第12話 林田姉妹


 信也の言った通り、少し歩いたところが目的地だった。


「すごい……」


 川の間に岩が並び、激しく水に叩きつけられている。

 水面がきらきらと輝いていて、まるで宝石のようだった。

 早希は声を上げながら、天に向かって両手を捧げた。


「どうかな、あやめちゃん。俺のおすすめは」


 そう言った信也の背中に顔をうずめ、あやめが小さくうなずく。

 目の前に、川を横切るように岩が出っ張っていた。そこにあやめをそっと下ろす。


「俺が一番好きな場所がここ。ここで吸う煙草が最高にうまいんだ」


 そう言って笑った信也に、あやめも恥ずかしそうに微笑んだ。


「でも信也くん、今は駄目だからね。未成年の女子の前で煙草なんて、私が許しませんから」


「分かってるよ。俺もそこまで空気読めない訳じゃない」


 そう言って、信也もあやめの横に腰を下ろした。


「隣、大丈夫だった?」


「うん、大丈夫……」


「ここでぼーっとするのが好きなんだ。煙草吸いながら川を見て、そして吸い終わったら寝転ぶ。天気もいいし、そのままよく寝てしまうんだけど、これが最高に気持ちいいんだ」


「あの……」


「何?」


「寝転がって、いいよ」


「いや、今はあやめちゃんたちもいるし」


「私も寝転がるから」


 そう言うとあやめは、足をぶらりとさせたまま寝転がった。


「あ、あやめ、お日様大丈夫なの?」


「うん。今は気分、いいから」


「お日様?」


「あ、はい……この子、太陽アレルギーっていうか、頭痛持ちなんです。強い光を見たら、すぐに頭が痛くなって」


「多分今日は大丈夫。お薬も持ってきてるし……と言うか、こうしたいかも」


「じゃあ俺も」


 信也も両手を伸ばし、勢いよくあやめの隣に寝転がった。


「気持ちいいなあ」


「うん……気持ちいい……」


 流れる水の音に耳を傾け、信也とあやめが気持ちよさそうに目を閉じた。





「信也くん、そろそろ起きて」


「ん……」


 目を開けると、目の前に早希の顔があった。


「どわったっ! な、なんだ、早希か」


「早希か、じゃないよ。もう、ほっといたらいくらでも寝るんだから」


「え?」


 隣で眠っていたあやめも、姉のさくらに促され、眠そうに目をこすっていた。

 時計を見ると、横になってから小一時間ほど経っていた。


「ぬおっ! ご、ごめん早希、ついいつもの癖で!」


「別にいいよ。今日は信也くんが楽しんでるのを見にきたんだから。それに信也くんたちが寝てる間、ずっとさくらさんとお話ししてたし」


「そうなのか……さくらさんも、すいませんでした」


「いえ、こちらこそ。あやめがこんなに気持ちよさそうに寝てるの、久しぶりに見れましたので」


 さくらがそう言って、あやめの頭を撫でる。


「もういい時間だな。さくらさんたちはどうされます? よかったら一緒に戻ります?」


「私も、そろそろとは思ってるんですが」


「ここまで関わらせてもらったんです。最後まで付き合いますよ」


「でも」


 返事に困っているさくらの服をつかみ、あやめが耳元で「お願い、お姉ちゃん」と囁く。


「すいません。では、よろしくお願いします」


「分かりました。あやめちゃん、つかまって」


 照れくさそうに小さくうなずき、あやめが信也の背中に体を預けた。


「そう言えば信也くん、石はいいの?」


「ん? ああそうだな、今日は早希にここを見せるのが目的だったし。それに基本、よっぽど気にいらない限り、持って帰らないって決めてるんだ。じゃないと家の中、石で埋まってしまうから」


「なるほど、確かに」





 JR高槻駅に着いた4人が、名残を惜しむ。


「今日は本当にありがとうございました。今度是非、お礼に伺わせてください」


 そう言って何度も頭を下げるさくらに、信也も恐縮する。


「私たちも楽しかったです。またこうして、一緒に遊びたいですね」


「はい、是非」


「じゃあ、俺たちはこっちなんで。さくらさんたちも、気を付けて帰ってくださいね」


 そう言った信也の服の裾を、あやめがつかむ。


「あやめちゃん? ええっと、どうかしたかな」


 腰を屈めて視線を合わすと、あやめが顔を真っ赤にしながら、信也の耳元で囁いた。


「ありがとうございました。その……お兄さん……」


 その言葉が、信也の心臓を打ち抜く。


「お、お兄さん……だと……」


「あー、信也くんはそっち方面がお好みだったんですかー。やだやだ、どうして男はこう、妹に弱いんでしょうねー」


「いやいや、そんなんじゃないから」


「どうだかー」


「またね、あやめちゃん」


 そう言って信也が手を振ると、あやめも嬉しそうに手を振った。



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