その十九:試練
私たちは黒龍様に連れられ、ジマの王城へと来てた。
「黒龍様! お一人でどちらに行かれていたのですか?」
「黒龍様、大丈夫でいやがりますか!?」
王城へ来ると、五十代くらいの執事と成人するかしないかのメイドが慌ててやって来た。
この二人、二百年前と全く変わっていない。
そう、この二人は人ではなくドラゴンニュートなのだ。
黒龍様に仕える最強の僕、クロ様とクロエ様だ。
「心配ありません。いつもの墓参りです。勇敢なジマの騎士たちにねぎらいの言葉をかけてきたのです」
黒龍様はそう言ってやってきた二人をなだめる。
その言葉に二人の従者は一礼をする。
「黒龍様、お戻りになられましたか! 黒龍様がいきなりいなくなられるので城では騒ぎになりましたぞ?」
「騒ぐでない、ドーム。貴様もたまには己の騎士たちをねぎらい墓くらい行ってやらんか」
更に後から偉そうな人がやって来て黒龍様に何か言っている。
そしてその後ろに更にぞろぞろと偉そうな人がやって来た。
「そなたらジマの子供たちよ、今お前たちがいるのはジマの騎士たちのお陰。せめてその忠義をねぎらいこの時期には墓参りくらいしてやらんかっ!!」
黒龍様がそう叱責すると、先ほどの偉そうな人たちは一斉にその場に跪き、黒龍様に頭を下げる。
「ドームよ、久しく来ておらんかったが先達をないがしろにするは王として関心せんぞ?」
「ははっ、黒龍様のご指導痛み入ります!」
先程来た偉そうな人は今の国王だった。
当時の国王の面影は全く見られない。
あの人も、こんな今の国王を見たら何と言うだろうか……
「まぁまぁ、コクもそれくらいにしておくのですわ」
その声は城の方から聞こえて来た。
私はそちらを見ると、予想通り女神エルハイミさんがいた。
「め、女神様!?」
「落ち着いてイオタ。こちらのエルハイミさんは前回会ったエルハイミさんとは別のエルハイミさんよ」
「ど、どう言う事だよサーナ?」
私は苦笑して黒龍様とエルハイミさんを見ると、二人もやや苦笑してまずは城の中に入るように促されるのだった。
* * *
「つまり、女神様って全部で三人いるって事か?」
「うーん、正確にはこちらにいるエルハイミさんは分体の方で、一人が三人に分かれたうちの一人よ」
私の説明にイオタはまだ混乱している様だった。
「まぁまぁ、私の意識は三人とも全部つながっていますわ。同時に三人存在する感覚は理解しがたいでしょうが、私も間違いなくエルハイミですわ。便宜上私はエスハイミと名乗ってますわ。ちなみにあなたたちが先日会った私はエムハイミとなっていますわ」
なんか楽しそうにそう説明するエルハイミさん。
その傍らにぴっとりと黒龍様がくっついている。
このエルハイミさんは、世を忍ぶ姿。
つまり十五、六歳くらいの人族に見える。
その横にエルハイミさんと同じ顔をした二十歳くらいの黒龍様がいると姉妹にも見える。
「ところでサーナは目的は果たせたのですの? 確か二百年前の約束がどうのこうのと言ってませんでしたの?」
「はい、それに関しては全て終わりました。そして私は新たに彼と共に歩んで行こうと思います」
私はそう言ってイオタを見る。
それを見てエルハイミさんもうんうんと頷いている。
「やっと気づきましたわね。となると、コク指輪はどうしたのですの?」
「はい、既にサーナに返しております。これで彼女らは今度こそ末永く添い遂げられましょう」
それを聞いたエルハイミさんは満足そうに頷いてからお茶をすする。
「しかし……」
でも黒龍様はゆっくりとイオタを見てから言い始める。
「そこの者は以前のサーナの元にいた者ほど強くありません。これではサーナの足手まといにしかなりませんでしょう」
「くっ……」
黒龍様のその言葉に、イオタは悔しそうにする。
確かにイオタは以前の彼ほど強くはない。
しかし、これからは私と一緒に長くいられるのだから徐々に強くなるだろう。
「まだまだ体も出来あがっていないようですし、全ての経験が浅い」
「うーん、それは仕方ありませんわ。見た所成人して少ししか経っていないようですし、戦士がその力を最大に伸ばすのはやはり三十路くらいですわ」
エルハイミさんもそう言ってイオタを見る。
イオタはそれに悔しそうにしていたが、いきなり黒龍様が片手をあげる。
「クロ、少し手合わせをしてやりなさい。この者の実力を見てみたい」
「コク、何もそこまでしなくてもいいのではないのですの?」
「しかし、サーナのつがいとなればそれ相応でなければ以前のあの者に示しがつきません」
黒龍様がそう言うと、イオタはその場に立ち上がる。
「黒龍様! お、俺だってサーナと共に日に日に強くなってます!!」
「ではこの者と手合わせをするがいいでしょう。そして自分の力量不足を理解する事です」
そう言って後ろからあの執事姿のドラゴンニュートが出て来る。
相手はあのクロ様。
以前の戦場ではその爪ですべてを切り裂いて来た、まさしく鬼人の如しお方。
「はぁ~、仕方ありませんわね。クロさんほどほどにですわ」
「御意」
そう言ってクロ様は上着を脱いでイオタの間に立つ。
「その剣を使ってもかまわぬ。人の力では我が鱗に傷一つ付けることはかなわぬからな」
「でもそっちは素手なんじゃ……」
「対峙してその力量が分からぬ程度には素手でも十分。何ならこちらは片手でお相手しよう」
そう言ってクロさんは左手を腰の後ろに回す。
流石にここまでのハンデをつけられたイオタは黙って剣を抜く。
「ケガしても知らないぞ!!」
「かかって来るがいい!!」
イオタがそう叫ぶと同時に、クロ様の胴を薙ぎ払うかのような一撃を「操魔剣」踏み込むを使って打ち込む。
足に魔力を溜め、それを一気に爆発させるかのように踏み込み本来の間合いの外から一気に距離を詰めるこの技、並の相手では対応しきれないだろう。
しかし相手はあのクロ様。
イオタの一撃を指でつまんで、くるっと返すとイオタが吹き飛ばされた。
どがっ!
「くっ!? な、何をしたんだ?」
「なに、あまりにも遅い剣戟だったのでつまんでひねっただけだ。その程度のスピードではハエが止まるぞ?」
そう言いながらクロ様はクイクイと指を立てイオタにかかって来いとゼスチャーをする。
それを見たイオタは、立ち上がり剣を構えてまた打ち込むのだった。
* * *
「はぁはぁはぁ……」
「ふむ、何度やっても同じですな。黒龍様、まだ続けますか?」
イオタは何度もクロ様に打ち込んで、そして何度も投げ飛ばされる。
床にひれ伏し、肩で息をしている。
「イオタ……」
思わずイオタに駆け寄ろうとする私を黒龍様が制する。
「サーナ待ちなさい。 さて、これでわかったでしょう? あなたはサーナの隣に立つには未熟すぎます」
「くっ!」
黒龍様のその言葉にイオタは拳を床にたたきつける。
それは歴然とした事実。
今のイオタは確かにまだ私より弱い。
でも、イオタに私の「命の指輪」を渡したし、これから時間をかけて強くなってゆけばいいし……
「はぁ~、コクはどうしてそこまで彼の強さにこだわるのですの?」
「それは二百年前のあの者のようになってほしく無いからです。この先何があるか分かりません。ましてやこの者は今後サーナの指輪で永久の命を得る事になります。サーナを守れぬ者にあの者が愛したサーナを引き渡す事を私は納得できていません」
エルハイミさんのその言葉に、黒龍様はそう言ってイオタを見る。
そして私も。
「サーナ、我が国の騎士があなたの為にその剣を私たちに返し、あなたの騎士となった。それはいい。しかしあなたの騎士となるべき者がこのふがいなさでは、命を懸けてあなたを守った元我が国の騎士に顔向けも出来ないでしょう。イオタ強く成りなさい」
黒龍様はそう言ってイオタの前までやって来る。
イオタは黒龍様にそう言われ何も言えなかった。
「はぁ~、分かりましたわ。それでは彼はしばらく私たちが預かりましょうですわ。そして私の元で強くなってもらいましょうですわ」
「エ、エルハイミさん?」
いきなりエルハイミさんがそう言い始めた。
驚きエルハイミさんを見ると、にっこりとほほ笑んでいる。
「大丈夫ですわ、天界でそうですわね、ショーゴさんに鍛えてもらえればすぐにでも強くなれるでしょうですわ。サーナ、数年彼を待つ事は出来まして?」
エルハイミさんは私に向かってそう微笑みながら言う。
天界に連れられ、そしてあの鬼神ショーゴ様にイオタが鍛えられる?
鬼神ショーゴ様は、元ジマの国の騎士。
それが女神エルハイミさん従者となり、武に関して彼に秀でる者はいないとまで言われた存在。
「鬼神ショーゴ!? そ、それってあの伝説の……」
「ええ、そうですわ。その代わり彼の稽古は並ではありませんわよ? 五年は修業を積むつもりはありますかしら?」
エルハイミさんにそう言われてイオタは私を見て苦笑する。
そして立ち上がり、真っ直ぐ私の元へやって来る。
「サーナ…… ごめん、少しの間待ってほしい。俺、強くなって必ず戻って来るから!」
「イオタ…… うん、分かった。でも絶対に戻って来てね私の元へ」
私はそう言ってイオタに抱き着き軽い口づけをする。
それが全ての承諾になり、イオタはぐっと私を抱きしめた後ゆっくりと離れて行って黒龍様の前に跪く。
「黒龍様! 俺、絶対に強くなってサーナの前に戻ります。こんなすごい機会を与えていただきありがとうございました!!」
「礼を言う相手が違います。我が主にして最愛のお方に御礼申し上げなさい」
黒龍様にそう言われ、イオタはすぐに女神エルハイミさんの前に土下座して頭を床に擦り付けて言う。
「女神様、このご恩決して忘れません! 絶対に強くなってサーナの元に戻ります!!」
「はいはい、分かりましたわ。それでは死ぬ気で頑張ってくださいねですわ」
土下座しているイオタに、エルハイミさんは楽しそうに微笑むのだった。
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