第49話 二人で年越し


「お蕎麦出来たよ」





 12月31日大晦日。

 年越し蕎麦をコタツに置き、早希が大きく伸びをした。


「今日のノルマ終了。これでやっと一息つけるよ」


「悪いな、早希にばっか働かせて」


「そんなことないない。信也くんも、さっきまで大掃除してくれてたんだし」


「そうなんだけど、ここに来てまだ半年だろ? そんなに汚れてもないし、大掃除って言っても大したことしてないんだよな」


「でもおかげで、私は料理に集中出来た訳だし」


「そういや出来たのか、おせち」


「出来たよ。3段」


 早希がVサインで答える。


「やるな。3段も作ったのか」


「これも夢だったからね」


 そう言って早希がコタツに入り、「いただきます」と手を合わせた。


「うん、うまいしあったまる。大晦日はやっぱ、これだよな」


「信也くん、年越し蕎麦は食べてたの? 食べ物に興味なかったのに」


「これだけはな。なんかこう、これ食わないと一年が締まらない、みたいな感じで。

 いつもスーパーで買って食べてた」


「私もいつも食べてたよ。これ食べてたら、日本人でよかったなーって思うんだ」


「確かに」


「ね」


「それでさっきの続きだけど、おせち、3段も作ったのか」


「なんかね、作ってる内に変なテンションになっちゃって。まあ、買い物してる時からそんな予感はしてたんだけど。色々買っちゃったし」


「早希、目の色変わってたからな」


「そう?」


「ああ。母ちゃんと同じ目してた」


「やっぱりみんな、そうなっちゃうのかな」


「母ちゃんも気合入れまくってたからな」


「そうなんだ、ふふっ。ねえ信也くん、本当に明日行かなくていいの? 元日にご挨拶、した方がいいんじゃない?」


「大丈夫だって。俺は毎年、2日に行くことにしてるし、母ちゃんもそのつもりしてるから。俺は毎年、元旦は家でまったり過ごすと決めている」


「ならいいんだけど」


「早希の方こそいいのか? 初詣、行かなくても」


「私は信也くんと一緒にいれば、それで満足だし」


「俺に気を使わなくてもいいんだぞ? 年に一度のことなんだし、初詣ぐらいついていくから」


「晴れ着を着る訳でもないし、別にいいかな。それより遊歩道の方がいいかも」


「神崎川? 新年早々?」


「うん。そっちの方がいい。私にとって一番の場所だから」


「じゃあ明日、一緒に散歩するか」


「うん!」





 片付けを済ませると二人はコタツに並んで入り、テレビを見ながら年が明けるのを待った。


「今年は本当、色んなことがあったな」


「私にとっての一番は、今の部署に配属されたことだね」


「そうなのか?」


「うん。別の部署に配属されてたら、信也くんとも出会えてなかった訳だし。そうなってたら多分、今年も一人でお蕎麦食べてたと思う」


「そうだな。俺もあの六畳間で、川見ながら食べてたよ」


「そう考えたら、運命ってすごいよね。ちょっとでも何かが変わってたら、私は信也くんと出会えてなかった」


 そう言う早希に、信也がキスをする。


「信也くん?」


「早希がどこにいても、俺はきっと見つけてたよ。俺は早希と会う為に生まれてきたんだから」


 早希がキスをする。


「私も信也くんと出会う為、生まれてきたんだからね」


 お互いにキスをする。

 長く熱いキス。

 唇が離れると互いに額を合わせ、見つめ合った。


「さくらさんとあやめちゃん、今頃何してるかな」


「実家だし、ゆっくりしてるんじゃないかな」


「そうだね。あやめちゃん、ホラー映画で年を越すって言ってた」


「昔のやつかな」


「今年の年越しはそんな気分じゃないんだって。どうもスプラッター系でいくみたい」


「それはそれは。中々ヘビーな年越しだな」


「篠崎さんも実家だよね」


「ああ。鳥取の方らしいけど、雪、積もってるって」


「そうなんだ。大晦日に雪って、なんかいいね」


「そうだな。それをこうして、好きな人とコタツで眺められたら最高だ」


「今日の信也くん、なんか可愛い」


「早希とこうして、体くっつけあって話して、おいしい物食べてテレビ見て。最高だよ」


「まだまだこれからだよ。これから何回も何回も、大晦日は来るんだから」


「こうして二人で?」


「勿論。ずっと一緒だよ」


「それだけで幸せだ」


「ふふっ……あ、そうだ。信也くん、二人はどんな感じなのかな」


「二人って、篠崎とさくらさんか?」


「うん。あの二人、一応婚約してるんだよね」


「そうなるのかな。告白の時に篠崎、全部すっ飛ばしてプロポーズしちまったからな」


「仲良くデートはしてるみたいだけど、結婚する日取りとか決めてるのかなって」


「当分はないと思うよ」


「そうなの?」


「前に篠崎に聞いた。あいつも仕事始めたばっかりだし、さくらさんも忙しいから。しばらくはこのままでいいって」


「そうなんだ」


「あやめちゃんのこともあると思う。あやめちゃんには言えないけど、でもさくらさん、今のあやめちゃんを残して結婚なんて考えられないって。篠崎も同じ意見。

 それにあの二人もお互いを知ることに夢中な時期だし、どちらにしても当分はあのままだよ」


「そっかぁ」


「それに篠崎にはその前に、絶対叶えたいことがあるらしい」


「何を?」


「あやめちゃんに、お兄さんって言わせること」


「ああ、なるほど」


「あやめちゃん、俺のことはお兄さんって呼ぶけど、篠崎のことは未だに篠崎さんだからな。あいつ、かなりご不満らしい」


「でもそれ、手強そうだね」


「篠崎に何回か詰め寄られたよ。なんで副長がお兄さんで、俺は篠崎さんなんすかって」


「あはははっ」


「と言うことで、篠崎たちは当分今のまんま。でも見てて飽きない二人だから、生暖かく見守ってやろう」


「そうだね。でもよかった、幸せそうで」


「早希のハリセンのおかげだな」


「へへーん」


「そこ、威張るところじゃないから」


「そう? でもあの後で篠崎さん、私にお礼言ってきたよ。三島さんのおかげで目が覚めたっす、ありがとうございましたっすって」


「早希、篠崎の真似、ほんとうまいな」


「私もこれ、結構気に入ってるんだ」


「でもあの時俺、ちょっと嬉しかったよ」


「ハリセン? 信也くんが望むならいつでも叩いてあげるよ。お尻とか」


「なんでだよ、違うから。そうじゃなくてだな……あの時の早希を見て、やっぱりこの子は、いつも全力で生きてるんだって思ったんだ。何に対しても一生懸命。そんな子が俺の嫁さんなんだって思ったら、嬉しかった」


「なんか照れるね」


「それともうひとつ。早希って、いつもニコニコしてるだろ? それに穏やかで、俺の我儘も黙って聞いてくれる。ひょっとしたら無理してるんじゃないかって思ってたんだ」


「無理はしてないと思うけど」


「うん。あの時の早希を見て、俺もそう思えた。怒る時にはちゃんと怒れる子なんだって分かったから」


「猫をかぶって無理してるって思ってた?」


「少しな。だからほっとした」


「じゃあこれからは、信也くんと喧嘩する時も全力で」


「……手加減してくれると嬉しいけど」


「あの後でハリセン、いっぱい作ったから」


「作ったのかよ……って、何本作ったんだよ」


「何かあの感触、結構よかったんだよね。癖になりそう」


「おいおい、いい話でまとめたつもりなのに、勘弁してくれよ」


「勉強会から導入するね。居眠りしたら一発、だから」


「お手柔らかに……な」



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