その十四:ドドス共和国の内乱
イオタは目の前の少女がこの世界の女神様だと聞いて素っ頓狂な声をあげる。
「ちょ、ちょっと待てサーナ、いくら何でも冗談が過ぎる。確かに彼女はとても美人だが女神様と言ったらもっと大人びていてるはずだぞ?」
「あ~、何と言うか、本当の姿がこちらなのよ。そもそも現在の女神様は元は人間で、大魔導士だったの」
イオタの驚きに何処から説明していいのか迷いながら私は言う。
実はエルフの村では結構有名な話で、現在の女神様は目の前にいるエルハミさんがそれ。
以前の女神様たちは女神戦争で肉体を無くし、その魂は天空の星々に星座として宿っている。
残った古い女神様も、引退してその役割を目の前のエルハイミさんに託してどこかへ消えて行ってしまったらしいけど。
「だからと言って、ちょっと信じられないな……」
「えーと、これならどうですの?」
イオタがそう言っていると、エルハイミさんが目の前で光って大人の女性になる。
胸も少女の姿よりずっと大きくなり、透き通るような金髪もさらに伸びる。
後光が輝き、その姿は正しく神殿などで語られる女神様像そのものだ。
「えっ、あっ? ええぇっ!!!?」
イオタ本日二回目の素っ頓狂な叫び。
まあ、知らなきゃそうなるか。
私はため息を吐いてから言う。
「これで納得した? エルハイミさんは女神様の時はこの姿になるのよ。お忍びで世界各国を回っている時は少女の姿なの」
私がそこまで言うと、エルハイミさんはにっこりとほほ笑んで頷き、元の姿に戻る。
見た感じ、十五、六歳くらいの少女に戻る。
「にわかに信じがたいけど、先ほどの姿は確かに女神様だった。本物なんだ」
「そう言う事。それでシェルさんとエルハイミさんが下界に来ているなんてどう言う事ですか?」
正直あまり良い予感はしない。
この二人が下界に来る時は決まって何か有る時だ。
「そうね、まずはこの『精霊石』がこんなに早く手に入って助かるわ。これで神託を降ろしやすくなったし、この国に対して牽制も出来るからね」
シェルさんは目の前の「精霊石」を指さしてそう言う。
確かこの「精霊石」は「鋼の翼」と言う天界に行く空飛ぶ船の動力で使うはず。
私は首を傾げ、シェルさんにもう一度聞く。
「どう言う事ですか?」
「ここドドス共和国は今にも内乱が始まろうとしているのよ」
シェルさんはつまらなさそうにそう言う。
「内乱ですって!? いや、ドドスで内乱ってどういうことですか?」
「共和国公王が亡くなったの。そしてその後釜にその息子と貴族筆頭が対立を始めたの。ここドドス共和国は公王制を取っているので世襲じゃないわ。権力の移管が上手く行ってない為今にも内乱が起こる状態なのよ」
私はそれを聞いて青ざめる。
共和国は不安定な所があるのは昔からだけど、まさか公王の選定が上手く行ってなく一触即発状態だとは思ってもみなかった。
「あ、でもエルハイミさんが来たからそれもすぐに治められるか」
「そうもいかないのよ。エルハイミとしては人の世の事は可能な限り人に任せるつもりだからね」
私は隣でお茶を飲んで呑気にクッキーに手を出して美味しそうに食べている女神であるエルハイミさんを見てそう言うと、シェルさんはため息交じりでそう言う。
「いや、だって、目の前に女神様いるなら何とかしてくださいよ!!」
「そうもいかないのですわ。私が関与するとそれは人の世としては良く無いのですわ。私は最低限の関与で、この世界はその主たる人々で何とかしてもらう事を望みますわ。それがこの世界の安定をもたらすのですわ」
エルハイミさんはお茶をすすりそう言う。
とは言え、内乱になんかなればすぐ隣の国で目的のジマの国に行けなくなってしまう。
「でもっ!」
「サーナ、気持ちはわかるけど今のエルハイミもいっぱいいっぱいなのよ…… 二百年前のあれのせいで今のエルハイミにはあまり力が残ってないの」
それでも私はエルハイミさんに抗議しようとすると、シェルさんに止められる。
二百年前って……
「ああっ! リルとルラの!!」
「そう言う事よ。この世界を守るために彼女は今も精いっぱいの事をしているの。ここにいるエルハイミは分体、最低限の力しか無いわ」
シェルさんがそう言うと、隣にいるエルハイミさんも困ったような顔をしてため息を吐いている。
「なので、今回ドドスに対しては女神としての威厳を示し、平和的に公王の選定をしてもらいたいのですわ。その為にも壊れて動かなくなった『鋼の翼』を復活させ、天界へと偉人を導くしかないのですわ」
エルハイミさんはそう言って私を見る。
そしてにっこりと笑って言う。
「サーナ、あなたにとってもこの旅は決して悪いものではないはずですわ。過去の事を悔やんでも仕方ない。そしてその魂はきっと今もあなたの近くにいてあなたを守っていますわ」
「エルハイミさん?」
彼女は瞳の色を碧眼から金色に変えてそう言っている。
まるで私の未来でも見ているかのように。
「さて、そうなるとサーナは早い所ここから逃げ出した方がいいわね。そこの君も一緒にドドスの郊外まで送り届けてあげるわ。良いわねエルハイミ?」
「そうですわね、まさかこんなに早く貴族の軍隊が動くとは思いませんでしたわ。既にここドドスの街を取り囲んでいますわね。参りましたわ、まだ『鋼の翼』の修理が終わっていないと言うのにですわ」
エルハイミさんはそう言って立ち上がると、手を振る。
するとそこへ真っ黒な異空間が広がる。
「ここを通り抜ければドドスの郊外、ジマの国に行く街道へと出ますわ。二人とも急いでですわ。私は『鋼の翼』を一時的に動かして、女神としての威厳を誇示しますわ」
それを聞いた私とイオタは顔を見合わせて慌ててエルハイミさんが作った異空間へを向かう。
「サーナ、急いで!」
「うん、ありがとうエルハイミさん、シェルさん」
「あ、サーナ! エルハイミの奴ハッキリ言わなかったけど、彼の魂は転生してあなたのすぐ近くに……」
最後に異空間を抜ける時にシェルさんが何かを言っていた。
しかし、異空間に入りかけて最後まで聞き取れずに私とイオタは暗闇へ入ってしまった。
*
そして次の瞬間、目を見開くと夕暮れ近い街道の前に立っていた。
「本当にドドスの街を逃げ出せたのか?」
「そうね、ここは見覚えがあるわ…… ほらあそこに道しるべがある。近くにはイザンカ王国の砦もあるはず。とうとうここまで来たのね……」
私はその道しるべの石碑を見て、その先に繋がる街道を見る。
その先には目的地だったジマの国がある。
そう、約束の地が。
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