第36話 お墓参り


 盆休み2日目。

 信也は早希と墓参りに向かっていた。


 電車で行くにはかなり厳しい場所だったので、レンタカーで行くことになった。

 目的地は兵庫県の山奥。名神高速を走ること3時間、降りてから鳥取方面に1時間。

 見渡す景色は山と川。遊びに来ていたら石集めに夢中になりそうな、自然豊かな場所だった。





 徒歩で山道を登ること20分。墓地に到着した。

 墓から見渡す景色は壮観で、山々が連なり青空が広がっていた。

 少し小さめの墓石の前で足を止めた早希は、墓石の上の落ち葉を優しく払った。


「お父さん、お母さん、おばあちゃん。ただいま」


 早希が穏やかに語りかける。信也は隣に立ち、一礼した。

 辺りの掃除を済ませると花を供え、線香に火を灯す。

 そして二人並んで手を合わせた。


「中々来れなくてごめんね。私は元気だから、安心してね」


 早希がそう言った。まるでそこに、両親と祖母がいるかのように。


「この人は紀崎信也くん。私、この人と結婚することになりました。子供の頃からずっと憧れていた、大好きな人との結婚。その夢が叶いました。

 おばあちゃん。お別れの時、言ってくれたよね。幸せになってねって。あの時のおばあちゃんの顔、今でも覚えてる。おばあちゃん、本当に私のこと、心配してくれたよね。でも安心して。私は今、とっても幸せだから」


 時折優しい風が吹き、枝葉が音を奏でる。


「お父さん、お母さん。小さかったから二人のこと、あんまり覚えてないんだけど……でもね、ものすごく覚えてることがあるんだ。最後に祝ってくれた、私の誕生日。

 お父さん、私に『おめでとう』って言って、肩車してくれた。お母さん、ケーキを持ってきて『早希大好き』って抱き締めてくれた。

 私ね、いつかきっと、あの時の様なあったかい家庭、作ってみせるから。信也くんと一緒に、これから生まれてきてくれる子供に、同じことしてあげるから」


 信也がそっと、早希の頭を撫でた。


「信也くん?」


「俺も挨拶、していいか?」


「うん……」


「お父さん、お母さん。それからおばあさん。初めまして、紀崎信也と申します。

 あなたたちが愛情を込めて育ててくださった早希さんのことを、心から愛しています。

 これから僕に何が出来るのか、早希さんをどこまで守れるのか。今の僕に証明出来るものはありません。ですが、早希さんを思う気持ちは誰にも負けません。どうか早希さんと一緒にならせてください。

 ――僕の残りの人生、全て早希さんに捧げます」


 そう言って手を合わせ、深く深く頭を下げた。


「……」


「早希……?」


「うわあああああああっ!」


 早希が信也の胸に顔をうずめ、声をあげて泣いた。


「大丈夫、大丈夫だよ、早希……俺がいる。これからいつも、俺が早希の傍にいる」


 子供の様に泣きじゃくる早希を、信也は優しく抱き締めた。


「一緒に幸せになろうな、早希。お父さんもお母さんも、それにおばあちゃんも……みんながそう、願ってるよ」





 早希はいつも前向きで、一瞬たりとも人生を無駄にしたくない、そんな生き方をしているように思っていた。

 だから信也は憧れた。早希の強さに。

 だがこれまで早希を見ていて、どこか無理をしている、そう感じてもいた。


 墓参りの話になった時、唯一の身内である叔父にも挨拶に行きたい、そう言った。

 しかし早希は、複雑な顔で言った。


「行くだけ無駄だと思うよ。あの人、私を厄介者としか思ってないから。おばあちゃんが死んだ時も、第一声が『遺産はやらん。これまで面倒みてやったんだ、それで十分だろ』だったんだから。

 おばあちゃんの家も売られてしまって。最後にしてくれたのは、家を借りる時の保証人。私が未成年だったから、仕方なくね。でもそれも、20歳になった時に出て行けって言われて、今の家に越したんだ。

 だからね、あの人たちの所に行っても信也くん、嫌な思いするだけだよ」


 せめて電話だけでも、そう言って早希に連絡してもらったのだが、早希の言う通り適当な返事しかしてもらえず、最後に「もう関わらないでくれ」そう言われた。


 そんな人が唯一の身内なんだ。


 17歳で一人、社会に投げ出された早希は一体、どんな思いをしたのだろう。

 どれだけ世界を憎んだのだろう。

 早希の話を聞くと、不幸自慢全開だった自分が情けなく思えた。早希は自分より、遥かに辛い人生を生きてきた。

 なのに彼女からは、その片鱗すら感じられない。


 だから心配した。守ろうと思った。


 今、自分の胸で泣きじゃくる早希を見て、やっと早希にも、弱い自分を見せられる相手が出来たんだ。そしてそれが俺なんだ、そう思い、少し嬉しく思った。


「今までよく頑張ったな、早希。偉いぞ」





 その時。

 風が吹いた。


「……」


 何かに抱き締められているような感覚。


「あ……」


 顔を上げた早希が、そう声を漏らす。

 早希の視線を目で追うと、そこには不思議な光景が広がっていた。


 二人を包む、やわらかな光。


「なんだ……」


「お父さん、お母さん……」


「え……」


「おばあちゃんも……」


 涙に濡れた顔で早希がつぶやく。

 そして幸せそうに微笑んだ。


「ありがとう……お父さん、お母さん、おばあちゃん……」


 光の渦に包まれていた。


「ありがとう……」


 満足そうにそう言うと、早希は目を閉じ、再び信也の胸に顔をうずめた。





 高速の入り口付近に着いた頃には、辺りはもう真っ暗になっていた。

 早希は泣き疲れたのか、車に乗ってからずっと眠っている。

 運転する信也は、墓の前で体験したことを思い出していた。


 あれは一体、なんだったのか。

 光に包まれていた。

 その光はとても優しく、心地よかった。

 そして早希はそれを見て、両親と祖母だと言った。

 自分には分からない。

 でも早希にそう見えたのなら、それはそれでいいことなんだと思った。

 そして早希の言うように、本当に両親と祖母だったのであれば。

 早希との仲を許してもらえたんだろうか、そう思い嬉しくもあった。

 助手席で眠る早希に目をやり、信也は愛おしそうに髪を撫でた。





 信也の目に、旅館の看板が映った。

 早希もかなり疲れている。ここで温泉につかり、ゆっくり休ませてあげよう。

 そう思い、信也は車を旅館に向けた。



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