その六:水の都


 水上都市スィーフ。



 ここは何千年も前に魔法王ガーベルが作った古い都市のひとつ。

 沼地に魔法の力で土台を作り、そこへ街を建設されたと言われている。


 なので、街中は水が沢山有って水路が縦横無尽に通っている。



「へぇ~、なんか綺麗な街並みだね」


「うん、ここは水の精霊が豊富なので常に浄化された水が巡回しているのよ。二百年前と街並みはあまり変わっていないようね……」


 古い都市はその大元の構造自体は変わっていないけど、やっぱりこまごまとしたところが記憶と違う。

 精霊都市ユグリアと同じく宿屋なんかは見覚えのある看板がぶら下がっている所もある。

 でもお店とかはだいぶ記憶の中とは違っていた。



「今日は久しぶりにふかふかの布団で眠れそうだな」


「うん、そうね。でもその前にお腹が空いたわ」


 私がそう言うとイオタもお腹を擦る。


「確かに、腹減ったな。おすすめの店とかあるかい?」


「うーん、二百年前ならまだしも、今もそのお店があるかどうか……」


 その昔ここを訪れた時は、お米の産地と言う事でお米料理や淡水魚の料理に舌鼓したものだ。

 今ではエルフの村にもお米は輸入されていて、お米を使った発酵食品は精霊都市ユグリアにいるファイナス長老の料理人からも色々と技術的に支援があってかなり重宝されている。

 エルフ豆の塩漬けにお米を腐らせたものを入れて漬け込むと、とても美味しい味噌になる。

 ほんとうにああいった技術は不思議で面白い。

 他にも、お米を発酵させてブドウなどについている酵母と言う粉を混ぜると、お米のお酒になり、エルフの村でも大人気だった。

 ほんのり甘いそれはミードのお酒ともまた違った味わいで、私も嫌いじゃない。



「ここはお米の料理や淡水魚の料理が有名なのよ。多分今も変わっては無いと思うけど、知っているお店はもうないようね。残念」


 記憶の中にある大通りで、目的のお店を見つけようとしたけど服屋さんに変わっていた。

 確かにこの場所に二百年前はレストランがあったのだが、店の作りも一部変わって今では衣服を売っているお店だ。


「そうか、それは残念だね。でも他にもおいしそうな匂いのするお店もあるし、ここは運試ししてみよう」



 パチンっ!



 イオタはそう言って指を鳴らす。

 まぁ、それもそうかと、おいしそうな匂いのするお店を二人で探すのだった。



 * * *



「はぁ~、満足満足」


「いや、確かにうまかったな、コメを使った料理。それにあの小さな白い魚が入った卵焼きも美味かった」



 イオタと入ったお店は当たりだった。

 昔からあるオーソドックスな料理を頼んで二人して楽しんだ。

 ちゃんとお米からできたお酒もあって、大満足。


 私とイオタはお腹も膨れ、今日の宿を探す。


 と、見慣れた看板の宿があった。



「サーナ、あそこの宿とかどうかな?」


「え、あ、うん、まだやっていたんだ、この宿……」


 その宿は二百年前と変わらずそこにあった。

 そしてそこは私にとっても忘れられない宿だった。



「ここで良いかな?」


「あ、うん……」


 正直少し戸惑った。

 だって二百年前もこの宿に泊まって私は初めて彼と……


「サーナ、どうしたんだ? もしかしてここあまり良く無い宿か?」


「あ、いや、その、そう言う訳じゃないんだけど。ごめん、大丈夫よ」


 私はそう言って宿に入る。

 すると、あの時とほとんど変わらないフロントがあった。



「いらっしゃい。おや? エルフのお客とは珍しい」


「あ、えっと、部屋を二つお願いしたんだけど」


 カウンターに座っていたおじさんはどことなく当時のおじさんに似ている。

 もしかして玄孫当たりかもしれない。

 そんな事を思い出しながらおじさんは空いている部屋を台帳を見て探す。


「残念だが、今は部屋が一つしかないな。二人部屋だが、それでも良いかな?」


 おじさんはちらりとイオタを見る。

 まぁ、そう言う関係なら問題はない。

 でも私とイオタはそう言う関係じゃない。


「部屋が一つなら仕方がない。他の宿屋に行こうか」


「ちょっと待って、その部屋ってベッド二つよね?」


「ん? まあそうだが」


 既に夕暮れになりつつある時間。

 これから別の宿を探すのも何だし、ベッドが分かれているなら別にいいかと思う。

 

 それれにもしかしたら……



「べ、別にいいわよ、私は」


「いや、その、良いのかよ?」


「イオタは紳士だものね?」


 私がそう言ってにっこりと笑うとイオタは苦笑して頷く。


「話は決まったか? ほれ、部屋のカギだ。二階に上がって突き当りの部屋だ」


「突き当りの部屋……」


 私はドキリとする。

 もし変わっていないなら、その部屋は……


 おじさんから鍵を受け取って、代金を払って私はすぐに二階に上がる。

 イオタは何か言っているようだったけど、確認しない訳にはいかない。


 私は二階に上がり、一番奥の突き当りに部屋まで行く。

 そしてその扉を見てしばし呆然とする。



「どうしたんだよ、サーナ?」


「まだ、あったんだ。この部屋……」



 私はそう言って鍵を挿し込み扉を開ける。


 するとそこは古いながらも小奇麗にされている部屋があった。

 窓を挟んで左右に分かれているベッド。

 部屋の片隅には丸いテーブルと、二つの椅子が相向かいになっている。

 端っこにはタンスや衣服をかけるハンガーもあって、当時のモノとは全く同じではないけど、似たようなモノだった。



「同じだ、あの頃のあの部屋と……」



「サーナ、もしかして昔この部屋に寝泊まりでもしていたのかい?」


 イオタのその言葉に私は無言で頷く。

 そしていつの間にかぽろぽろと涙が流れ出ていた。



「ちょ、どうしたんだよサーナ!?」


「え、あ、あ、あれ? なんで涙が出ちゃうんだろう??」



 そうは言いながらもそのなつかしさとあの初めての時を思い出し涙があふれる。

 たったこれだけの事なのに一瞬で当時を思い出し、あの人を鮮明に思い出す。



「……いいのかよ、俺なんかが一緒に君とこの部屋に泊まっても?」


「ごめん、もう大丈夫。ちょっと懐かし過ぎてね」


 イオタのその言葉に私は慌てて涙をぬぐって微笑みながら言う。

 正直、嬉しい気持ちと懐かしい気持ち、そして絶望を味わったあの時の気持ちも蘇って複雑な気持ちではあるけど、またこの部屋に入れること自体は嬉しい。

 当時とほとんど変わってない思い出のあるこの部屋に。



「ここ、二人部屋だろ。サーナも昔は冒険者やっていたって言ってたよね? もしかして、その、彼氏とかと一緒だったとか……」


「ん、そう言う所は察しが良いね。そう、ここスィーフで仕事してた時にこの宿を拠点にしてたんだ。もう二百年も前の話だけどね」


 イオタにそう答えると、なんか居心地が悪そうになる。

 そんな彼の腕を引っ張って、私は努めて明るく言う。


「別にイオタが気にする事じゃないでしょ? それに私たちがいなくなってからも他にもたくさんのお客だって使っているし、ただ懐かしかっただけだよ」


「本当に、そうなのか?」


「勿論、それとも何? イオタって私に気があるの? まさかこれを機に私を襲うつもり?」


 いじわるそうにそう言うとイオタは少し赤くなって、慌ててぶんぶんと首を振る。 



「無い無い無いっ! 君を襲うだなんてことは決してし無い! そりゃぁ俺は女性と一緒に部屋に泊まった事は無いけど、サーナは旅を一緒にする仲間だ。ちゃんとわきまえているつもりだよ」



「ぷっ、なに慌ててるのよ。もしその気があれば今までの旅の途中でとっくに襲われてるでしょ? ごめんごめん、いじわるすぎたかな。ささ、部屋に入ってよ。今日はゆっくりとふかふかのベッドで眠るのでしょう?」


 イオタの慌てぶりがおかしくて、思わず吹き出さ意てしまった。

 私はもう一度イオタの腕を引っ張って部屋に入る。

 そしてふかふかのベッドに腰かける。


「うん、ベッドもふかふかね? 今日はゆっくりと眠れそう」


「あ、ああ……」


 それでも何となくイオタはバツが悪そう。

 私はそれがおかしくて言う。

 

「ほらほら、今日は体をしっかりと洗うんでしょ? それとも一緒にお風呂入る?」


「なっ! 勘弁してくれよ///////」


 慌てるイオタの様子を見て私はまたおかしくて笑ってしまう。

 もしかしてイオタって女性経験無いのか?


「あははは、ごめんごめん。でも次の港町ツエマに行くにはキャラバンに同行するかオオトカゲを購入する必要があるからね、ここで数日は泊まって準備しなきゃだからね」


 次の目的地、港町のツエマまでは湿地帯を通るので、貿易で動いているキャラバンと一緒に行くか、馬の代わりにオオトカゲを手に入れる必要がある。

 歩いて行くとなればぬかるみに足を取られ相当苦労するのは目に見えているしね。


 となると、ここを拠点として準備をする必要がある。

 

「そっか、いよいよこのサージム大陸から離れるのか。ちょっと楽しみだな」


「うん、そう言う訳で今日は疲れたから早い所お風呂に入って寝ましょ」




 私の提案にイオタは頷くのだった。

 

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