三品目 和風ハンバーグ
十話 初めての冥土の夜
「……お父さん、お母さん、お腹空いた」
小さな女の子が、真っ暗な部屋の隅で三角座りをしている。顔は伏せられていて、その表情は分からない。
――でも、
「お腹空いた、お腹が空いたよ……」
啜り泣くようなその声は、
これは、この女の子は――……。
◇◆◇◆◇
「――――――!」
慌ててがばりと起き上がる。
胸の鼓動が速い。
走ってもないのに、はぁはぁと口から荒い息が漏れた。
「あ、れ……。わたし、一体……」
被っていた布団から抜け出てぐるりと周囲を見渡せば、見覚えのある和洋折衷な大正レトロ風の可愛いお部屋……。
「……あ。そうかわたし、
サバの味噌煮をお腹いっぱい食べた後、茜と葵は掃除や洗濯等やることが山ほどあると言って慌ただしく出て行った。
わたしも何か手伝いたいと申し出たのだけれど、あくまでわたしは閻魔様が招いた〝客人〟なのだと言われ、素気無く却下されてしまったのだ。
……その客人に食事は作らせた癖に。
宮殿の中でも散策してろと見取り図を渡されたが、だだっ広くガランとした屋敷を一人でウロウロするのはなんだか物悲しい。
では宮殿の外はと言うと、閻魔様の許可なく出てはいけないらしい。言いつけを破ってまで探検する威勢もないし、結局すぐに部屋に戻ってベッドに寝転んだ。
そうしてボーっとしてる内にどうやら眠りに落ちていたらしい。
「薄暗い……」
どうやら冥土にも夜という概念はあるらしい。
ぐうぅぅぅぅ。
「あ」
空気を読めないわたしのお腹が、またもや音を立てた。
いやでもそろそろ夜なんだとしたら、夜ご飯が食べたくなるのは自然の摂理だ。
「茜と葵はどこにいるのかしら? さすがにもう掃除も洗濯も終わってる頃よね。あの子たちもきっとお腹空かせてるわ」
また「ぐぅ」と鳴ったお腹を撫でて、私は二匹を探しつつ、台所へと向かおうと渡り廊下を進む。
「……そういえば」
さっき、何か夢を見ていた気がする。
確か小さな女の子が出てくる夢だった。
どんな内容だったのかはよく思い出せないけれど、でもあの女の子、わたしはとてもよく知っているような……?
「あ、噂をすれば桃花だアオ。ようやく起きたのかアオ」
「全く、ぐーすか昼寝とはいいご身分だアカ。オイラたちは働き詰めで、もう全身くたくただアカ」
「いや、思いっきしトランプしてるじゃん。遊んでるじゃん。ていうか冥土にトランプってあったんだね」
はたして茜と葵はすぐに見つかった。なんとわたしの部屋の隣の部屋で、襖を開けっ放しにしたままババ抜きをして遊んでいたのだ。
「電気もつけないでよく出来るね? 薄暗くない? あ、でも電気は無いのか」
冥土では電気じゃなくて神力……だもんね。
「?? 電気をつける……? ああっ! 明かりをつけろってことなら、冥土にもあるアカ。ほらっ!」
茜が手を差し出すと、ポンっ! と音がして小さな火の玉がいくつも現れた。
すると薄暗かった室内があっという間に明るく照らし出される。
「えっ、すごっ!? こんなこと出来るんだ! 電気と全然変わらない明るさだよ! 一体どうなってるの!?」
「ふふん。何を隠そう、この〝
「出た、閻魔様の万能神力!」
相変わらず仕組みは不明だが、まるで我がことのように得意げに話す小鬼たちは、本当に閻魔様を尊敬しているのが伝わってきて微笑ましい。
なんかちょっと悔しいけど、やっぱり二匹のマスコットのような見た目はとても可愛いのだ。
「ところで茜と葵はお腹空いてない? 夜ご飯作ろうと思って、わたしちょうど台所に行くところだったのよ」
ごく当たり前の調子で言ったのだが、しかし二匹はあからさまに呆れたような表情をした。
「? ……何よ、その顔」
「だってお前、つい数刻前に飯を食ったというのに、まだ食うのかアカ?」
「いやしかし茜、人間とは一日三食食うと聞くアオ。すこぶる燃費が悪い生き物なのだアオ」
「おお葵、そういえばそうだったアカ」
ジトッとこちらを見る茜に、やれやれと首を横に振る葵。なんだその小馬鹿にした態度、ちょっとムカつく。
「……へぇー、そんなこと言っちゃうんだ?」
〝一宿一飯の恩〟では言われっ放しだったのだ。
少しくらい意趣返ししてもいいだろうと、わたしは意地の悪い顔を作ってニヤリと笑った。
「じゃあ燃費の良い小鬼様たちは夜ご飯要らないのねぇ? そっかぁ、残念ねー。さっきはお魚だったから、今度はお肉料理を作ろうと思ったのにぃー」
「「要るアカ(アオ)!!」」
「ぶっ……」
少々わざとらしいかと思ったが、茜と葵は見事に食い気味に叫んだ。
それについつい苦笑してしまう。
「人間の燃費の悪さには驚いたが、別にオイラたちが食えないって訳じゃないアカ!」
「美味い飯ならいくらでも入るのは、人間も鬼も神も関係ないアオ!」
「はいはい」
……なんだかわたし、だんだんこの子たちの扱いが分かってきた気がするわ。
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