第47話 イブの夜
12月24日、クリスマスイブ。
恋人たちにとって最大のイベントであるこの日は、信也にとってこれまで何の意味もない一日だった。
しかし今年は違った。
今の信也には、この日を共に過ごしてくれる婚約者がいるのだ。
早希はこの日が近付くにつれ、落ち着きがなくなっていった。
夜も信也に「先に寝てて」と言って、隣の部屋で遅くまで何やらしているようだった。
そして今日24日。私は先に戻るから、信也くんは時間をつぶしてから帰って来るように、そう言った。
篠崎もこの日は気合十分で、職場にスーツ姿で出勤していた。
どこかホテルのディナー、予約したんだな。誰が見てもそう思える分かりやすい格好は、見てるだけで応援したくなった。
「ただいま」
少し遅れて帰宅した信也。
一体どんなサプライズで迎えてくれるのか、期待に胸を膨らませながらドアを開けた。
パーンッ!
「メリークリスマス!」
早希とあやめの、クラッカーでのお出迎え。
なんとベタなことをと思ったが、こんなイベントに自分が参加してると思うと、無性に照れくさくなった。
「あ、ああ、メリークリス……マス?」
ここまでは予想してなかった。
早希とあやめは、サンタのコスチュームを身に纏っていた。
しかも下は、かなり短めのショートパンツ。
これってまるで風俗……って言ったら絶対怒るよな。そう思い、全力で脳内から消去する。
「ねえねえ信也くん、どう、どう? びっくりした? ねえびっくりした?」
「落ち着け落ち着け。ま、まあ、びっくりしたよ。サンタさんのお出迎えなんて初めてだから」
「ねえねえ信也くん、このパンツどう? かわいい?」
「う……うん、かわいいよ。サンタって言うより天使だな」
風俗じゃない風俗じゃない! 消えろ、消えろ俺の煩悩!
「もぉ~信也くんてば、天使だなんて。ほんとのことでも恥ずかしいじゃない」
「……可愛いな、今の照れ方」
「……お、お兄さん……」
あやめが信也の服をつかむ。
「お兄さんが絶対喜ぶって言うから着てみたんだけど……どう? 嬉しい?」
「あやめちゃんも可愛いよ」
あやめは顔を赤くして、早希に親指を立てた。
「早希さん。風俗作戦、成功」
「成功!」
その言葉に、信也が
ひょっとして俺の脳味噌、早希にいつも覗かれてるのか?
「じゃあ信也くん、お仕事お疲れ様でした。着替えたらこっち来てね」
「あ、ああ、分かった」
冷静さを取り繕い、信也が着替えに向かう。
「着替え、用意してるから」
「分かった。ありがとう」
「……」
「おおっ、似合ってる似合ってる」
「……早希さん、これは一体なんなのかな」
「トナカイ」
「……」
「だからトナカイ。知美さんからのクリスマスプレゼント」
「姉ちゃん……って、なんでこんなの着なくちゃいけないんだよ!」
「ちゃんと着てから突っ込んでくれる。私の旦那様はほんと、ノリのいい人だね」
「またか? また秘密結社の集会なのか?」
「誰も変に思わないよ。だって今日はイブなんだから」
「イブだから」
「イエーイ!」
そう言ってあやめとハイタッチする。
「……しかしお前ら、いつの間にかほんと、息合ってきたよな。本当の姉妹に見えてきたぞ」
「そうだもんねー」
「うん」
「仲いいのは嬉しいよ。じゃ、食べよっか」
「頑張って作ったからね。いっぱい食べてね」
「おお、何の料理なのかさっぱり分からんけど、とにかく華やかだな」
「イブだからね。ネットで調べて、色々挑戦してみたんだ。
「だな。プチトマトの中に……これはうずらの卵か? そいつに顔まであって……って、手間かけすぎだろ」
「この手間は幸せなんだよ」
「食べるのが勿体ないよ。ちょっと写真、撮っておこう」
「じゃあじゃあ、あやめちゃんと撮って」
信也の掛け声で二人がピースする。カメラを持ち換え、早希と信也、信也とあやめも一緒に撮る。
ローストビーフにチキンも並ぶ華やかな食卓で、3人笑いながらの楽しいひと時だった。
「……そろそろお腹、限界だわ」
「だな。やっぱ食い過ぎた」
「私……しばらく酸素だけで生きていけるかも」
「駄目駄目駄目! あやめちゃん、まだケーキがあるんだからね!」
「まだ食えるのか。女子ってやつは、ほんと甘い物好きだよな」
「甘いものは別腹なんですぅー」
「そうなんだろうけど……しかし俺もやばいな。ちょっと動かしとくか」
「お兄さん、何してるの?」
「胃袋のスペースあけようと思ってね。こうして体振ってたら、空きが出来るんだ」
「ふふっ……なにそれ」
「これ、結構効くんだよ」
「それ、ただの気のせいだから。でも私も……ちょっとやってみる」
そう言うと、あやめも腰を浮かして上半身を揺らした。
「信也くん、電気消して」
「クリスマスケーキ、だよな。蝋燭つけるのか?」
「はいはい蝋燭って言わなーい、キャンドルって言って」
「りょーかい。じゃあ消すよ」
信也が電気を消すと、部屋の中はツリーの電飾とキャンドルの灯だけとなり、おごそかな雰囲気になった。
「で、誰が消す?」
「3人で」
「俺はいいよ」
「駄目。お兄さんも一緒」
そう言うと、早希とあやめは信也の両脇に陣取った。
「じゃあいくよ。せーの」
ふっ。
キャンドルが消えた部屋。
ツリーの電飾だけが、静かに色を変えて光っている。
「信也くん、メリークリスマス」
耳元で早希がささやく。
「お兄さん。メリークリスマス」
「ああ、メリークリスマス」
「え」
早希とあやめが、両側から信也の頬にキスをした。
驚く信也。しかし二人の唇はまだ離れない。
「……ぷはぁ」
「ぷはぁ……」
ようやく離れると、二人は信也に抱きつき、信也はバランスを崩して仰向けになった。
信也の胸に顔をうずめる二人。
信也はかなり動揺したが、やがて小さく笑うと、二人の頭を優しく撫でた。
「甘えんぼのサンタだな」
「サンタにはトナカイが必要。トナカイは大事」
「今日甘えないでいつ甘えるのよ。そうでしょ、トナカイさん」
「よしよし。いっぱい撫でてあげよう」
「えへへ」
「気持ち、いい……」
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