第48話 あやめと早希の決意表明


「じゃあケーキ、食べようか」


「そうだね」


「俺が切り分けるよ」


 信也がケーキを切り始める。そして早希に目配せすると、早希は小さくうなずいた。


「はいあやめちゃん、お待ちかねのケーキ」


「それから……じゃーん!」


 早希が包装された箱を差し出した。


「あやめちゃんにクリスマスプレゼント」


「……いいの?」


「モチのロンパチ。さ、開けて開けて」


「早希それ、姉ちゃんの口癖」


「あ、そうだったそうだった。うつっちゃった」


 箱を開けると、赤いスニーカーが入っていた。


「これ履いて、また一緒に散歩しようね」


「ありがとう早希さん……嬉しい」


 あやめが靴を抱き締めて喜ぶ。


「そして俺からはこれ」


 奥の部屋から持ってきた、少し大きめの袋。

 赤のダウンジャケットだった。


「これもセットでね」


「……ありがとう、お兄さん」


 そう言うと、あやめは再び信也に抱き着いた。


「あやめちゃん……私の時とリアクション、かなり違うんだけど」


「お兄さんには、何があってもまずこうする。そう決めてるから」


「なーんだ、そうなんだそうなんだ……って、信也くん鼻の下伸ばさないの!」


「私からも……ある」


 あやめは起き上がると、鞄から二つの箱を出した。

 信也には白黒のホラー映画DVD-BOX、早希には包丁セット。


「すごいなこれ。映画、何本入ってるんだ」


「私のオススメも結構入ってる。また一緒に見たい」


「ありがとう、あやめちゃん」


「包丁セット……私、欲しかったんだ」


「これでまた、おいしい料理お願い」


「分かった。ありがとね、あやめちゃん」


「それで? 早希さんはお兄さんに、何あげるの?」


「ふっふーん、わ・た・し」


「そんな冗談、いい」


「……あやめちゃん、最近突っ込みが信也くんに似てきたよね」


「それで? 早希さんは何をあげるの?」


「ううっ、その後の放置プレイまでそっくり」


 そう言って、寝室からプレゼントを持ってきた。


「信也くん。私からのプレゼント」


「ありがとう、早希」


 手編みのマフラーと手袋だった。


「定番すぎるかなって思ったんだけど、やっぱり好きな人に手編みの物をあげるの、したかったんだ」


「すごいな早希。それで最近、遅くまで部屋にこもってたのか」


「ちょっと間に合いそうになくって。夜一人にしてて、ごめんね」


「ありがとう。すっごくあったかいよ」


「えへへ、信也くんに頭撫でられるの、好き」


「これは俺から」


「え?」


「いやいやいやいや。え、じゃないだろ。俺だけ渡さなかったらおかしいだろ」


「信也くん、いつの間に」


「この前私と散歩に行った時。早希さん、マフラーが間に合わないって行かなかった日、あったでしょ? あの時お兄さんに、梅田に行こうって言われたの」


「信也くんが梅田に?」


「まあ、こんな時ぐらい頑張らないとな」


「大変だった……私もお兄さんも、呼吸困難になって」


「あやめちゃんも、人混み苦手だもんね」


「でも、前にお兄さんに頼まれてて、ネットで調べてた。それで目ぼしいのがありそうなお店に、一直線」


「それでも疲れたよ。なんたってクリスマス商戦真っ只中だったからな」


 中には毛糸の帽子が入っていた。


「俺にマフラーと手袋、早希に帽子。やっぱ俺たち、気が合うよな」


「信也くーん!」


 早希の全力のダイブ。信也がそれを受け止める。


「ぎゅってして」


「ぎゅっ」


「……私も後ろから、ぎゅっ」


「あったかだな」


「うん。あったか、あったか」





「……いい機会だから、ここで発表しようと思う」


「なんだなんだ。何が始まる」


 信也に向かい、あやめが一つ咳払いをした。


「私、学校辞めようと思う」


「決めたの?」


「うん……お兄さんとお話しして、お姉ちゃんにも相談した。そして色々考えたけど、そうすることにした」


「そっか。あやめちゃんが自分で決めたんだ、応援するよ」


「信也くん、まだ続きがあるのよ」


「続き?」


「私、今から勉強して、来年の夏に高認を受けようと思う」


「高認か……」


 高等学校卒業程度認定試験、略して高認。

 高校を卒業出来なかった者に卒業資格を与える制度のことで、これに合格すると大学を受験することが出来る。


「そして再来年、大学を受験したい」


「あやめちゃん……」


「色々考えた。就職やバイトのことも考えた。でも……今しか出来ないことに挑戦したい、そう思った。

 2年も留年して、今更高校に戻るのは正直辛い。だから私、大学に行く」


「よく決めたね、あやめちゃん」


 そう言って頭を撫でると、あやめは頬を染めてうつむいた。

 そして小さな声で、こう言った。


「それで……早希さんには了解取ったから、お兄さんにお願い、あるんだけど」


「いいよ、何でも言って」


「私に勉強、教えてほしい」


「俺が?」


「うん。お兄さん、大学に行ってるから。それに多分、教え方上手だと思う」


「俺、言うほど頭良くないよ」


「でも私、お兄さんに教えてもらいたい。お願い、私の家庭教師になって」


「私からもお願い。あと、私にも一緒に教えてほしいの」


「早希にも?」


「うん。私も大学、行きたかったんだ。でもおばあちゃんがいなくなって、それどころじゃなくなったから。

 今すぐ行きたいって訳じゃないの。でも、あやめちゃんが受験するって決めたんだから、私も一緒に勉強したいんだ。そしていつか、私も挑戦したいの」


「早希……」


「お願い、お兄さん」


「……分かった。じゃあ年が明けたら始めようか」


「本当?」


「ああ。自信ないけど、俺も一緒に勉強するって形で参加するよ。それでどう?」


「いい……それで、いい……」


「よろしくお願いします、信也先生」


「先生は……恥ずかしいからなしで」


「ふふっ」


「ははっ」





 篠崎、さくらの熱々カップルが帰ってきたのは22時過ぎ。

 あやめは上機嫌で家に戻っていった。


「……」

「……」


 布団の中、二人は無言で見つめ合っていた。

 何度となく口づけを交わす。

 信也が愛おしそうに早希の髪を撫でる。

 その仕草に、早希は幸せそうに笑みを浮かべる。


「信也くん」


「……うん」


「私……こんな幸せなイブ、初めて」


「俺もだ。去年までは、ただの一日だったのにな」


 額にキスする。


「早希は大学、やっぱり行ってみたいのか」


「うん。ずっと夢だったから」


「二人の話を聞いてたら、恥ずかしくなっちまうな。俺は何となく入っただけだから。別に目標もなかったし」


「それでもいいと思うよ。行ったことが大事」


「早希はどうしたい? 早希が行きたいって言うなら、俺は応援するよ」


「う~ん、行きたいのは行きたいんだけど、でもそうなったら仕事も辞めなくちゃいけないし、それにもし赤ちゃんが出来ちゃったら」


「まあそうなんだけど。でも、そんなこと言ってたらいつまでも行けないぞ? 無理してでも動かないと」


「それはまた、後で考えるよ。その為にもまず、入れるだけの学力を身につけないとね。先生、よろしくお願いしますね」


「先生ねぇ……俺に出来るのかな」


「信也くんなら大丈夫だよ。もし分からなくても、その日の内に調べて、次の日にはきっと教えられると思う」


「まあ約束しちまったし、頑張るよ」


「お願いします、先生」


「おいおい早希さん、先生って言いながらのキスはその……背徳感がすごくあるんですけど」


「あらやだ。信也先生、そういうのもお好き?」


「んなことねーよ。てかそのノリ、あやめちゃんの前では絶対駄目だからな」


「分かってるって。これは二人だけの秘密」


「秘密ねぇ」


「信也くん」


「ん?」


「愛してる」


「俺も……愛してる。これからも、ずっとこうしていような」


「うん……私、信也くんとこうしてるの、すっごい幸せ」


「俺の方が幸せだな」


「ふふっ……じゃあ、一緒に幸せに」


「ああ、一緒に……」


「ずっと、ずっと……ね」



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