第34話 俺って不器用だったんだ


「じゃあ篠崎さん、そっち持っててもらえますか」


「ういっす。これでいいっすか、五百旗頭いおきべさん」


「はい、お上手です。すいませんが、しばらくそのままでお願いしますね」





 盆休みを間近に控えた日曜日。

 この日は新居の壁の張替えをしていた。

 軽トラックに積まれた壁紙と道具一式。それを家に運び込むと、早速張替えが始まった。

 まず五百旗頭いおきべが、貼ってある壁紙にカッターで切り込みを入れ、器用に剥がしていく。そして信也と篠崎がへらで綺麗に整えていく。

 信也は五百旗頭いおきべの手際の良さに感服しながら、壁紙の残りを丁寧に剥がしていった。ここまではよかった。

 早希も、「信也くんってやっぱり器用だね」と褒めてくれた。

 五百旗頭いおきべもうなずき、篠崎も「流石っすね、副長」と言ってくれた。

 しかし問題はその後だった。


 五百旗頭いおきべの指示で仮貼りをしていくのだが、どうしても真っ直ぐに貼ることが出来ない。

 所々で皺になり、継ぎ目も斜めになり何度も貼り直した。

 逆に篠崎はその長身を生かし、五百旗頭いおきべの指示に的確に動き、信也が羨むほどに手際よく仕事していた。

 その様を見ながらため息をつく信也の頭を撫で、早希が「大丈夫大丈夫」と励ましてくれるのが、男のプライドを更に傷つけた。

 五百旗頭いおきべも気を使って「副長は出てくるゴミを片付けていってくれますか。それだけでも助かります」と言ってくれるのが、更に追い打ちをかけた。


 五百旗頭いおきべと篠崎が、息の合った動きで壁紙を貼っていく。

 その様を見ながら信也は、「俺って実は、不器用だったのか」と思いうなだれた。





「いただきます」


 ひと段落ついた4人が、早希の作った弁当を囲んでいた。


「むっちゃ腹減ったっす! すいません三島さん、いただきますっす!」


 篠崎が早希の料理を豪快に口に運ぶ。


「三島さんうまいっす! 副長はいいっすね、こんなうまい飯、いつも作ってもらえるんっすから」


「そんなに嬉しそうに食べてもらえたら、作った甲斐があります」


「……」


「信也くんどうしたの? 元気ないよ」


「……だって俺、全然役に立ってないし」


「もぉー信也くん、さっきからそればっかり。いじけすぎだよ」


「そうっすよ副長。俺も五百旗頭いおきべさんに比べたら全然っすし」


「いやいや、お前は十分役に立ってるじゃないか。それに身長もあるから、高い所も出来てるし……なんか俺、ここ最近で一番へこんでるかも。こんなんで俺、一人でやろうとしてたんだぜ。恥ずかしすぎるだろ」


「副長らしいですね」


 そう言って五百旗頭いおきべが微笑む。


「苦手な物と真剣に向き合う。そして自分に足りない物は何か考え、学び、挑戦する。その繰り返しが技術を上げていくんですよ。

 私も若い頃、いつも父に叱られてました。父が言うには、我が子とは思えないぐらい不器用だったらしくて。でも繰り返していく内に、父の真似事ぐらいは出来るようになりました」


五百旗頭いおきべさん、次にこう言う機会があったら、俺にも声かけてくれませんか? 今度は俺、手伝いに行きますんで」


「手伝い、ですか」


「お願い出来ませんか。このままで終わるのは俺、悔しいんで」


「流石ですね。だから副長は、失礼ですがその若さでラインを見守る立場につかれたんですね」


「そうっすよ。副長は俺のヒーローっすから」


「いや篠崎、今日の俺にその言葉は勘弁だ」


「なんでっすか。ほんとのことじゃないっすか。ねえ三島さん」


「いえ、信也くんは王子様です」


「いやいや早希、それはまた違う」


「はっはっは、少しでもお役に立ててよかったです。それで副長、引っ越しはいつされるんですか」


「あ、はい。盆休み初日にしようと思ってます」


「そうですか。じゃあ盆は新居でゆっくり出来ますね。盆休みのご予定は?」


「まさかの婚前旅行っすか?」


「なんでだよ。仮にそうだとしても、お前には言わんから安心しろ」


「何でっすか。それで三島さん、どこか行かれるんすか?」


「お墓参りに行こうって、信也くんが言ってくれたんで」


「墓参りっすか。そうっすね、ご先祖様に結婚の報告って大事っすからね」


「父と母、それからおばあちゃんのお墓参りなんです」


「……え?」


「あ、いや……早希はご両親を早くに亡くされてるんだ。親代わりだった祖母も亡くなっててな」


「……なんかすいませんっす、三島さん」


「いえ、気になさらないでください。別に隠してた訳でもないので」


「いや、それでもっす。俺、すぐこうやって調子にのって、空気壊しちゃうんす」


「いやいや篠崎、へこむなへこむな。早希の言った通りだから」


「駄目っす……俺、こうやっていっつもみんなに気を使われて……やっと今日、副長の役に立ててるって思ってたのに、またこうやって……副長、三島さん、それから五百旗頭いおきべさんもすいませんっす!」


「だから篠崎さん、気にしてませんから頭上げてください。ほら。まだご飯、いっぱいありますよ」


「それじゃ駄目なんす! 俺、いっつもこうなった時、みんなに逆に気を使われて……だからいつまで経っても治らないんっす! 三島さん、なんか俺に罰、与えてほしいっす!」


「罰ってそんな」


「そうだぞ篠崎。そんな大袈裟な」


「いいじゃないですか」


五百旗頭いおきべさん?」


「それで篠崎さんの気が済むのなら、そうしてあげるべきです。三島さん、篠崎さんのためにも、何か罰を考えてあげませんか」


「お願いするっす!」


 篠崎が頭を下げたまま訴える。


「罰って言っても……信也くん、何か思いつく?」


「おんぶしてもらうとか?」


「それはデートの時の罰ゲームでしょ」


「ほほぅ、副長は三島さんをおんぶしたと」


「ほらー、五百旗頭いおきべさんが信じちゃったじゃない。あ、そうだ。じゃあ篠崎さん、私ずっと聞きたいことがあったんです。それに答えてもらえますか?」


「なんでもどうぞっす! なんでも答えるっす!」


「篠崎さんって、どうしてそんな喋り方なんですか?」


「え?」


「あ」


 こいつ、地雷踏みやがった。信也はそう思った。



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