その十八:黒龍
彼のお墓の前に一人の女性がいた。
漆黒の長い髪の毛を風に揺らし、真っ黒な喪服の様なドレスに身を包んでいる。
そして彼女の頭頂部には二本の角が突き出ていて、スカートの裾からは爬虫類の尻尾が覗いている。
「ま、まさかあなた様は……」
私は思わずその場で動きを止め、カタカタと震え始める。
すると彼女はゆっくりとこちらに振り返る。
そしてその顔を見た瞬間イオタが驚く。
「真っ黒な女神様……」
その言葉に、その黒い瞳に金色の輝きを携える瞳が動いた。
「あなたは確かサーナ…… そしてそちらの者は……」
彼女はそう言いながら瞳を更に見開き、金色の輝きを増す。
そしてイオタを見てからふいに瞳を閉じて、頷く。
「そうですか…… ではこれはあなたに返す必要があるでしょうね」
「あ、あの何ゆえこんな所に?」
私は震える声でそう聞くと、彼女はにっこりと笑ってすっと手を私に差し出す。
「これはあなたに返しましょう。受け取りなさいサーナ」
そう言って私の手の平に一つの指輪を落す。
「こ、これはッ!!」
忘れもしないこの指輪。
私が二百年前にあの人に渡した「命の指輪」
「あ、ああぁ、あああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
それを見た瞬間、私は涙をあふれさせ、それをぎゅっと握りしめる。
これをはめた彼は本来私の寿命が尽きるまで一緒に時を過ごすはずだった。
このエルフの女性しか生み出せない、一生に一度しか生み出せない大切な指輪は、指輪をはめたものと私の命がつながり私が死なない限りずっと一緒にいられると言うエルフの秘宝。
あの時、彼の死と共に無くしてしまったとあきらめていた指輪。
そして永遠の愛を誓った指輪。
私はそれを見てとめどなく涙を流す。
「サ、サーナ…… おい、あんた一体何モンなんだよ? サーナに何をしたんだよ!?」
「ふむ、本来人に名を聞くなら自分から名乗るのが礼儀ですが、まあいいでしょう。私は黒龍のコク。太古の竜にして女神殺しの名を持つモノです」
そう、彼女こそこのジマの国の守り神。
女神殺しの太古の竜が人の姿に変化したモノだった。
「黒龍…… 何で女神様と同じ顔で……」
「ふむ、それも知らないのですか? 私は今や偉大なるあのお方の下僕。あのお方の力により愛おしきあのお方の姿を受け再生したのです」
そう、ある事件で以前の黒龍様は消滅し、今の黒龍様は女神エルハイミさんの力で再生された姿。
故に、その姿は女神エルハイミさんと瓜二つの顔を持つ。
そんな彼女に私はすがって泣きながら叫ぶ。
「黒龍様、ごめんなさい。私は、私は!!」
「サーナ、もう過ぎた事です。そして約束の時を迎えた今、全ては終わりました。私も役目を終えたわけですね」
黒龍様はそう言って私の肩にそっと手を置く。
私は涙を流したまま、黒龍様の顔を見る。
そこには二百年前のあの時と同じ優しい微笑みがあるのだった。
* * *
「約束、守ってくれなかったね…… でも、もういいよね? 私はこのイオタと新たな時を歩むことにしたの。だから、今日はお別れを言いに来たの」
私はそう言って彼のお墓に花束を供える。
そしてタルタルから預かって来た小さな瓶のふたを開けて、中のお酒を彼のお墓にかけてやる。
この香り、あの時彼とタルタルが一緒に飲んでいた強いお酒だった。
そんな昔の思い出を軽く首を振り、私は手を合わせ祈りを捧げる。
願わくば、彼の魂が安らかに眠る事を。
泣き止んだ私の姿を黒龍様もイオタもじっと黙って見ていた。
私はゆっくりと立ち上がり、黒龍様とイオタに微笑んで言う。
「これですべて終わり。彼は約束を果たせなかったけど、私は約束を果たした。だから全て終わりね」
「サーナ……」
私はそう言ってイオタの手を取る。
そんな私たちを見て、黒龍様は軽くため息を吐いて言う。
「そうですか、彼が……」
「はい、イオタって言います。私は彼と共に歩みます」
「なら、先ほどの指輪を彼に渡す事です。そうすれば今度こそあなたと共に永遠にいられるでしょう」
私はイオタを見る。
そして先ほどの指輪をイオタに差し出す。
「サーナこれは?」
「これは『命の指輪』、エルフの女性しか生み出せない秘宝。これを身に着けた者はそれを差し出したエルフの女性と同じ時を過ごす事が出来るの。私のこの指輪は私の命ある限りイオタと一緒にいられる秘宝なの」
それを聞いたイオタは目を丸くする。
私が差し出したその指輪をまじまじと見ながら、私に聞いてくる。
「これを俺が身に着ければサーナとずっといられるって言う事か?」
「ええそうよ。イオタは私が死ぬまでずっと一緒にいるの。嫌、かしら?」
イオタを見ながらそう聞くと、彼は首を横にぶんぶんと振る。
そして私の手を指輪と一緒に握って力強く言う。
「嫌な訳無いだろ! サーナとずっと一緒にいられる。俺がサーナをずっと守ってやれるんだ!!」
「イオタ……」
イオタは私を受け入れてくれた。
そして私と一緒に歩むことを承諾してくれた。
彼には悪いけど、私は今とても幸せな気分でいる。
「ふむ、これはサーナを祝福してやらないといけませんね。ちょうどいい、彼らの墓参りも終わりました。あなたたちも城に来るといいでしょう」
手を握り合う私たちに黒龍様はそう言うのだった。
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