三十一話 変わるもの、変わらないもの(2)
「それに今はわたしの記憶のことよりも、閻魔様の体調の方が心配だわ。朝ご飯だってまだだし、きっと茜と葵もお腹を空かせてる」
――そう、特に気になるのは、閻魔様に
実はあの子達とは昨日、あれから顔を合わせることがなかった。お昼に差し入れを持って行った時も会えなかったし、恐らく裁判が大変なんだろう。
しかしあまり無理をして、閻魔様みたいに倒れたらと思うと気が気でない。
「昨晩は台所に二人の夜ご飯は作っておいたけれど、あの子たちちゃんと食べてくれたかしら? 着替えたら見に行ってみないと……」
顔を洗った後、部屋の箪笥から群青色のワンピースを選び取り、着替えて鏡台の前に座って髪を丁寧にすく。
するとドタバタと覚えのある騒がしい足音が渡り廊下から響き渡り、わたしは弾かれたように
「「桃花っっ!!!」」
元気な男の子二人分の声と共に勢いよく襖が開き、ドスドスと一応女性の部屋に遠慮なく踏み込んで来たのは――……。
「ああ、茜と葵じゃない! おはよう!」
鏡台から立ち上がって、わたしはパタパタと二人に駆け寄る。
「てっきり今朝も早々に裁判所に行っちゃったかと思ってたから、会えてよかったわ」
わたしは目の前に並び立って道服をビシッと着こなした、赤髪と青髪の頭上に立派な一本角を生やした鬼らしい精悍な顔つきの少年二人をしみじみと見つめる。
「でもあなた達ってば、すっかり大きくなっちゃって……。喜ばなきゃなんないけど、やっぱりなんだかちょっと寂しいわね」
マスコットのような二頭身じゃなくなった彼らの身長は、もうわたしより少し高いくらいだ。ちょっとアニメちっくだった声も、少年特有の幼さはありつつも男性らしく低い声。
二人の成長は素直に嬉しい。でもそれはそれとして、寂しいものは寂しいのだ。
感慨深いものを感じてわたしが少し涙ぐむ。すると当の茜と葵は、きょとんとした顔で首を傾げた。
「は? 寂しい?? オイラたちでっかくはなったけど、別に何も変わっていないアカ!」
「……え?」
「そうだアオ! そんなことよりお腹空いたアオ! 裁判所に行く前に桃花の飯が食いたくて、ここに寄ったアオ!」
「ん??」
??? なんだろう……、この違和感。
いや、いつも通りと言えばいつも通りなんだけど、この姿だとギャップがすごいというか……――っああ!?
「そうか語尾だわっ!! えっ、二人共その語尾どうしたの!? 昨日は言ってなかったでしょ!?」
「え、あー……アカ」
「あれはー……アオ」
「?」
わたしが指摘すると、二人がお互いの顔を見合わせて何やらバツが悪そうに口をモゴモゴさせる。
その様子も普段通りの茜と葵そのものなのだが、やっぱり姿が違うと違和感がすごい。
「ほらっ! 分かるだろアカ?」
「え? 何よ?」
そう言われても、何も分からない。
わたしが首を傾げると、茜が苛立ったように叫んだ。
「だからっ! あの場面ではちょっとカッコつけたかったんだアカ!!」
「はぁ??」
なんだそのしょーもない理由。
確かにその語尾でシリアスは似合わないから、気持ちは分からなくないけど……。
ていうか語尾が変って、ちゃんと自覚していたのね……。
「でもやっぱりいつもの話し方の方がオイラたちらしくて、しっくりくるアオ」
「なるほどね。まぁ、あっちの方が凛々しかったけど、こっちの方がアンタたちって感じで安心はするかも」
言うなれば、あっちはよそ行きの姿?
ならわたしには素の姿を見せてもいいって、思ってくれているってことなのかしら?
そう思うとなんだか嬉しいかも……。
「よし! じゃあ二人が元気にお仕事出来るように、美味しい朝ご飯を作らないとね! 確か鮭があったから切り身にして塩焼きにしましょう!」
「よっしゃー! オイラ脂の乗った鮭は大好きだアカーー!」
「米炊きはオイラたちに任せるアオーー!」
「ふふふ」
言うが早いか、バタバタと台所に向かって駆け出す二人に、わたしはクスクス笑う。
小鬼たちが正式に冥土の裁判官となったことで、きっとこれから冥土は大きく変わっていくのだろう。
「けど、変わらないものだってちゃんとあるわ」
見た目は変わっても中身は相変わらずの二人に、わたしはこっそり安堵の息をついたのだった。
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