その七:港町


 なんだかんだ言って二日後に私たちはオオトカゲを入手する事が出来た。



「冒険者ギルドに相談して正解だったな」


「そうね、昔からオオトカゲによる湿地帯の移動は盛んだったから、向こうのツエマの港町でもちゃんと下取りしてもらえるらしいしね」


 港町のツエマと水上都市スィーフの間では古来よりオオトカゲを馬代わりに使っている。

 湿地帯を抜けるには通常の馬では足を取られ動けなくなるから。

 オオトカゲは草食性で、気性も温和なためこうして人間たちに飼いならされている。

 湿地帯に現れる魔物などにも反応する事から、キャラバンである商隊などでも活用される。

 ちなみにキャラバンが使う荷車は、雪国のソリのような形状で車輪の代わりに板が付いている。

 それを何匹かのオオトカゲに引かせている形だ。



「オオトカゲって、馬みたいに扱えるのかな? 俺、オオトカゲは操った事が無いよ?」


「ああ、大丈夫。ギルドで手配してもらったオオトカゲだから背中に乗っているだけでほぼ問題無いわ」


 何度も旅人を乗せているオオトカゲは寿命が二百歳位あるので十分に慣れている。  

 私たちは背中に乗っているだけで、後はオオトカゲにお任せで目的地まで行けるので便利ではある。

 

「そっか、それじゃぁ必要品買い込んで出発だな」


「うん、そうね」


 私はそう言いながらこの宿の鍵をおじさんに返す。

 おじさんはチラッと私たちを見たけど、特に何かを言う訳でもなく「毎度あり、またごひいきに」とだけ言って鍵をしまい込んだ。

 

 思い出のある部屋に泊まれたのは驚きだったけど、イオタとは何も無かった。

 正直、襲われるかと思ったけどまったくその気配すらなかった。


 ちょっと苦笑してあの人に心の中で謝る。

 もう二百年も経っているのだから新しい彼氏が出来ても、もう彼も何も言わないだろう。

 そんな気持ちになっているとは、私も人のぬくもりを欲しがっているのだろうか?


 前を歩くイオタを見て、彼の事を思い出す。


 もう二百年、彼と一緒に旅をしたこのルートをまた誰かと旅する事になるとは。

 そんな事を考えながら、冒険者ギルドに行って予約していたオオトカゲを受け取る。

 そして荷物を背中に載せて、私たちもオオトカゲに乗って出発をするのだった。



 * * * * *



「ほんと、背の低い草ばかりで道らしい道も無いんだな。オオトカゲが歩く場所の草が低いくらいで」



 イオタは暇そうにオオトカゲが歩くその先を見ている。

 水上都市スィーフを出て二日目、周りは湿地帯に生えている背の低い草で覆われている平原。

 見渡す限り何も無い。

 遠くに山々が見えるけど、かなり遠いだろう。


「もう少し行けば多分岩場になって休憩できるわ。オオトカゲは休憩する場所を知っているからもうちょっとの辛抱ね」


「そこは助かるね。オオトカゲが何から何まで知っているから野営できる場所を探さずに済むからね」


 何度も往復をして来たオオトカゲは、どこで何をするか知っている。

 むしろオオトカゲに全部任せた方がいい。

 岩場で足場がしっかりした場所まで行けば、野営が出来る。

 そしてオオトカゲにもえさを与え、私たちも休む事が出来る。

 

 オオトカゲに全部お任せな私たちは、しばらくして今日の野営場所となる岩場に到着する。



「結構大きな岩場だね?」


「多分キャラバンの商隊も止まれる場所じゃないかしら?」


 岩場に乗り上げ、オオトカゲは勝手に居場所を決めてしゃがみ込む。

 なので私たちも荷物を降ろして野営の準備を始める。

 夕暮れには少し早い時間だけど、多分ここを過ぎると当分岩場が無いのだろう。

 だから少し早くてもオオトカゲはここで止まった。

 

 急ぐ旅でもないし、ここはオオトカゲの言う事を聞いた方がいいだろう。



「夕食の準備と、オオトカゲの餌か。そっちは任せていいかな、サーナ?」


「ええ、食事の準備は任せて。イオタはオオトカゲに餌をやってね」


 道具を出して、夕食の準備をする。

 残念ながらこの湿地帯は現地調達できる食材は無いので、全て保有する食材で料理を作るしかない。

 あるのは湿地帯にある水だけ。

 水だけは水の精霊にお願いして奇麗な浄水を得ることは出来るけどね。


 私が水の精霊を呼び出して、浄水を作ってもらっているその時だった。



「うわっ! どうしたんだよ!?」


 イオタが驚きの声をあげる。

 見ればオオトカゲが起き上がって苛立っている。


 これって……



「イオタ! 気を付けて、近くに何か来ているわ!!」



 オオトカゲがああいう行動に出る時は、危険を察知している時だった。

 私はすぐに弓矢を引き出し、立てかけてあったイオタの剣を彼に放り投げる。

 

 イオタは剣を受け取ると、すぐにさやから剣を抜き注意深く周りの気配を感じる。


 私はオオトカゲの様子を見ていると、舌を出し入れしながら左右をせわしなく見ている。

 一体何が迫っているのだろう?


 と、湿地帯の低い草がかさかさとうごめく。



「イオタ、気を付けて!」



 草むらが動いたそちらに注意をした時だった。

 オオトカゲがその場から飛び退く。


「なっ? 反対側!?」


 私がそう言って矢を向けると高く伸び出た何かがオオトカゲがいた場所を強く打つ。

 それは爬虫類の尻尾?


 そう、思った瞬間だった。

 私の目にそれが映る。

 


「イオタ、避けなさい‼︎」



 オオトカゲが攻撃された方に注意がいっていたイオタの後ろに大きな顎が迫っていた。



 ばくんっ!


 がぶっ!



「ぐふっ!」   


「イオタっ!!」


 それは大きな蛇だった。

 大きな顎にイオタは噛まれている。

 しかしとっさに剣で下顎を突いた様で、大蛇の顎の下に剣が突き出ている。


 駄目だ、これでは矢が放てない。

 私はすぐに弓矢を放り投げ出し、両の手を大蛇に向けて精霊に呼びかける。


「水の精霊よ、その水の刃を持ちて我が敵を切り刻め!!」


 エルフ語でそう精霊に呼びかけると、水面が持ち上がり水の刃が無数に飛び上がる。

 こんな場所でこんな大蛇が発生するなんて滅多に無い。

 だから私はありったけの魔力を水の精霊に与え、強靭な水の刃を放つ。



 ビュシュッ!!


 ズバッズバッズバッ!!



『くっしゃぁーっ!』


 大蛇に水の刃が吸い込まれ、その体を切り刻む。

 私の攻撃に大蛇は咥えていたイオタを放す。


 そしてイオタは岩場に投げ出される。



「イオタっ!」


「ぐふっ! くっそう、剣が……」


 大蛇は私の攻撃にもがき苦しんでいる。

 もうあまり魔力が残っていないけど、私は更に焚火に手を向けて精霊魔法を使う。


「炎の精霊よ、その業火を使い我が敵を焼き尽くせ!!」


 またしてもエルフ語でそう炎の精霊に呼びかけると、ごっそりと魔力を吸い取られ焚火が一気に燃え上がり炎の塊が大蛇の頭に飛んで行く。

 大蛇はその業火に頭を燃え上がらせ、苦しみながら湿地帯に倒れて動かなくなった。



「はぁはぁ、何とか倒せた…… イオタっ!」


「ぐふっ、ちくしょう、肺にまで牙がいってる…… ごふっ!」


「ちょ、イオタしっかりしなさい! 今癒しの精霊魔法をかけるから!!」


 私は慌ててイオタに癒しの精霊魔法をかける。

 これは注いだ魔力の分、治癒能力を活性化させ傷などを治すけど、私の魔力は残り少ない。


「くっ、何とか血は止まったけど、完全回復できない……」


 魔力が減って、少しくらっと来るけど、それでもイオタの傷を治そうとして気付く。

 イオタの意識が無い。



「まずい! このままじゃイオタが!!」



 ポーションもこうなっては効き目が薄い。

 それでも私は魔力回復ポーションを飲み込んで服を脱ぎ始める。


「こうなったら、エルフの秘術を使って……」



 私は裸になって、瀕死のイオタの服を脱がせ始めるのだった。  




 * * * * *



「う、ううぅん……」



 オレンジ色の照らされる明りの中、イオタが気が付いたようだ。

 

「イオタ! 気が付いた? どう、傷は!?」


 私は慌てて起き上がり、胸の痛みを感じながらもイオタを覗き込む。


「つつっ、良かったよ、女神様でなくて君で。まだ生きている様だよ……」


「ふう、どうにか間に合ったみたいね。何とか死ぬのは免れたわね…… つつっぅ」


 意識ははっきりしているようだ。

 だけど、私は痛みに顔をゆがませる。


「サーナ、君もやられたのか!?」


 イオタは焦って起き上がろうとして、傷の痛みに同じく顔をゆがませる。

 そして私の姿を見て真っ赤になる。



「な、なんでサーナが裸なんだ!? うわっ、お、俺も裸!?」



「騒がないでよ、あなたの命が危ないから仕方なくエルフの秘術を使ったの…… あなたの受けた傷の半分を私が代替わりして軽減させる秘術よ…… おかげで私にもあなたと同じ傷の半分が移って来るけどね……」


 そう言って私も起き上がり、イオタが受けた胸の傷の場所の同じ所を見せる。

 左乳房の周りにイオタと同じく治りかけの大蛇の歯型の傷がある。


 イオタはそれを見て更に顔を赤くしてそっぽを向く。


「それは、その、助けてくれて感謝するけど、君にも傷が///////」


「まぁ、癒しの精霊魔法で出血は止まったし、肺の穴もふさがっているでしょう? 私が半分傷を請け負ったのだから、もう大丈夫だと思うけど?」


 実際この秘術を使わなければ、イオタの命が危なかった。

 彼の傷の半分を請け負うこの秘術により、その痛みが尋常でなかったことが分かった。

 それだけ傷が深かったのだ。

 もしこの秘術を使わなかったら、イオタは死んでいたかもしれない。


「幸い、毒を持っていない大蛇で助かったわ。これで毒までもらったら流石に私たちは助からないわよ?」


「あ、いや、その。助けてくれたことは感謝してもしきれないけど、その前に服着てもらえないか?」


「何言ってるのよ、恥ずかしがっている場合じゃないでしょ? 大丈夫よ見られても。それにあなたの初めてだって奪ってないから安心して」


 私がそう言うと彼は更に真っ赤になって縮み込む。

 そしてチラチラと私の方を見ながらぶつぶつと言う。


「なんで俺が童貞だって知ってるんだよ……」


「そりゃぁ、女の裸一つでそこまでおどおどしてたら分かるわよ」


 私がそう言うと彼は更に何かぶつぶつ言っている。

 思わず吹き出しそうになるけど、私はまた仰向けに寝転がりイオタに言う。



「とにかくよかったわ。イオタが死なずに済んで。でも私がもう駄目ね、魔力も体力も使い果たした。今イオタに襲われてもなーんにも抵抗できないで食べられちゃいそうね?」


「なっ! お、俺はそんな事しないってば!! って、サーナそこまで消耗していたのか?」


「うん、もう動くのもつらい…… ご飯、携帯食でいいかしら?」


「ああ、勿論だ」


 イオタはそう言って毛布を私にかけてくれる。


「つつぅ、サーナ携帯食は食べられるか?」


「もう動きたくない。イオタが食べさせて」


 私は上向きのままそう言うと、イオタは腰巻をつけてから荷物をごそごそとする。

 そして携帯食を引っ張り出し、油紙を破って私に食べさせてくれるのだった。



 ◇ ◇ ◇



「余分に食料を買っておいてよかったわねぇ~」


「ああ、まさかあそこに一週間近く回復で留まるとは思わなかったよ」



 オオトカゲの背に揺られながら私とイオタはそんな事を話している。

 結局あの岩場で回復するまでしばらく滞在する事となった。

 余分に物資を買い込んでいたおかげで、回復するまでの間が何とかなったのは僥倖だった。

 そして今、私はイオタに背中を寄りかかりながら水を飲んでいる。



「あ、あのさ、サーナ。最近ちょっと近すぎないかい?」


「ん~? オオトカゲの上で狭いんだから仕方ないでしょ? それとも裸を見られた関係なのに今更そんなこと気にする?」


「いやあれは///////」


 寄りかかるイオタが意外と大きいと言う事に気付く。

 なんか安心感がある。



「何よ、私に惚れちゃった? だったら童貞卒業させてあげようか??」


「なっ! 何言ってんだよサーナっ! か、からかうなよ///////!!」


「あはははは、冗談冗談。って、あれってもしかして……」



 オオトカゲの背に揺られている感覚が変わって来たので、前を見ると湿地帯から草原へと変わり始めていた。

 そしてその先に海が見え始める。



「もうじき港町ね! 港町ツエマだわ!!」





 私はオオトカゲの上に立ち上がり遠くを見ながらそう言うのであった。

 

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