その三:精霊都市ユグリア


 緑樹の塔。

 真っ白の外壁に蔓が巻き付き、緑色に飾られている美しい塔。

 既に数千年前からあると言われている塔。

 なんでも古代魔法王国時代からあるそうな。



「って、受付で市長室まで行っていいからと言われたけど、この階段は流石にきついな」


 イオタはそう言ってはぁはぁと息を荒げている。

 まあ、初めての人はこうなるか。

 私は何度か来ているので気にすることなくファイナス長老のいる市長室へ向かう。


 とは言え、流石に私も少し息が荒くなりかけている。


 ファイナス長老って、あのお年で毎日この階段上り下りしているんだよなぁ。

 うちの長老たちって、若木の連中より元気なんじゃないだろうか?

 


「イオタ、着いたわよ」


「はぁはぁ、やっとか」


 階段を上り終わり、目的の階に着く。

 見れば通路の一番奥に両開きの大きな扉がある。

 この一番奥の部屋が市長室。

 ファイナス長老がいる場所だ。


 私はズカズカと部屋の前まで行って、扉をノックする。



 コンコン



「どうぞ、お入りなさい」


 部屋の中から女性の声がする。

 たまに村に来ているファイナス長老の声だった。


 私とイオタは扉を開けて中へ入る。


 大きな窓がある執務室。

 そこからはこの街の全景が見て取れる。

 そしてその向こうには私たちの村がある「迷いの森」も見える。


 ファイナス長老は大きな机に座って何やら書類に目を通していた。



「ファイナス長老、お久しぶりです。サーナです」


「サーナ、元気そうね。どうしたの村から出て来るだなんて」


 ファイナス長老は書類から顔を上げてにこりと微笑んでくれる。

 見た目は人間族でいう二十歳ちょっと言った感じ。

 この見た目で既に一万歳近いのだから、私たちエルフ族も大概だ。


「それと、あなたがベイベイからの使者ね?」


「はい、イオタと申します。早速ですがこれがあずかって来た書簡です」


 そう言ってイオタは懐から巻物を取り出し、ファイナス長老の前まで持って行く。

 ファイナス長老はそれを受け取り、解除の呪文を唱えると、その巻物は封が切れて勝手に広がって行く。



「なるほど、今のところは平穏無事と言う訳ですね…… 魔王の転生者は覚醒する事は無かったと。ふむふむ、シェルもだいぶかわいがられているようですね?」


 ファイナス長老はそう言ってその巻物の内容を読んで行く。

 そして全て読み終わってから頷き、その巻物をしまう。

 

 ……今、魔王とか言わなかった?

 それに、シェルって言ったような。

 もしかして「災いを招き入れるシェル」かしら?

 確かあのエルフって、今は「女神様の伴侶」とかになっていて、天界とかにいるはずじゃ……



「ご苦労様でしたイオタ。これは報酬です」


 そう言って革袋を取り出し、イオタに手渡す。

 イオタはそれを受け取り「確かに」と言って部屋を出て行こうとする。

 が、それをファイナス長老が引き留める。



「イオタ、急ぎでないならお茶くらい飲んでいきなさい。幸い春に芽が吹くハーブティーが入ってます」


 にっこりと笑うファイナス長老。

 普通の人間の男なら、この笑顔だけでいちころになるだろうなぁ。


 そう思いながら、イオタを見ていると案の定、にやけた顔で頷いている。

 まぁ、男なんてこんなモノだ。



「さて、サーナも一緒にお茶くらい飲んでいくでしょう?」


「はぁ、いただきます」


 こうして私とイオタはファイナス長老にお茶をいただくこととなるのだった。



 * * *



「ふぅ、やはりこのハーブティーは美味しいですね。春先にしか咲かない花を使ってますからね」


 

 ファイナス長老はそう言って、ティーカップを机に置く。

 確かにこのハーブティーは美味しい。

 香りも好いし、付け合わせで出してもらったクッキーも美味しい。


 ファイナス長老はぐっと両腕を上げて伸びをする。


「はぁ~、平和なのは好いですが役所仕事は減りませんね」


「そう言えば、ここユグリアは少し治安が悪くなっていませんか? ここへ来る間にごろつきに襲われました」


「ふふふ、ここは冒険者も多い場所。少しやんちゃな連中もいます。分かりました、盗賊ギルドに伝えておきましょう」


 ファイナス長老はそう言って、またハーブティーのおかわりを入れる。



「さて、サーナはどうしました?」


「ああ、一応ファイナス長老に挨拶にと思いましてね。約束を思い出したので行ってまいります」


「約束…… そうですか、もう二百年が経ちますか」


「はい、なのでジマの国にまで行ってきます」


「ジマの国? あのイージム大陸のか?」


 私がここへ来た目的をファイナス長老に話すと、イオタが反応した。

 そして私を見ながら聞く。



「君一人で行くつもりか?」


「ええ、そうよ。久しぶりに村の外に出たけど、やはり二百年も経つとこっちの世界は色々変わるわね」


 エルフにしてみれば、二百年なんて若木が生まれてやっと一端になるかどうか位の短い時間。

 しかし人族にしてみれば何世代か入れ替わるくらいの時間。


「女一人であんな遠い所までは危険だろう?」


「そうかしら? 昔、私も冒険者やってたけど問題無いと思うわよ?」


 一応気づかいしてくれている様だけど、私もそこそこ経験のあるエルフ。

 道中の自分の身を守る事くらいできる。



「ふふふ、サーナ、人族にしてみれば可憐なあなたが一人旅ともなれば気になるモノですよ」


「いや、可憐って。私だってもう四百歳過ぎてて、ちゃんとした大人ですよ?」


「四百歳!?」


 こらこらこら、女性の年齢聞いて何驚いているのよ?

 エルフでいえば四百歳なんてまだまだ若い方なんだからね?



「とは言え、やはり女一人でイージム大陸はまずいだろう…… そうだ、俺もついて行くよ。こう見えてもそこそこには腕が立つんだよ?」


「はぁ? いや、私一人でも大丈夫なんですけど……」



 偽善か何かか。

 それとも私の身体が目当て?



「だってジマの国行くんだろ? 俺も一度はあの国に行ってみたかったんだ、何せあの国の騎士は人族の騎士最強と言われているからな! それにあの国の守護神、黒龍ってのもたまに空飛んでいるのだろう? 見てみたい!」



 いや違った。

 単なる好奇心旺盛な人だった。


 私はため息を吐く。


 なんか、あの人に似ているから。



「では決まりですね。サーナをよろしくお願いしますよ?」


「えッ!? ちょちょっとファイナス長老、私一緒に行くなんて言ってませんけど!?」


「旅は道連れ、世は情け。そうそう、途中にドドス共和国にも行くのでしょう? では、女神神殿にこれを届けてもらいましょう」


 ファイナス長老はそう言って精霊石を取り出した。

 

「これって……」


「そろそろ『鋼の翼』の動力源も限界に来る事でしょう。すぐすぐ必要ではありませんが、シェルからもそろそろ精霊石が欲しいとの話でしたからね。報酬はちゃんと出しますよ?」


 ファイナス長老はそう言ってにこりと笑う。

 まぁ、急ぐ旅でもないし、路銀をどうしようか考えていた矢先でもある。



「分かりました、その依頼も受けます。イオタ、改めてよろしく」


「ああ、サーナでよかったんだよね? よろしく」


 私たちはこうして再度握手を交わしてチームを作る事と成るのだった。 

 

 

 * * * * *



「路銀も手に入ったし、今晩はこの街に泊まって明日買い出しをしてから出発しようか?」


「まぁ、好いけど。久しぶりに外の世界に来たから美味しいものが食べたいわ」



 私とイオタは「緑樹の塔」を出て、薄暗くなってきた街並みを見る。

 私としては数日ここで街を見てみたい所だけど、イオタはすぐにでも出発するつもりらしい。

 まあ、それは構わないので、数百年ぶりにあの宿に行こうとする。

 するとそれを聞いたイオタは怪訝そうな顔をして聞いてくる。


「二百年も前にやってた宿がまだあるのか?」


「ここへ来る前に見たからね。もう私の知っているオヤジさんじゃないだろうけど、当時と同じなら美味しい物も食べられる宿だよ?」


 二百年ぶりなので、味が変わっているかどうかも確かめたい。

 あそこのタンドリーチキンは絶品だったから。


 私の提案に、イオタは指をパチンと鳴らして言う。



 パチンッ!



「分かった、そこにしようか」


「えっ!?」



 今の動作、あの人と同じだった。

 もう、二百年も前のあの人と。



「どうしたんだよ、サーナ?」


「え、あ、うぇ、いや、なんでもない!」


 ちょっと顔が赤くなるのが分かるので、慌てて別の方向を見て、歩き出す。


「お、おい、急に歩き出すなよ、そっちにあるのかいその宿って?」


「あ、う、うん、そう。暗くなってきたから急いで行かないと部屋無くなっちゃうかもしれないからね!」




 私は何故か焦る気持ちでそう言いながら、目的の宿屋に向かうのだった。  

 

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