第35話 仲間たち


 篠崎徹。

 新卒の新人は高身長の男前。こいつが働く場所はここじゃないだろ、皆がそう思った。

 しかし口を開くといきなりの「すっす」攻撃。その口調に作業員たちは爆笑し、おかげであっと言う間にラインに打ち解けたのだった。

 だがどうしてそんな口調なのか、それを聞く者はいなかった。そこに篠崎の闇がある、そんな気がしていたからだった。

 それを今、早希はあっさりと聞いた。





「いやいや早希、いくら罰でもお前、そこは触れてはいかんとこだろ」


「どうして? 私ずっと気になってたもん。いつか聞こうと思ってて」


「俺の話し方っすか?」


「はい。私、ずっと気になってて。篠崎さん格好いいのに、どうしてそんな変な話し方するのかなって」


「変……なんすか?」


「いやいや篠崎、大丈夫だぞ。変じゃない変じゃない」


「三島さん、俺の話し方って、そんなに変なんっすか」


「変ってのは言い過ぎかもしれないけど……まあ時々?」


「マジっすか……」


 そのまま篠崎は後ろに倒れこみ、天井を見上げた。


「俺……いけてると思ってたっすのに」


「ん?」


 信也と五百旗頭いおきべが顔を見合わせる。

 篠崎は起き上がってお茶を一口飲むと、ため息をついた。


「……俺、中学で部活に入った時、初めて先輩ってものに出会ったんす。それまではみんな同学年だったし、学校の先生にしても小学生っすから、タメ口でいけてたんす。

 でも先輩に対してはそうはいかなくて。周りのみんなは、びっくりするぐらい敬語がうまかったんすけど、俺は言葉が出てこなくて。だから何か言おうとしても、どう言ったらいいのか考えてる内に話が終わったりして、いつの間にか無口になってたんす」


 闇か、闇なのか?

 信也がはらはらしながら次の言葉を待つ。


「そんなある時、先生に教えてもらったんす。喋る時、語尾に『すっす』をつけてみろって。そうしたら大概はいけるって」


「……」


 それだけ? それだけなのか?

 信也が心の中で突っ込んだ。


「それで話してみたら、本当にいけたんす。それから俺、ずっとこれでいいんだって思ってたんすけど」


「そっかぁ……だから篠崎さんの『すっす』って、たまに変な時があるんだ。篠崎さんのオリジナルだったんですね」


 その早希の口をふさぎ、信也が慌てて言った。


「変じゃない、変じゃないぞ篠崎。篠崎はそれでいい、それでいいんだ」


「いや、三島さんから今、はっきり変だって言われたんすけど」


「大丈夫、大丈夫だ。何も変じゃない」


「いいんじゃないですか」


 黙って聞いていた五百旗頭いおきべが、笑顔でそう言った。


「篠崎さんが学生時代に悩んで、その結論に辿り着いた。そして挑戦して、今がある。職場で篠崎さんを見てても、本当に可愛がられてるのが分かります。それはきっと、そうして篠崎さんが努力してきた結果だと思いますよ」


「本当っすか」


「はい、嘘じゃありません。私も篠崎さんのこと、大好きですから」


五百旗頭いおきべさん……ありがとうございますっす! 俺も大好きっす!」


「篠崎、俺は?」


「副長は勿論っす。俺のヒーローっすから」


「またそれかい」


「じゃあ篠崎さん、これでさっきの件はなしってことで」


「あ、そうだったっす! ほんとすいませんっした。今回は三島さんのご好意に甘えさせてもらうっす」


「じゃあお昼の続き続き」


 その時、玄関のチャイムがなった。

 誰だ? そう思い扉を開けると、そこにはラインの作業員たちが立っていた。


「え? ナベさん? 浜さん、山さんも……どうしたんですか」


「手伝いに決まっとるやないかい。と言うても五百旗頭いおきべと篠崎の手伝いやけどな。どうせお前、何の役にも立ってないやろ」


「な、なんでそれを」


「お前みたいに細かい作業が好きなやつのあるあるや。てか、やっぱ役に立ってないんかい」


「でもなんで」


「俺が声かけたっす」


「篠崎……」


「みんなでした方が早く終わるっすからね。終わったらどっかに飲みに行こうって話してたっす」


「なんじゃい篠崎、仕事しとると思ったら、何くつろいで三島の飯食っとるんじゃい」


「そういやわしも小腹空いとったんや。おい紀崎、わしらにも食わせろ」


「は、はあ……」


「おおっ、相変わらずうまそうやないか」


「こんにちは浜さん。どうぞこれ、小皿です」


五百旗頭いおきべ、ええ仕事しとるみたいやな」


 渡辺が貼ったばかりの壁紙を見て言った。


「あ、いや、渡辺さん。どうもお恥ずかしい」


五百旗頭いおきべよ、そろそろ俺のこと、他のやつらみたいにナベって呼ばんか? 俺もその方が気楽でええんやけどな」


「は……はい、分かりました。ナベさん」


「お前は……そやな、五百旗頭いおきべやさかい、キベでええやろ」


「キベ……分かりました、それでお願いします」


「よっしゃ。おいお前らも、キベと一緒に飯じゃ飯」


「おお、ほんまにキベさん、ええ仕事してはりますな」


「まあ、昔からやってますので」


「こんだけええ仕事しとるんや。ラインでもいけるで」


「どうせ紀崎の教え方が下手くそなんやろ。今度わしが教えたるさかい」


「山さん、しれっと俺の悪口入れないでくださいよ。でも確かに、俺より絶対教え方うまいですよ。大体俺も教えてもらったんですし」


「お前は三島といちゃついとったらええんじゃ。それでキベは、何が難しいんや」


 いつの間にか五百旗頭いおきべを囲んで、作業員たちが賑やかに話し出していた。

 早希が信也の肩に手を置き、嬉しそうにそれを見ていた。


「よかったね、信也くん」


「だな、これで五百旗頭いおきべさん……キベさんもラインの一員になれたよな」


 信也も早希の手を握り、振り返って笑った。





 俺たちは幸せだ。

 こんなに温かい人たちに囲まれて、見守られている。

 篠崎も五百旗頭いおきべさんもナベさんも、みんないい人ばかりだ。

 みんなのためにも、幸せにならないとな。

 そしていつか必ず、みんなに恩返しをしないとな。

 信也はそう、改めて決意するのだった。



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