第13話 ひきこもり少女、あやめ


「信也くんが寝てる時」


 林田姉妹と別れた後、二人は駅前の喫茶店に入っていた。


「えーとそれは、嫌味の話でしょうか」


「違うって。信也くんとあやめちゃんが寝てる時ね、私、さくらさんと色々話してたの。

 さくらさん、淀屋橋の方で働いてるらしいんだ。家もそっちの方だって」


「一人暮らしなんだ」


「うん、そう。でね、正月に実家に帰ったら、あやめちゃんが部屋に閉じこもっていたんだって」


「……そうなんだ」


「あやめちゃん、学校でいじめにあってたらしいの」


「……」


 いじめというワードに、信也が少し嫌な顔をした。


「結構酷かったらしくて、去年の7月頃から学校に行かなくなって。結局そのまま休学で、今年から2度目の2年生らしいの」


「と言うことはあやめちゃん、本当なら高校3年なのか」


「そうなの」


「そっちの方に驚くな。あの子には悪いけど、最初中学生かなって思ってたから」


「私も。体も小さいし、お人形さんみたいだもんね」


「だな」


「それでね、さくらさん、両親に怒ったんだって。なんでもっと早く教えてくれなかったんだって。さくらさんとあやめちゃん、昔からすっごく仲良しの姉妹だったみたい」


「それは見てて分かったよ」


「それから休みのたびに、あやめちゃんに会いに実家に戻るようになったんだって。あやめちゃんもさくらさんには心を開いてるから、部屋で一緒に過ごしてるみたい。

 それで今日、さくらさんが説得して、久しぶりにあやめちゃんを外に連れ出したの。無理させるつもりはなかったけど、少しずつでもいいから、外に出る習慣をつけさせてあげたいって思ったらしいの。

 行きたい所に連れて行ってあげるって言ったら、あやめちゃん、いろいろ自分で調べて、摂津峡に行ってみたいって言ったんだって。だから今日、二人に会えたのはすごい偶然なんだ」


「そうだったんだ。でも一年近く引きこもってた女の子に、摂津峡は過酷だったろうな」


「だよね。足も挫くと思うよ。さくらさんも、山道があんなに険しいことまでは分からなかったみたい。だってネットとかじゃ、観光スポットの写真しかないから」


「わざわざ暗くて足元の悪い道なんて、誰もアップしないからな。舗装された遊歩道、ってぐらいに思ってたんじゃないかな」


「だから信也くんには本当、感謝してたよ。あんな楽しそうなあやめちゃん、久しぶりに見たって」


「そっか。何にせよよかったな。これがきっかけで外に出れるようになったら、さくらさんも安心するだろうし」


「さくらさん、あやめちゃんと二人で暮らしたいって言ってた」


「そうなのか」


「うん。ご両親も二人が仲良しだって分かってるし、そうしてあげられないかって言ってるそうなんだ。

 さくらさんが実家に戻ることも考えたらしいんだけど、実家は神戸の方だから、通勤のことを考えたらちょっと難しいみたい。だから今、大阪市内とかで探してるらしいよ」


「じゃあこっちに越してきたら、また一緒に遊べるな」


「だから今日、連絡先も交換したんだ」


「早希も友達が出来てよかったな」


「今日一日、色んな意味でかなりの収穫でした」


 早希が微笑む。

 そして本題とばかりに、信也の顔を覗き込んだ。


「それでどうですか、信也くん」


「何が?」


「私の告白、受ける気になりましたか」


「いやいや、昨日の今日で変わらないから。て言うか、昨日ちゃんとお断りしたと思うけど」


「昨日と今日は違う日なんです。信也くん、私の話、ちゃんと聞いてた? 私言ったよね。昨日よりも今日、今日よりも明日って」


「そんなこと言ったっけ? どっちにしても、人の気持ちは一日二日じゃ変わらないよ」


「そんなことない。私は今日信也くんといて、昨日よりずっと好きになったんだから」


「そんな展開なかったろ」


「寝顔、可愛かったよ」


「寝顔かよ」


「それだけじゃない。今日もいっぱい発見があった。私が疲れた顔をしたらすぐに休憩してくれたり、私の歩幅に合わせて歩いてくれたり」


「それって普通のことだと思うけど」


「私には全部嬉しかったの。もうっ、私がこれだけ想ってるのに、なんで分かってくれないのよ」


「早希の気持ちは分かってるつもりだよ。でもごめん、俺は早希とは付き合えない」


「私と? 女の人と?」


「……」


「信也くん。昨日も言ったけど、私が好みじゃないならそう言ってほしい。なら私も考えるし、一旦引き下がるかもしれない。好みの女になれるよう、自分磨きを始めるかもしれない。

 でも、人と接したくない、そんな理由なら納得出来ないよ」


「……」


「私は信也くんの、本当の気持ちが知りたいの。お願い、教えて」


「今日の早希の言葉を借りると」


「え?」


「早希、デリカシーに欠けてるぞ」


「ええっ? なんで? なんでそうなるの?」


「……今から話すのは、かなり俺の踏み入った所だから。出来れば早希の中にしまっておいてほしい。本当はこの話、あんまりしたくないんだけど……このままだとエンドレスになりそうだから。正直に話すよ」


「……お願いします」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る