第46話 届いた想い


「ええええええっ!」


 早希の乱心に、信也が声を上げた。

 突然ハリセンで頭を張られ、呆然とする篠崎。

 そんな篠崎を凝視し、早希が言った。


「篠崎さん。女ってのはね、好きでもない男と何回も食事に行ったりしないの。それにさっきのさくらさん、本当に篠崎さんのこと、怖がってたと思う?」


「お……思うっす」


 もう一発ハリセンが飛んできた。


「さくらさん、篠崎さんの告白を待ってるんだよ? ちょっと見ただけの私でも分かるのに、なんで篠崎さんに分からないのよ」


「さ、早希さん? ちょっとだけ落ち着こうか」


「いい。お兄さん、早希さんに任せて」


「……そうなのか?」


「篠崎さんは、さくらさんをどうしたいの? 綺麗綺麗って言ってるけど、本棚にでも入れて鍵かけて飾るつもり? さくらさんも生きてる女の子なんだよ? 泣いたり笑ったり、怒ったりする女の子なんだよ? 好きな人に抱き締められたい、そんなことを夢見る普通の女の子なんだよ?」


「でも俺……あんな綺麗な人に軽々しく触れたり出来ないっす……それにもし告って振られたら……そう思ったら怖くて」


 大きく振りかぶったハリセンが、篠崎の横っ面を張り飛ばす。


「ちょ……早希やりすぎ」


「女の子は人形じゃない! あんたの理想を勝手に押し付けるな! そんなんだからさくらさん、本当の自分を出せなくて、篠崎さんの前では人形みたいに振る舞ってるんじゃない!

 でもそれって、篠崎さんのことが好きだからじゃないの? 篠崎さんのことが好きだから、少しでも好かれたいって思うからじゃないの? なのに篠崎さんがそんな弱腰でどうすんのよ!

 私、こんなヘタレに好きって言われたの? 私があの時感じた、やっぱりいい人だって気持ちは嘘だったの? あの時の私の気持ち返せっ!」


 早希のハリセンが容赦なく振り下ろされる。


「私も……そう思う」


「あやめちゃん?」


「お姉ちゃん、ずっと男の人を怖がってた。でも篠崎さんと出会って、初めて男の人のことを、笑いながら話してくれるようになった。

 お姉ちゃん、篠崎さんを待ってる。だから篠崎さん、お姉ちゃんのことが好きなら、覚悟決めて……ほしい」


「あやめちゃん……」


「お姉ちゃんには幸せになってほしい……から……」


「篠崎。俺はお前の言葉、ちょっとは理解出来ると思う。ベースになるものは違うけど、俺も人のこと、好きになるのが怖かったからな。

 でもな、お前とさくらさんは互いに惹かれ合ってるんだ。そろそろいいんじゃないか、腹決めても」


「副長……」


「一緒にデート、しようぜ」


「篠崎さん。私もそれ、楽しみにしてるんです」


「三島さん……」


「多分、お姉ちゃんも」


「……分かったっす! 俺、もう一度さくらさんに会ってくるっす!」


「よしっ、行ってこい!」


「はいっす!」


 篠崎が玄関に走っていく。

 その背中に、信也が「頑張れ」と声をかける。


 靴を履き扉を開ける。

 するとそこに、さくらが立っていた。


「え……さくら……さん?」


「えええっ?」


 3人も慌てて玄関に向かう。

 さくらは肩を震わせ、うつむいていた。


「あの、その……ごめんなさい……あやめを迎えにきたんですけど、声が聞こえて……聞くつもりはなかったんですけど、なんだか入りづらくなってしまって……」


「さくらさん、寒いからとりあえず入って」


 信也が声をかける。しかしさくらは首を横に振った。


「みなさんごめんなさい……私、こんなにご迷惑かけてたんですね……私なんかのために、ごめんなさい」


「……私なんか。それ、俺の一番嫌いな言葉っす」


「え……?」


「なんか、なんて言わないでほしいっす。俺、さくらさんに初めて会った時から、ずっとさくらさんのことを好きだったんす」


「篠崎……さん……」


「俺が好きになったのはさくらさんっす。今ここにいる、林田さくらさんっす。俺にとって、さくらさんは最高にいい女なんす。なのにさくらさんが自分のこと、そんな風に思ってたら……俺哀しいっす」


「篠崎さん、今、私のこと……」


「はいっす。副長や三島さん、あやめちゃんにケツ叩かれて吹っ切れたっす。俺、もうビビらないっす。

 ――さくらさん、俺と結婚してほしいっす!」


 そう言ってさくらを抱き締めた。


「え……」

「ええええええええっ!」


 いやいやいやいや、確かにあおったのは俺たちなんだけど!

 にしてもお前、いきなりプロポーズかよ!


「お姉ちゃん、おめでとう」


「あやめ……ありがとう……」


 さくらの頬が涙に濡れていた。


「さくらさん、結婚してくれるっすか?」


「はい……不束者ふつつかものですが、よろしくお願い致します」


 そう言って、互いに抱き締め合った。





 落ち着いた5人が、改めてこたつを囲んでいた。

 篠崎はさくらと一緒に並んでいる。


「じゃあ、今日は飲みますか!」


 早希がつまみを、信也がビールを手にやってきた。


「では、篠崎とさくらさんのお付き合いを祝して……乾杯!」


「かんぱーい!」


 さくらは掛け声と同時に、缶ビールを一気に飲み干した。


「はぁー! おいしいー!」


「さくらさん、今日もいい飲みっぷり」


「今日は私、飲みますよーっ!」


「まだまだビール、ありますからね」


「ありがとうございまーす。篠崎さんもほら、飲んでくださいよー」


「あ、ありがとうございますっす。副長、さくらさん、お酒強かったんすか?」


「なんだ、知らなかったのか」


「外ではワイン、ちょっと飲むだけだったっすから」


「さくらさんは多分、俺より強いぞ」


「マジっすか?」


「マジだ」


「篠崎さーん、信也さんとばかり話してないで、私ともっとお話ししましょうよー。ほらー、飲んでくださいってー」


「わ、分かったっす、分かったっすから。副長、ほんと大丈夫なんすよね」


「大丈夫だ。さくらさん、一杯目で大体そうなる。そしてそっからかなり飲む。でも悪い酔い方じゃないから、心配すんな」


「そうなんすか」


「ほらまたぁー。なんで信也さんとばかり話すんですかー? いきなり浮気ですかー?」


「ま、まあ確かに、こんな酔い方は初めてだけど……多分あれだな、今まで張りつめてた気持ちから、やっと解放されたからだろ」


「お姉ちゃん、楽しそう」


「あやめちゃん、お菓子もあるからね」


「お兄さん、早希さん、その……ありがとう。こんな嬉しそうなお姉ちゃん、久しぶりに見る」


「私もなんか嬉しい。3か月に及んだチキンな恋の物語、やっと完結だからね」


「てか早希さん? なんでこっちに入ってくるのかな」


「だって寒いんだもん。それにあっちに当てられて、私もちょっと甘えたくなっちゃったし」


「私も」


「あやめちゃんまで……ちょっと狭くないか」


「いい。それがいいの」


「今日はこのまま寝よっか」


「風邪ひくぞ。てか、なんでみんな固まってるんだよ。あっち空いてるだろ」


「篠崎さーん、大好きですー」


「さ、さくらさん? 嬉しいっすけどその、副長たちもいてるんすから」


「なんですかー、私とくっつくのは嫌なんですかー」


「そ、そんなことないっす、嬉しいっす」


「大体なんですかー。篠崎さん、早希さんのことが好きだったんですよねー」


「ええええっ? さっきの話、聞いてたんすか?」


「聞いてたんじゃないですー、聞こえただけですー」


「マジか……」


 信也が頭を抱える。


「篠崎さーん、これって浮気ですよねー」


「ち、違うっす違うっす。さくらさんに出会う前の話っすから」


「だーかーらー、好きだったんですよねー」


「そ、そうなんすけど……」


「浮気は許しませんからねー」


 そう言って、さくらが篠崎に抱き付く。


「さくらさん、くっつきすぎっす」


「……おい篠崎。俺らって」


「はいっす……」


「……完全に尻に敷かれるな、これ」


「そうっすね、ははっ……まあ、それもいいっすけど」




 こうして隣で芽生えた恋の物語は、無事ハッピーエンドを迎えたのだった。



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