その二:久しぶりの街
エルフの村の結界を出ると、そこは大木の並ぶ森の中だった。
二百年前と此処は変わってない。
なので一番近い人の街、精霊都市ユグリアに向かう事にする。
変わってなければあそこの市長はうちの長老様の一人のはずだ。
「風のメッセンジャーやエルフのネットワークはあるけど、ファイナス長老には一言くらい言っておかなきゃね」
ファイナス長老とは、メル様たち最古の長老に次ぐ次代の長老と呼ばれ、八大長老の一人である。
閉鎖的なエルフの村に対して必要な情報源はファイナス長老が窓口となってとりまとめ、村に伝達してくれる。
二百年前、私が村に戻る少し前にあの双子のエルフ姉妹、リルとルラが失踪した事件があったらしい。
その時もいち早く情報を掻き集めたのはファイナス長老だった。
軽い気持ちで精霊都市ユグリアに向かう。
歩いてもすぐに着くそこは、エルフの村がある「迷いの森」のすぐ北側にあった。
「ん? サーナじゃないか。どうしたんだこんな所で??」
「あ、ソルガ戦士長。そっか、ここってゲートでしたっけ」
森の出口に向かって歩いていると、いきなり声をかけられた。
見ればちょっと高台になっている場所に戦士の恰好をしたエルフの男性が二人いた。
彼はソルガ戦士長。
エルフの戦士の長となる。
エルフの村と精霊都市ユグリアの間には、古代魔法王国時代の転移魔法陣、通称ゲートがある。
このゲートを使えば遠い場所などへ一瞬で行けるけど、このゲートの行き先はリルやルラたちが留学していた魔法学園ボヘーミャへとつながる。
今回私の目的地とは全然違う方向なので、いくら便利なモノでも使わせてもらうわけにはいかない。
「えーと、昔の約束を思い出したんで、メル様に許可を取ってそこへ向かう途中なんですよ」
「約束か…… そうか、サーナが戻ってきてもう二百年くらい経つのか?」
「はい、なので行ってきます。そうそう、ファイナス長老に挨拶してから行こうかと思うんですが、長老ってまだユグリアの市長やってるんですか?」
「ああ、そうだ。と言うか、あの方以外に市長が務まる人材はいないと思うがな。ファイナス長老は『緑樹の塔』にいる」
ソルガさんはそう言ってその先を見る。
柱のように立ち並ぶ大木の先には森の出口が見え、その先には街があった。
そして街の中央にはひと際高い「緑樹の塔」と呼ばれる大きな塔が立っている。
「ありがとうございます。それじゃぁ行ってきますね」
「ああ、サーナに精霊の加護があらんことを」
戦士長のソルガさんたちに見送られ、手を振りながら私はユグリアの緑樹の塔へ向かう。
あの塔にファイナス長老がいる。
なのでまずはあそこへ行こう。
私は久しぶりに人々でにぎわう街中に足を踏み入れるのだった。
***
「ほんと久しぶりねぇ~」
久しぶりの人の街は色々な人種が往来していた。
特にここ精霊都市ユグリアは冒険者が多く、人族以外にドワーフや草原の民、リザードマンとかもいる。
二百年前、最後にここを訪れた時と変わっていない。
流石に街中の店とかは知っているお店が無くなっていたけど、見覚えのある宿屋とかはまだあった。
「えーと、『緑樹の塔』はっと……」
街の外からは良く見える塔だったけど、街中に入ると建物が邪魔してよく見えない所もある。
それに若干街並みも変わっていて、建物とかも変わっている。
なので記憶にある道を歩いていても目的の場所につかない。
「ようよう、エルフのお嬢さんがこんな所に一人とはどうしたんだい? もしかして村から出たばかりかい? 何なら俺らが朝までゆっくりといろいろ外の世界を教えてやろうか?」
私はいつの間にか裏路地のような場所にいた。
そして二百年前と変わらない下心見え見えの男たちに囲まれる。
「ふう、間に合ってるわ。しっかし、ユグリアも治安が悪くなったものね」
「へ、流石エルフ様だ。お高く留まってるんじゃねぇ!」
そう言って男たちは私に襲いかかって来る。
まあ、二百年前もよくあった事なので私は慌てず掴みかかって来る男の懐に入って掌底を打ち込む。
どむっ!
「ぐふっ!」
まったくの素人相手に、手加減はしていたけどこうもあっさりと決まるとは思ってもみなかった。
最初の男はそれで気を失い、その場に倒れる。
「ちくしょう、おいっ!」
私がそこそこできると判断したのか、残った男たちは懐から刃物を引き出す。
しかし、それは殺されても文句が言えなくなる行為。
「抜いたわね? じゃあ、もう遠慮はいらないわね……」
私がそう言って彼らを睨むと男たちは動きを止める。
そして倒れた男と私を見比べて、その男を引き上げ逃げ去ってゆく。
まあ、チンピラでも流石に格の違いというモノを感じたのだろう。
私は短いため息を吐いてからまた「緑樹の塔」へ向かって歩き出すのだった。
* * *
「って、なんで『緑樹の塔』に辿り着けないのよ!!」
あの後街中をぐるぐると歩き回っているのに、全くと言っていいほど「緑樹の塔」に辿り着けない。
いくら何でも街の真ん中にどでかく立っている塔に辿り着けないだなんて、恥ずかしくて誰にも道を聞けない!!
「ここはさっき来たわよね……」
迷路のような階段を上ってゆくと、集合住宅だった。
おかげで余計にここが何処だか分からなくなっている。
「あれ、君さっきもここ通ったよね?」
そういきなり声をかけられてそちらを見ると、冒険者風の男の人だった。
年の頃、二十歳くらい。
濃い茶色で短めの髪の毛に、深い茶色の瞳。
まだ少年らしさが残ってはいるけど、戦士風の彼は私を見ながらにっこりと笑う。
私は思わず顔を赤くしてそっぽを向いて通り過ぎようとすると、彼が更に私に話しかけて来る。
「ねえ君、『緑樹の塔』に行くんだよね? 俺も付いて行って良いかな、ここの市長に会いに行かなきゃならないんだけど、なかなか目的の塔につけなくて困っているんだよ」
「はぁ?」
彼はそう笑いながら言ってくる。
この街にしばらくいれば少なくとも「緑樹の塔」には行けるはずだ。
それがこんな所で私同様迷っているだなんて。
「あなた、この街の人間じゃないのね?」
「あ、うん。実はウェージム大陸のモノなんだけど、仕事で精霊都市ユグリアの市長に会わなきゃいけないんだ。とは言え、この街に入ってあれだけ目立つ塔だからすぐに着くと思ったんだけどね」
そう言って両の手を軽く肩まで上げて、お手上げだとため息を吐く。
私もしばし考えたモノの、同じ場所をずっと回っているわけにはいかない。
私は彼を見て頷く。
「私も久しぶりにこの街に来たけど、二百年ぶりで街並みが変わってしまい『緑樹の塔』になかなか着けないのよ。良いわ、一緒に『緑樹の塔』へ向かいましょう」
「良かった。そうそう、俺はイオタ。冒険者だ」
「私はサーナ。うーん、昔は冒険者やってたけど、今は現役じゃないわ」
彼、イオタはそう言って握手を求めて来る。
私は握手を返して思う。
悪いけど、彼を使って「緑樹の塔」へ行く道を聞こう。
そうすれば私が恥かく必要ないし。
そんな打算で私と彼は道行く人に「緑樹の塔」への行き方を聞きまわるのだった。
* * *
「ふう、やっと着いた」
「まさか、住宅街をぐるぐる回っていただなんてね。でもこれでやっと目的も果たせるよ」
なんだかんだ言って夕刻になる前に何とか「緑樹の塔」に着いた。
街に来て半日近く迷っていたとは流石に言えない。
そんな内心を隠しながら私とイオタは「緑樹の塔」へと入ってゆくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます