その二十:しばしの別れ
「それでは私はいったん、天界に戻りますわ。イオタ、こちらにですわ」
女神エルハイミさんはそう言って手をかざすと、真っ黒な異空間が開く。
以前にも使った転移だ。
結局、イオタは五年くらい天界で鬼神ショーゴに鍛えられる事となった。
正直、ジマの国の騎士でさえなかなか与えられない栄誉で、人族であれば鬼神ショーゴについて修行が出来るとなれば全てを投げ出してでも行きたいだろう。
それ程彼の元で修業を積めば強く成れる。
「サーナ行ってくるよ」
「イオタ……頑張ってね」
最後にイオタに抱きしめられ、そう言われる私は正直ちょっと寂しい。
たった五年。
されど五年。
人の世界に来ている私にはこの五年という歳月はエルフにとってもとても長く感じる。
「そうだ、イオタこれを……」
私はそう言ってあの「命の指輪」を手渡そうとする。
するとそれをエルハイミさんが止める。
「サーナ、その指輪はまだあなたが持っていた方がいいですわ。これから彼は人として肉体を更に成熟させなければなりませんわ。成長が止まってはせっかくの修行も無駄になってしまいますわ」
エルハイミさんにそう言われ、私は指輪をイオタに渡すのを止める。
「そうだな、次に会う時はサーナの隣にでずっと強い俺でいなきゃだもんな。サーナ、次に合う時を楽しみにしていてくれ!」
「イオタ…… もう、じゃあ次に会う時はもっと渋めのおじさまになっているのかしら?」
「はははは、箔が付くだろ? サーナ愛してる」
「うん、私も……」
そう言って私とイオタはもう一度抱き合いキスを交わす。
「はいはい、お熱いのは良いですがそろそろ行きますわよ? まったく、うらやましい限りですわ」
そんな私たちに女神エルハイミさんはうらやましそうに頬を膨らませる。
しかしすぐに微笑んで言う。
「それではちょっと行ってきますわ。後の事はコク、お願いしますわよ?」
「はい、お任せあれ」
エルハイミさんはそう言ってイオタを引き連れあの異空間に入って行く。
それにイオタもついて行き、その真っ暗な異空間は消えてゆくのだった。
私はそれをずっと見守っていたけど、完全に消えてなくなってから黒龍様が私に向かって聞いてくる。
「さて、サーナはこの後どうしますか?」
「私は…… イオタの帰りを待ちます。五年もあるなら一旦エルフの村に戻ろうかと思います」
「そうですか。ではエルフの村まで送って行ってやりましょう。クロ、彼女をサージム大陸に送り届けてあげなさい」
「御意」
黒龍様はそう言ってクロ様に命令すると、クロ様はすぐにバルコニーまで行く。
そしてそこから飛び降りると同時に身体が膨れ上がり一匹の黒い竜に変化する。
クロ様の竜は翼をはためかせ、バルコニーに降着する。
「うわっ! こ、これって黒い竜!?」
「本来の彼らの姿でもあります。サーナ、クロの背に乗りサージム大陸のエルフの村まで送って行ってあげましょう」
「え、あ、でもそん事までしてもらうだなんて……」
いくら何でもそこまでしてもらうのは悪い気がする。
しかし私が悩んでいると、黒龍様はにっこりとほほ笑んで言う。
「何を遠慮しているのです。これは私からのあなたたち二百年の奇跡への祝福みたいなものです。エルフの村で転生した彼を待ちなさい。そして今度こそ幸せになるのですよ」
それを聞いた私は驚き、目を見開き黒龍様を見る。
「え? て、転生……??」
「ふふふふ、気付いていなかったのですか? イオタはサイアムの転生者です。女神である我が愛しの御方の力を介せずこの世に自力で戻って来るとは、見上げた根性です」
今、黒龍様はサイアムと言った。
その名は正しく二百年前に私を守って死んだ彼の名。
そして決して果たせないはずの約束をして、私をずっと待たせたあの人の名。
「こ、黒龍様、イオタがサイアムの転生者なのですか!?」
「そうです。残念ながら今はまだ記憶が戻っていないようですがその昔に教えた竜の秘伝の話を信じていたのでしょう。我が血を受けしジマの国の者は強く念じれば転生できるやもしれないと言う事を。竜は転生するのに二百年の時を必要とします。その話をサイアムも信じ、無謀とも思える転生を試みたのでしょう。女神である御方は早々に気付いていたようですが、無理やり記憶を戻すと今の人格と過去の人格が上手く融合できず精神崩壊をする恐れがあったので、あのような物言いだったのでしょう」
黒龍様はそう言って私の肩に手を置く。
「あなたはあの騒動に巻き込まれ、望まぬ戦争に加担させてしまった。そしてあなたからサイアムを奪う事ととなってしまった。私はずっとあなたに謝罪をしたかったのです……」
「黒龍……様……」
涙があふれ出した。
だって、約束してくれた彼が、サイアムの転生者がイオタだったなんて!!
私は思わずその場に膝から崩れ落ちる。
そしてイオタが消えた虚空を見る。
今は天界に修行に行ってしまったイオタ。
しかし彼こそがこの二百年間待ちに待ったサイアムその人だった。
「人の世にも、まだまだ奇跡は残っているのです。彼とは暫しお別れですが、また会える。そして今度こそ幸せになりなさい」
黒龍様がそう言って私に手を差し伸べる。
サイアムは、いやイオタはきっと強く成長して戻って来る。
私は涙をぬぐって黒龍様の手を取る。
「黒龍様、私、待ちます彼を。今度はたったの五年ですもん!!」
「そうですね、貴女に祝福あらんことを」
黒龍様にそう言われ、私はイオタが消えたその場所を見てから空を見上げる。
青い空には雲一つない。
そしてこの空の上にの何処かには女神様の住まう天界がある。
「イオタ、私待っているから! 必ず迎えに戻って来てね!!」
そう言ってから私はエルフの村に戻る為、黒い竜の背にまたがるのだった。
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