第52話 婚約者、幼馴染。そして妹
「落ち着いた?」
「うん……秋葉さんずるい、こんなの反則」
「でもよかった、喜んでもらえて」
「ありがとう。この花、ずっと大切にするね」
「うん……私も、ありがとう」
「で……それはそれとして」
「……え?」
早希が秋葉の腕をつかんだ。
「こんなことまでしてもらって、私がこのまま返すと思った?」
「……でも私、すぐ帰るつもりで」
「ふっふーん。信也くんならともかく、私にそれが通じると思う? そんな訳ないよね。
さあ信也くん! 秋葉様を中にお通しするのだ!」
「ちょ、ちょっと待って早希さん。分かった、分かったから、靴脱がさせて」
「信也くん! 秋葉様のお靴をお脱がせして差し上げるのだ!」
「何だよその日本語」
苦笑しながら、信也が秋葉の靴を脱がす。
「さあ、入って秋葉さん。よかったらお茶じゃなくてお酒でもいいよ。何なら今日、泊まってもいいから」
「お前、またそんなフリーダムな」
「む、無理無理無理。私、明日も仕事」
「うちから行けばいいじゃない」
「駄目駄目、お泊まりは絶対駄目」
リビングの扉を開ける。
コタツで問題を解いていたあやめが、不機嫌そうな顔を向けた。
「お兄さん、遅い。ここの計算、分からなかったのに」
「ああ、ごめんごめんあやめちゃん。待たせて悪かった。それでなんだけど……あやめちゃんごめん、ちょっとお客さんが来てて」
「お客さん?」
そう言ったあやめの目に、秋葉の姿が映った。
「え」
「あ」
秋葉とあやめが、同時にそう言った。
「お兄さん……これ、どういうこと」
「……な、何かなあやめちゃん、怖い顔して」
「……私以外にも浮気相手、いたんだ」
「いやいやいやいや、待って待って。明日の入籍前にそんな物騒な話ししないで」
「信也……これ、どういうことかな」
「あ……秋葉さん……?」
「……どうして信也と早希さんの家に、女の子がいるのかな」
「あ、秋葉さん……ちょーっとだけ、お顔が怖いんですけど……てか早希、お前何ゲラゲラ笑ってるんだよ! ちゃんとフォローしろよ!」
「だって……あははははっ、今の信也くん、かなり面白い。あははははっ」
コタツの上のハリセンが、秋葉の目に入る。
「早希さん。これ、ちょっとお借りしていいかな」
「どうぞどうぞ。ご存分に」
「お、おい早希っ! お前それ、ちょっと洒落になんないぞっ! 秋葉さんも、ちょーっとだけ落ち着きませんか」
「信也…………馬鹿!」
「ぎょえええええええっ!」
情け容赦のない秋葉のハリセンが、信也を滅多打ちにする。
「早希さん、私もいいかな」
「どうぞどうぞ」
「さ、早希お前、裏切ったな!」
「お兄さん……」
あやめの手に持たれた、もうひとつのハリセン。
「あ、あやめちゃんはひどいこと、しないよね。俺はあやめちゃんのこと、大好きなんだから…………ね?」
「……問答無用!」
「ひいいいいいいっ!」
あやめの攻撃が追加された。
「信也、今この子のこと、好きって言った。婚約者の前で、好きって言った」
「ひゃああああああっ!」
「ててて……」
信也が頬をさすり顔をしかめる。
秋葉とあやめの攻撃は、ハリセンがボロボロになるまで続けられた。
そしてもう殴れなくなったところで早希の説明が入り、ようやく二人は冷静さを取り戻したのだった。
「あの……信也、大丈夫?」
「んな訳ねーだろ!」
「ご、ごめんなさい……」
「あー、信也くんが秋葉さんいじめてるー」
「いやいやいやいや、いじめられてたのは俺だから。てか早希、お前も同罪だからな」
「またまた信也くん、そんなに照れなくていいから」
「意味分かんねーよ!」
「お兄さん、私もその……ごめんなさい」
「あ、いや、あやめちゃんに怒ってる訳じゃないから。大丈夫だよ」
「信也、この人にだけ態度違う。やっぱり怪しい」
「ねー、秋葉さんもそう思うよねー。信也くんてば、あやめちゃんには甘々なんだから。
ねえ秋葉さん、信也くんってロリコン趣味、昔から持ってた?」
「おい早希、秋葉になんてこと聞いてんだよ。秋葉も、真面目に答えなくていいからな」
「それはないと思う」
「そうなの?」
「お兄さん、そうなの?」
「いや、だから……あやめちゃん、そんな興味深々に聞かないの」
「どっちかって言ったら、年上の巨乳が好きなはず。隠してた本も、そういうのが多かった」
「秋葉ああああっ! 婚約者と未成年の前で、んなこと暴露するなああああっ!」
「へー、そうなんだそうなんだー。巨乳ねー」
「お兄さん……失望した」
「がああああああっ!」
「でもびっくりした。信也が勉強、教えてるだなんて。あの信也が」
「あの信也は余計だ」
「だって信也、勉強嫌いだったでしょ」
「それは……そうなんだが」
「あやめさん、さっきは取り乱してごめんなさい。私は秋葉、澤口秋葉です」
「……林田あやめ。こっちこそ、誤解してごめんなさい」
「信也、ちゃんと勉強、教えられてる?」
「うん。お兄さん、とっても教えるのうまい。私も勉強苦手なんだけど、お兄さんと勉強するの、好き」
「よかった」
「はい秋葉さん。お茶どうぞ」
「ありがとう、早希さん」
「でもよかった。もうちょっとで婚約者が死ぬところだったよ」
「だったよ、じゃねーよ。大体これ見てみろよ、ハリセン二つとも、原形とどめてねーじゃねーか。ここまでなる前に止めろよな」
「だって……面白かったんだもん!」
「……早希お前、後で覚えてろよ」
「……何するつもり?」
「泣くまでくすぐる」
「お願い、それだけはやめて」
「駄目だ。今日はとことんやる。お前には一度、徹底的に恐怖を叩き込んでやる」
「秋葉さん……!」
早希が秋葉の胸に飛び込む。
「信也くん、ひどいの……こうして毎日、私に恐怖を刷り込んでいくの。誰がこの家の主人なのか、体に教え込んでやるって」
「信也、何てひどい……いつからそんな、無慈悲な人間になり下がったの」
「おかしいよな、そのリアクション。てか、お前も三文芝居に参加してんじゃねーよ」
「ふふっ」
「あははっ」
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