第43話 恋愛相談、再び


「副長、ちょっといいっすか」


 昼休み。

 煙草を吸う信也の元に、篠崎がやってきた。


「何か……前にもあったよな、こういうの」


「そっすか?」


「ああ、すごい既視感があるんだけど……まあいい、何か用か」


「副長に相談したいことがあって」


「やっぱりだ。前にもあったぞ、これ」





 盆休みも終わり、信也と早希はいつもの日常に戻っていた。

 毎日同じ電車に乗り、一緒に通勤する。

 職場では皆、あたたかく迎えてくれる。

 二人は今のこの幸せを噛みしめ、大切に守っていきたい、そう思っていた。


「で? 何なんだ、相談ってのは」


「実は俺……好きな人が出来たみたいなんす」


「さくらさんか?」


「えええっ! な、なんでっすか、なんで分かったんすか!」


「いやいや分かるだろ普通。あの日のお前、さくらさんしか見てなかったし」


「マジっすか……」


「てかあれで分からないやつ、いないと思うぞ」


「やばいっす……さくらさん、変に思ってないっすかね」


「それはどうかな。案外向こうも」


「なんすか?」


「あ、いや、それはいいや。で、どうしたいんだ?」


「なんか俺、分からなくなってて。この前まで三島さんのことが好きだったのに、振られてすぐ別の人のこと好きになるなんて……おかしくないっすか」


「別におかしくないだろ。人を好きになるなんて、そんなもんじゃないのか。知らんけど」


「俺、欲求不満なんすかね」


「なんだ篠崎、お前さくらさんをエロい目で見てたのか」


「そんなことないっす! さくらさんはその……なんて言うか、そんな風に考えたらいけないってぐらい、清楚で綺麗な人なんす」


「ならいいだろ。出会いなんて突然なんだし、早希とのことは忘れていいんじゃないか」


「そうなんすかね」


「いやいやそうだろ。てか、まだ未練があったら逆に引くわ」


「いや、それはないっす。三島さんは副長の奥さんっすから」


「で、だ。お前、さくらさんのどこが気にいったんだ? 一目惚れだろ?」


「なんで分かるんすか。副長、もしかしてエスパーすか」


「俺だけじゃないぞ。早希もあやめちゃんも気付いてるはずだ」


「……すいません、早退するっす」


「待て待て待て待て、別にいいじゃないか。大丈夫、さくらさんには気付かれてないから」


「ほんとっすか?」


「ああ、それは保証する。あの人もあの時、そんな余裕ないみたいだったしな。それで、さくらさんのどこに惚れたんだ?」


「色々話してて、いい人だなって思ったっす。綺麗だし優しいし、料理もうまかったですし」


「いや、その前にお前もう、魂抜かれてたじゃないか。きっかけは何だったんだ」


「……内緒にしてくれるっすか」


「分かった。ここだけの話な」


「背が高くて……格好よかったからっす」


「え」


「さくらさん、多分副長より背、高いっすよね」


「俺と比べられても微妙なんだが……まあでもそうだな、あの人多分、170以上あるだろ」


「格好良かったんす。あんな格好いい人に会ったの、初めてだったんす」


「モデルみたいだもんな」


「俺、その格好よさにやられたんす」


「なるほどな。お前も180越えだし、二人で歩くと絵になるな」


「そっすか? 俺は自分の身長、そんな風に考えたことないっすから。よく分からないっす」


「いやいや、格好いいだろ。男なら誰でも羨むぞ、その身長。俺にもちょっと分けてほしいぐらいだ」


「分けられるものなら分けたいっす」


「なんて贅沢な」


「……俺、この話をしたらいつも副長みたいに言われるんす。贅沢な悩みだって」


「俺は背が低いの、コンプレックスだったからな。早希と歩いてても、あいつがちょっと厚底の靴履いたら、俺より高くなっちまう」


「俺もこの身長、コンプレックスなんすよ」


「そうなのか」


「でもみんな、この話になると言うんす。贅沢だって。ないやつにそんなこと言ったら怒られるぞって」


「……」


「胸の大きい女子で、同じこと言われてるやつがいたんす。胸が大きいのが嫌だなんて贅沢だ、嫌味かって。

 でもそれって変じゃないっすか? あろうがなかろうが、その人にとってコンプレックスなら、それは立派な悩みなんす。あるやつが悩んだら贅沢って、おかしくないっすか?」


「すまなかった」


 篠崎に向かい、信也が神妙な顔で頭を下げた。


「副長……」


「すまん篠崎、お前の言う通りだ。確かにみんな、それぞれ感じ方は違う。悩みに贅沢も何もない。

 俺だって好きでこんな身長になった訳じゃない。でもそれは、高いやつにも言えることなんだな。無神経な言い方をして悪かった」


「やっぱり副長は、俺のヒーローっす」


「だからそれはやめてくれと何度も」


「いえ、ヒーローっす。この話をしたら、いつもみんな笑って終わりなんす。そして心の中では、贅沢だって思ってるんす。

 でも副長は違うっす。やっぱ、格好いいっす。抱き締めてもいいっすか」


「いや、俺には早希がいる。お前の気持ちは受け入れられない」


「ひどいっすね副長」


「さくらさんも背が高いの、コンプレックスだと思うか?」


「それは分からないっす。でも俺、あの人を見てなんかこう……とにかくビビッときたんす。この人なら俺のこと、分かってくれるんじゃないかって」


「そうか。まあ、そう言う感覚ってのも大事かもな。それでどうする気なんだ」


「どういう意味っすか」


「相談はここからだろ? 告白するべきかどうかってことじゃないのか」


「そうなんすけど……でもなんか、副長と話してたら腹が決まってきたっす。俺、さくらさんに告白するっす。いいっすかね、副長」


「俺の許しなんていらんだろ」


「何言ってるんすか。副長のお隣さんなんすよ? もし俺が告って失敗したら、副長も三島さんも気まずくなるじゃないっすか。了解取るのは当然っす」


「篠崎、やっぱお前、格好いいよ。抱き締めてもいいか」


「いや、そういうのはいいっす。俺、今はさくらさん一筋っすから」


「冷たいな」


「先に振ったのは副長っす」


「俺に出来ることはあるか」


「いえ、いいっす。今回は俺、一人で動くっす。だから副長も、さくらさんといつも通りにしててほしいっす」


「分かった。頑張れよ」


「はいっす!」


 そう言って、二人はがっしりと手を握り合った。



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