三十二話 閻魔様のリクエスト再び


「じゃあいってくるアオ」


「オイラたちが不在の間、閻魔様のことは任せたアカ」


「分かった、任されたわ。茜と葵も裁判頑張ってね」



 朝食後、食休みをする間もなく裁判所に行くと言う二人を、わたしは宮殿と裁判所を繋ぐ渡り廊下に出て見送る。



「頑張ってね。あとこれ、お弁当作ったから食べられる時に食べて」


「「えっ! 弁当アカ(アオ)!?」」



 それぞれに弁当の包みを「はい」と渡すと、二人は受け取って顔をキラキラと輝かせた。

 それに笑って、わたしは中身の説明をする。



「切り身を焼いて鮭フレークにしたものと、炒り卵に絹さやを入れて三色そぼろ弁当にしてみたの。あとデザートにみかん入りの牛乳寒天もつけといたわ」


「よっしゃーっ! オイラ牛乳寒天大好きだアカーー!!」


「オイラは大大大好きアオーー!!」


「ふふっ。はいはい、喜んでくれてよかったわ。さ、急ぐんでしょ? そろそろいってらっしゃい」



 はしゃいでいつまでもいつまでもこっちに向かって元気に手を振る二人に苦笑しつつ、完全に見えなくなるまでこちらも手を振り返した。



「――さてと、わたしは台所に戻って洗い物を片付けないとね」



 ちなみに閻魔様にも朝食に鮭の塩焼きをほぐした鮭粥を作って持って行ったのだが、「美味しい」と言って綺麗に完食してくれた。……デザートにと用意したみかん牛乳寒天の方が明らかに顔が喜んでいたのはご愛敬だが。



「神様は甘味を甘露って言って尊ぶらしいけど、実はそれだけじゃなくて、閻魔様ってかなりの甘党なんじゃないのかしら?」



 おかわりまで求められたのを思い出して、クスクス笑う。

 閻魔様は一晩ぐっすり眠ったことで、随分と熱も下がったようだった。もうひと眠りすると言っていたから、今頃はもう夢の中だろう。



「洗い物が終わったら、次は宮殿の掃除ね。あと鯉達にも餌をあげないと……」



 宮殿内は毎日茜と葵がピカピカに磨き上げていたお蔭でさほど汚れてはいない。

 しかしそれでも広大な宮殿を一人で掃除となると、なかなかに重労働だった。特に浴室は広い上に露天風呂まであるので、かなり骨が折れた。



『桃花、宮の掃除は無理しなくていいんだからね。出来る範囲でいい』


『え、でも茜と葵は毎日宮殿中をピカピカにしてたわ』


『茜と葵は、体は小さくともあやかしだ。桃花は二人のように有り余る体力がある訳じゃない。心配しなくとも、一日二日で急に汚れたりはしないさ』


『はい……』



 実は朝食を運んだ際に閻魔様にはそう言われ、一応わたしも頷いてはいたのだ。

 でも二人のようにピカピカにとまではいかなくても、なるべくなら綺麗にしておきたかった。


 ……もちろん閻魔様の言葉はわたしを心配してのものなのだと、ちゃんと分かってる。


 ――けど、


 二人が不在の今だからこそ、わたしはあの子たちが大切に磨いた宮殿を綺麗なまま整えておきたいのだ。


 茜と葵が、気兼ねなく裁判に集中出来るように――。



 ◇◆◇◆◇



「あ、もう夕暮れかぁ……」



 汚れたバケツの水を持って渡り廊下に出ると、外がすっかり夕焼け赤くなっていることに気づいた。


 ――あれからずっと慌ただしく宮殿中を掃除して回り、更には数時間おきに閻魔様の様子を見に行っていたせいか、時間が過ぎるのがあっという間に感じる。



「うーん、そろそろ夜ご飯の支度しないと茜と葵がお腹空かせて帰って来ちゃうわね。何がいいかしら……?」



 宮殿の用具箱に掃除道具を片付け、自室に向かう道すがら、わたしは首を捻る。



「……ま、とりあえずは閻魔様にリクエストがあるか聞いてみようかな」



 自室に入り着ていた作務衣さむえを脱いで洋服に着替えたわたしは、閻魔様のお部屋へと向かった。



「閻魔様、桃花よ」


「ああ、どうぞ桃花」



 いつものようにふすまの前で声を掛ければ、どうやら起きていたらしい。しっかりとした声が返ってきた。



「起きてたのね、閻魔様。ゆっくり眠れた? 調子はどう?」



 部屋に入ると閻魔様は布団の中で座って何やら本を読んでおり、わたしが入ってきたのを確認すると、パタンと本を閉じて布団の隅に置く。

 わたしはそれをチラリと視界に収めて、閻魔様の側へと座った。



「読書してたの? あ、顔色。かなり良くなったわね」


「ああ。お陰様でぐっすり睡眠をとり、食事も取れたことで、神力がすっかり満ち満ちている。これはずっと読みたいと思っていた本なんだが、ようやく読めた。実に一千年越しだな」


「い、一千年越し……」



 改めて果てしない数字に気が遠くなる。本当にこの人はとんでもない時間を余暇を持つこともなく、仕事に注ぎ込んできたのだな。

 その姿はどこかあの二人・・・・を連想させる。

 


「…………ん?」



 ……あの二人・・・・? どの二人だ?? 



「…………」


「……桃花? どうした?」


「あっ!? ううん! なんでもない!」



 気がつけばボーっとしていたようで、閻魔様が不思議そうにこちらを見ていた。それにわたしは慌てて苦笑して、話題を変える。



「そうだ! ところでわたし、閻魔様に夜ご飯のリクエストを聞きに来たのよ。もうお粥ばかりも飽きてきたでしょ? わたし何でも作るから、食べたいものはあるかしら?」


「食べたいものか……。ならばつるっとしたものがいいな。更に体が温まるものならば尚良い」


「つるっとした温まるものね。分かったわ」



 牛乳寒天を作った時もつるっとした料理がいいと言っていたけれど、閻魔様ってツルツルした喉越しの良いものが好物なのかしら? しかもそれでいて甘党で猫舌……。

 うーん、この二日で閻魔様の色んな素顔を知った気分だ。


 そんなことを考えながら、わたしは畳から立ち上がる。



「すぐ作るから、閻魔様はもう少しその本読んで待っててね」



 ちなみにどんな本を読んでいるのかと布団の隅にある本の表紙を見ると、某源氏絵巻のようだった。へぇ、閻魔様ってこういう系が好きなのか。確かにこの宮殿もそれっぽい。



「……ごほん」


「あ」



 ついじっと見てしまったのがバレたのか、閻魔様はサッと本を手に取って恥ずかしそうに咳払いする。



「ありがとう、桃花。今朝の鮭粥も昼食もとても美味かった。どんな料理を作ってくれるのか、夕飯もとても楽しみだよ」


「そう? そう言ってもらえると作り甲斐があるわ」



 確かちょうどいい食材があったはず。

 頭の中で冷蔵庫にあるものを思い起こし、また閻魔様の新しい一面を知った嬉しさでふわふわしとながら、わたしは閻魔様のお部屋を後にしたのだった。


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