第31話 男たちの祝福


 昼休み。

 信也の職場は各ラインに休憩所があり、そこで昼食をとる作業員がほとんどだった。

 外の喫煙ブースで一人、パンをかじっていることが多かった信也だったが、早希の説得もあり、最近はここで一緒に食べるようになっていた。

 早希が作った弁当を広げるたびに、篠崎は勿論、他の作業員たちも冷やかしてくる。

 早希は「みなさんもよければどうぞ」と、作業員たちにも勧めていた。





「あれ? お茶どこっすか?」


 いつも早希が持ってくる、やかんが見当たらない。


「三島さん、まだみたいっすね。ちょっと取ってくるっす」


 そう言って篠崎が扉に向かった時、やかんを持った早希と作業長の吉川が一緒に入ってきた。


「すいません、遅くなりました」


 早希が作業員たちにお茶を入れて回る。

 そして最後に信也の湯飲みに入れると、いつものように隣に座った。


「あーみんな。食べながらでいいんで、ちょっと聞いてくれるか」


 吉川の言葉に、皆が手を止める。


「今、三島から報告を受けたんで、みんなにも伝えておこうと思う。このたび紀崎と三島が、めでたく婚約したそうだ」


「……」


 吉川の言葉に、信也は固まったまま箸を机の上に落とした。

 作業員たちも静まり返り、そして目線を吉川から二人へと向けた。


「え……」


 篠崎の漏らした声が合図となり、作業員たちが大きく息を吸い込む。


「えええええええっ!」


「何いいいいいいっ!」


 狭い休憩室に、男たちの咆哮が響き渡った。


「なななな、なんすかなんすか副長! 婚約って、どういうことっすか!」


「おい紀崎! おどれ三島と付き合いだしたん、先週やったんちゃうんかい!」


「何がどないなったら、こないな展開になるんじゃい!」


 各々が好き勝手に吠える。

 吉川は報告を済ませると一人、涼しい顔で弁当を食べだした。


「紀崎おどれ、俺らのアイドルをよくも」


「いやいや浜さん、アイドルって古すぎるでしょ」


「じゃかましいわいこの猿っ! 三島っちはこのラインの癒しなんじゃ!」


「おどれ、誰の許しで三島と婚約しとるんじゃい!」


「ナベさんナベさん、とにかく落ち着いてくださいって。おい早希、お前も何しれっと笑ってるんだよ。何とかしろよこの状況」


「早希だぁー? おら紀崎、おどれうちの可愛いマスコットに手ぇ出して、どない落とし前つけてくれるんじゃい!」


「何とか言わんかいこのガキ、いてこますぞっ!」


「パクパクパクパク、三島の料理食いやがって」


「いやいやそれ、ただの八つ当たりですやん。それに森さん、マスコットも大概古いと」


「突っ込むことしか出来んのかこのエテ公っ! この落とし前、どないつけてくれるんじゃ!」


 信也は慌てて両手を上げ、鬼の形相で詰め寄る作業員たちを制した。


「早希……三島さんは、俺が幸せにします!」


「ほんまかっ!」


「はいっ!」


「泣かしたらどないけじめつける気じゃ!」


「泣かせません!」





 篠崎が信也の手を握る。


「副長、おめでとうございますっす! 三島さんもおめでとうっす!」


「……ああ、ありがとな」


「篠崎さん、ありがとうございます。私、絶対に幸せにしてもらいますから」


「上等じゃいっ!」


 古参の作業員、渡辺が吠えた。


「紀崎の誓い、ここにおる全員が言質とった! わしら全員が証人じゃ! こいつが三島を泣かさん限り、応援したろやないか!」


「ええぞええぞ、よっしゃ、今日は宴会じゃ!」


「あ、いや、それはちょっと」


「なんじゃい紀崎、わしらとは祝いとぉないっちゅうんかい」


「そうではなくて実は今日、実家に挨拶しに行くんで」


「なんや紀崎、まだ挨拶しとらんかったんかい」


「こんなんで大丈夫なんか、三島」


「大丈夫です。私今、すっごく幸せですから」


 そう言って信也の腕にしがみついた。


「お、おい早希」


 殺気。

 信也の額に汗が流れる。


「紀崎おどれ……神聖な職場で、何さらしてけつかるんじゃい」


「エロい顔しやがって、このハナクソが!」


「ちょ……みなさん顔、怖いって」


「いてまえっ!」


 狭い休憩室で、男たちの怒声が鳴り響く。

 他のラインの作業員たちも、何事かと足を止めて部屋を覗く。


「おーいお前らー、紀崎をしばくのは構わんけど、さっさと食わんと昼休み終わってまうぞー」


 吉川がそう言わなければいつまでも続いた、そんな賑やかな昼休みだった。





「あの……早希さん?」


「どうしたんですか、副長」


 喫煙所で煙草をくわえた信也が、恨めしそうな視線を早希に向ける。


「お前……分かってやってるだろ、こういうの」


「だって信也くんに任せてたら、いつまで経っても言いそうにないもん。職場での隠し事は駄目なんですよ」


「にしてもお前、こういう時は何でこう、フリーダムに動くんだよ」


「いいじゃない。これで会社公認の仲。こそこそする必要もなくなったし」


「そうなんだけど……ててっ、浜さん、マジで蹴ってきたよな」


「いい人たちだよね。それに信也くん、本当に愛されてる」


「そうか? 俺は猛獣の檻の中に放り込まれた気分だったぞ」


「ふふっ、食べられなくてよかったね。でもよかった、みんな喜んでくれて」


「まあ……口は悪いけど、みんないい人だからな」


「そうだね。出来たらみんなに来てもらいたいな、結婚式」


「式は来年の6月2日、早希の誕生日。日曜だからな、お願いしよう」


「入籍は3月9日。信也くんの誕生日」


「それまでに、引っ越しも済ませて落ち着かないとな」


「がんばろー」


 早希が幸せそうに微笑み、手を上げた。信也も照れくさそうに手を上げ、


「おー」


 そう小さく言った。



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