんだし、全員で一緒にご飯食べましょうよ!」
「「え?」」
「いや! いやいや、桃花! それはさすがに不敬だアカ!」
「そうだアオ! 閻魔様と食卓を並べるだなんて、あまりに恐れ多すぎるアオ!」
「そお?」
名案だと思ったのだが、そこまで二人が拒否反応を示すならやめておこうか。
……そう思ったのだが、
「私は構わないよ。というより寧ろ、お前たちは私に一人寂しく食事をしろと言うのかい?」
「「――――」」
閻魔様のジロリと冷たい視線に、二人はピキーンと氷のように固まり、そして次の瞬間にはまた床に頭を着けて平伏した。
「っい、いいえ! 滅相もございませんっ!!」
「決してそういうつもりで申したのでは無いのですが……!!」
「では決まりだな。桃花、料理を運ぶのを手伝うよ」
「え」
閻魔様はそんな茜と葵そっちのけで、わたしへとにこやかに笑いかける。
……これは閻魔様、絶対二人で遊んでるわね。
「ありがとう閻魔様。じゃあ隣の食堂までお願い」
口に出そうか悩んで、そのまま閻魔様の悪巧みに乗ることにした。
わたしは料理が乗ったお盆を持ち上げて、閻魔様に渡そうと腕を伸ばす。
「「こらっ! 桃花!!」」
「へっ、わっ!?」
しかしその瞬間、固まっていた筈の茜と葵がものすごい勢いでお盆を引ったくったのだ。
「閻魔様に料理を運ばせるとは何事かアカ!」
「そうだアオ! そもそも閻魔様はまだ全快とは言えないのですから、あまり無茶はしないでくださいアオ!!」
「あ、ああ……」
あまりの剣幕に押された閻魔様は、そのままそれぞれお盆を持って台所を出て行く二人の姿が見えなくまで呆然としていた。
「はぁ……」
「からかったつもりが、してやられたわね。閻魔様」
わたしがくすりと笑ってそう言うと、閻魔様が困ったように眉を下げた。
「……あの子たちが随分と私に対して気を遣っているのは、昔から分かっていたからね。今は同じ使命を担う裁判官となったのだから、もう少し距離を縮められないかと思ったんだが」
「あれで距離を縮めるつもりだったんだ……」
もしかして閻魔様、コミュニケーション下手過ぎ……?
「やはり私はやり方を間違えたのか?」
「……そうね、もっと普通でいいと思うのよ。仕事の話聞いてあげたり、褒めてあげたり」
「なるほど」
がっくり項垂れたかと思うと、次には熱心にわたしのアドバイスに耳を傾ける閻魔様。
まるで子どもへの接し方に悩むお父さんみたいで、なんだか面白い。
「ありがとう、桃花。これからは積極的に、あの子たちとの時間も作っていかなければならないな」
「うん、それがいいわ。だってあの子たちは、何よりそのまんまの閻魔様が大好きなんだもの!」
「!」
わたしの言葉に驚いたように目を見開いた閻魔様は、やがてゆっくりと頷いて嬉しそうに笑った。
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