第30話 今日の信也くん、かっこよかったよ
風呂上がり、二人は窓から神崎川を眺めていた。
ご機嫌な様子の早希に、信也が微笑む。
「楽しそうだな、早希」
「あー、信也くんとぼけてる。なんか白々しい」
「そんなことないけど。で、なんでそんなにくっついてくるのかな」
「くっつきたいから。これからずっと離さないけど、今も離れたくないの」
「そっか。まあ、早希がしたいならいいよ」
「この腕は私の物です。信也くんの許可なんていりません」
「これは俺の腕だ」
他愛もない言葉を紡ぎ合う喜び。
こんな日が来るなんて、考えたこともなかった。
しかし今。その幸せに身を委ねている。
昔の俺が見たら、きっと笑うだろうな。そう思った。
「聞きたいことがあるんだけど」
「何かな。今日の私はご機嫌だから、何でも答えてあげるよ。スリーサイズ? 体重?」
「それも中々興味深いけど、それはひとまず置いといて。どうしてそんなにこの川が好きなんだ? 俺も気に入ってるけど、流石にそれ基準で家を探すほどではないからな」
「この川って、流れもゆったりしてて、すごく穏やかでしょ。見てて落ち着くの」
「確かにのんびりしてるけど」
「この川、信也くんみたいなの」
「俺?」
「うん。堤防に行った時に感じたの。ぽかぽかした陽気の下で、まったりと出来る場所。水の音も聞こえないぐらいゆっくり流れてて、私を優しく包み込んでくれる。見守ってくれる。
それって、いつも私が信也くんからもらってる物。マイペースでのんびりしてて、朝に弱くて人間不信で、あったかくて肌がぷにぷにしてて」
「待った」
「何?」
「途中から川と関係ない話になってる。と言うか、しれっと嫌味を入れるのやめてくれ」
「そうやって、ちゃんと突っ込み入れてくれるところも大好き」
そう言って頬ずりしてくる。
「このぷにぷにほっぺ、気持ちいい。私しか知らないんだよね、この感触」
「それで? ほっぺたは置いといて、この川は俺なの?」
「そうだよ。優しい川、信也くんの川。神崎川大好き」
「地元の人が聞いたら、泣いて喜びそうだな」
「信也くん」
「何?」
「今日のこと、夢じゃないんだよね。私、信也くんとこれからも、ずっと一緒にいられるんだよね」
「一世一代のプロポーズ、いきなりで悪かったと思ってる。でも俺の本心だから。早希こそどうなんだ? 今なら引き返せるけど」
「もぉっ」
早希の肘が脇腹に入る。
「またそういうこと言う。せっかく幸せな気分に浸ってるんだから、壊さないでよね。
子供の頃からの夢だった、大好きな人との生活。それが叶うんだよ? これ以上の幸せなんてないんだから」
「昔、姉ちゃんの結婚式で主賓の人が言ってた。今お二人は、これ以上の幸せはないと思ってるかもしれません。でもそれは違います。これからもっと、幸せにならないといけないんですよって。それを聞いた時、なるほどなって思ったんだ。だからその言葉、早希にも贈るよ。
今の幸せなんて、これからの幸せに比べたら全然小さい。俺たちはこれから、もっともっと幸せになるんだから」
「……」
「どうした?」
「……かっこよかった」
「え?」
「今の信也くん、かっこよかった。ときめいてしまった」
「また俺、恥ずかしいこと言った?」
「ううん、嬉しい。信也くん、絶対幸せになろうね」
「ああ」
早希の肩を抱き寄せる。
「婚約指輪、どうしようか」
「指輪かぁ」
「プロポーズなんてまだまだ先のことって思ってたから、用意どころか考えてもなかった。でもこういうのって、やっぱりあった方がいいだろ?」
「う~ん……別にいいかな」
「でもそれって、女の夢じゃないのか?」
「結婚指輪もする訳だし、勿体ないよ」
「案外現実的なんだな」
「だって信也くん、私の為に家まで買ってくれたんだし。これからのこともあるし、節約しないと」
「じゃあ、ペアリングでも見に行こうか」
「その方が嬉しいかも」
「決まりだな。あとは引っ越しの日を決めないと」
「だよね。掃除して、家具も揃えて」
「その前に、壁だけでも貼り替えないか? 他は結構綺麗だったけど、壁だけがちょっと気になったんだ」
「この家よりは綺麗だったでしょ」
「ここと一緒にするな。早希と住むんだから、少しでも過ごしやすい家にしたいんだ」
「ありがと。でも信也くん、壁紙とか貼れるの?」
「とりあえず調べてみるよ。無理だって思ったら、業者に頼むかもしれないけど」
「じゃあそれは信也くんに任せるよ。あとは家具だね。折角だし、色々見てみたいな」
「いいよ。一緒に見に行こう」
「うん」
「それから早希」
「何?」
「明日か明後日、実家に行かないか」
「信也くんの実家に?」
「うん。母ちゃんと姉ちゃんに紹介したいんだ。俺の嫁さんになる人だって」
「……」
「姉ちゃんには今更って感じだけど、でもこういうのって、ちゃんとしてた方がいいだろうから。早希の為にも」
「……ありがとう。信也くん、今日は本当にかっこいいよ」
そう言って頬にキスをする。
「私はいつでもいいよ」
「分かった。じゃあちょっと待ってて」
信也が携帯を取り、知美にメッセージを送る。
早希はその間に窓とカーテンを閉め、信也を背中から抱き締めた。
「早っ、もう返ってきた。明日来いだって」
「じゃあ今日は早く寝ようか。信也くんの布団に行ってもいい?」
「いいよ、おいで」
電気を消した早希が信也の布団に潜り込む。
ぷはあっ、と声を上げて顔を出す仕草は可愛かった。
「早く寝ないとね。でも……ちょっとだけならいいよね」
「ああ、まだちょっと……いいかな」
二人はそのまま抱き合い、何度も唇を求め合った。
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