十一話 みんなでこねこねハンバーグ


「――さて、お肉とは言ったけれど、どんなお料理にしようかしら? あ、これまた高そうな牛ひき肉あるわ! だったらやっぱり、子どもが大好きなハンバーグがいいかしら?」


「はんばぁぐ……かアオ?」


「聞き慣れない横文字だアカ」


 

 台所に着いてすぐにデンっ! と鎮座する巨大な冷蔵庫を開いてそう言うと、後ろでわたしの着物のたすき掛けをしてくれていた茜と葵が不思議そうに首を傾げた。



「あらアナタたち、もしかしてハンバーグを知らないの? お肉がふっくらジューシーで、最高にご飯に合うお料理なのよ!」


「ほぅ! ならば米炊きはオイラたちの出番だなアカ!」


「ええ、茜と葵の炊くお米は本当に最高だったわ! 今回もツヤツヤもちもちのお米をお願いね!」


「もちろんだアオ! 任せるアオ!」

 

「ふふふ」


 

 おだてられてすぐさま米研ぎの準備を始めた二匹を横目で見守りつつ、わたしの方はというと、髪を結んで早速ハンバーグ作りに取り掛かる。



「うーん……、調味料はさすがにケチャップやウスターソースは無いみたいね。あ、でもポン酢がある。よしっ、なら今回は和風ハンバーグにしようかな!」



 そうと決まればまずはハンバーグに欠かせない飴色玉ねぎの準備だ。

 ゴロッと大きな玉ねぎをトントントンとリズムよくみじん切りにして、熱したフライパンで弱火にしてじっくりと炒める。

 ここで慌てて強火で炒めてしまうと焦げてしまい、玉ねぎのジュワッとした甘みが引き出せないので注意だ。



「うん、いい色。いい感じ」



 フライパンの上で綺麗な飴色になった玉ねぎを見て、我ながら見事なものだと自画自賛する。

 さてさて、次はこの飴色玉ねぎちゃんに牛ひき肉と卵、それにパン粉を加えて、手で混ぜ合わせていくのだけれど……。



「ねぇ茜、葵! お米が炊き上がるのを待つ間にこっちも手伝ってちょうだい! このハンバーグのタネをこねこね混ぜてほしいの!」


「「こねこね??」」


「こうするのよ」



 炊飯器の前に陣取っていた茜と葵を呼ぶと、二匹ははてなマークをいっぱいに浮かべながらも素直にこちらへ来た。

 どうせたくさん食べるだろうと、ちょうどボウル三つ分タネを用意したのだ。それをそれぞれの前に置いて、わたしは自分の前にあるボウルでタネを混ぜ合わせる様子を実演して見せた。



「ほぉ、材料を全部混ぜるのかアカ」


「これでどんな料理が出来るのか、見当もつかないアオ」


「ふふふ。何が出来るかは後のお楽しみよ。さぁ二人も混ぜてみて。あ、でも茜と葵には長い爪があるんだった。そのまま混ぜたら爪にタネが入ってしまうわ」



 わたしの腕にも食い込んだ二匹の鋭く長い爪に視線を向ける。

 すると茜と葵は「ああ」となんてことないように頷いた。



「爪か。確かに混ぜるのに邪魔アオ」


「なら別に仕舞ってしまえばいいアカ」


「え」



 言った瞬間、二匹の鋭い爪がシュンと縮んだ。まさかの収納可能な爪に開いた口が塞がらない。


 ――ていうか、



「はぁぁ!? ならわたしの腕を掴んだ時も、爪しまってくれればよかったでしょー!? あれ我慢してたけど、本ッ当に痛かったんだからっ!!」


「だから痛いなら痛いと言えと言っただろアカ!!」


「鋭い爪は鬼のアイデンティティだアオ! 特別な時以外は無闇に仕舞ったりしないアオ!!」


「はぁぁ……まぁいいや。爪問題もクリアしたし、混ぜてみてよ」



 えへん! と偉そうに胸を張る二匹に頭が痛くなってきたが、これ以上言い合っても仕方ない。

 わたしは気を取り直し、ハンバーグ作りを再開することにした。



「む? む? こうかアカ?」


「そうそう茜、いい感じよ」


「なんだか粘土遊びに似てるアオ! だんだん楽しくなってきたアオ!」


「おー! 葵はノリノリじゃない!」



 初めは恐る恐る混ぜていた二匹も次第にコツが分かったようで、楽しそうにタネをこねこねする。

 ちなみにこのタネを混ぜる作業は、肉汁を内側に閉じ込めふわっとジューシーに仕上げる為には欠かせない、重要なポイントだ。ちゃんと全体が混ざるように、しっかりとこねこねしよう。



「うんうん、二人ともよく混ざったわね。さ、次はタネを成形よ!」



 これも小鬼たちと一緒にやればすぐに出来た。成形は次の焼きの工程で表面が均一に焼けるように、真ん中にちょっとだけくぼみを作るのがコツだ。



「あれー茜のまんまる過ぎアオ? 桃花のは綺麗な楕円形だえんけいアオ」


「んなっ!? そう言う葵は俵形になってるアカ! それじゃあ上手く焼けずに生焼けになるアカ!」


「んん!?」


「はいはい、どっちも上手に出来てるからケンカしない。いっぱいタネが作れたし、早速焼いていきましょう!」



 どっちのタネの形がいびつかで言い合いを始めそうな二匹を制して、わたしは油をひいて熱したフライパンにタネを並べていく。

 するとすぐさまジュージューと肉の焼ける良い音と香ばしい匂いが、台所中に漂ってきた。



「うおおお、アカ!」


「香ばしい、いい匂いだアオ!」



 これには茜と葵も、すっかりハンバーグに釘付けだ。

 くるんとタネをひっくり返すと、露わになった美味しそうな焼き色に、更に二匹は歓声を上げる。



「「うおおおおおお!!」」


「あはは、そんなに喜んでくれたら作り甲斐あるわ」



 綺麗にこんがりと焼き上がったハンバーグはお皿に移して、大葉と大根おろしをトッピング。更にその上から特製のポン酢ソースをかければ完成だ。



「はい出来た! 名付けて、和風ハンバーグ定食よ! 付け合わせのナスの煮浸しとなめこ汁も召し上がれ!」


「よっしゃー! 早く食べたいアカ!」


「手伝ったらすっかりお腹空いたアオ!」


「はいはい、ちゃんと食堂でいただきますしてからよ」



 待ちきれない様子の二匹を宥めつつ、慌ただしく食堂に入って席に着く。

 するといただきますもそこそこに、茜と葵はがっつくようにしてハンバーグにかぶりついた。



「うまぁ! なんだこれ! 噛むと美味い汁がじゅわっと出てくるアカ!」


「それが〝肉汁〟っていうものなのよ。お肉の旨みが溢れて美味しいでしょ?」


「肉なのにさっぱりしてて不思議だアオ! それでいて米にもすごくよく合うアオ!」


「大根おろしとポン酢ソースで和風にしてるからね。ソースには隠し味でレモン汁も入れてるから、より後味がさっぱりするのよ」


「「おかわりアカ(アオ)!!」」



 さすが子どもが大好きハンバーグ。二匹が子どもかは謎だが、がっつく勢いはいつまでも衰えない。



「桃花! ご飯もおかわりアカ!」


「オイラもアオ!」


「はいはい」



 うん。こうしてみんなで囲む食卓って、やっぱりいいな。落ち着くし、心が温かくなる。


 わたしは冥土に来る前はどんな風に生活していたんだろう?

 家族はいたのだっけ……?



「……うーん?」



 思い出そうと頭を捻るが、やっぱりわたしの記憶は頑丈にロックされているようで、結局何も思い出せなかった。


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