コンビニにて
美佐子は「お風呂上がりのアイス食べたーい」と、甘ったれの娘におねだりされ、夜の10時にコンビニに行くのに付き合ったとき、店内放送で若い女性タレントのナレーションを聞いた。
内容は新商品の紹介で、聞き取りづらいというほどでもない、ごくごく普通のものだったのだが、肝心の名乗りのところがひどかった。
「皆さん!ごきげんいかがですか?クザンナです」
美佐子の耳にはこう聞こえた。
例えばロザンナ(ロザナ)、スザンナ(スザナ)などの外国人女性の名前は日本でもおなじみだ。そういう名前の一種かと思ったが、ただでさえ若い芸能人に疎い美佐子は、「クザンナ」などというタレントを知らなかった。というか、カタカナ表記とはいえ「クザンナ」という名前は、正直美しいイメージを持ちにくい。
何となくだが、偉大な哲学者ソクラテスのおかげで、世界一有名な悪妻になってしまった
店を出てからでも、娘に聞いてみようかな?と思いつつ、雑誌コーナーでファッション誌を見て自己解決した。
表紙で白い歯を見せて笑う快活そうなお嬢さんの名前は――「
そう思って“分解”して聞いてみると、なるほど、「久世アンナ」とちゃんと認識できる。
◇◇
こういうことは本当に多い。
なぜか自分の名前を名乗るとき、異常なほど雑になる人がいるのだ。
これは例えば「しゃべり」を商売としている声優、アナウンサーなどでも同様である。
タレントの場合、顔がよく知られていたり、知名度が高い人ならば、多少雑に発音されても、脳内補完で「正しく」認識できる。
また、無名だったとしても、テロップで表記を見て分かったりすることもある。
どちらにしても、ビジュアルが加わって初めて理解できるということだ。
自分の名前は自分にとって当たり前のデータだから、そうそう強めに意識して言うことがないからだよなあ…と、美佐子は常々苦々しく思っていた。何なら最も力を入れてほしいぐらいなのに。
そんな中、「カッコウ」の潔さは称賛に値する。
名前自体は人間が人間の都合で付けたテキトーなものとも言えるのだが、誰が聞いても「カッコウ」だからの「カッコウ」なのだ。
しかし、例えば
美佐子は鏡をのぞき、自分のたそがれた年齢に似合いの容姿を確認し、「まあ私なら大丈夫だろう(今更卵は産めなそう)」と、空しい安堵を覚えた。
かつてある有名な詩人の妻が「本当の空がある」と言った福島県の片隅で、初老女が妄想する、あどけない鳥の話(次ページの「おまけ」参照)である。
**
これは実話ベースのため、実際に「??」となった人名も、ファッション誌の表紙モデルも実在のものですが、ご本人の名誉のために伏せたいと思います。
【了】
この後、「おまけ」があります。
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