初夏のおとずれ


 南東北、福島県郡山市の市鳥は「カッコウ」である。


 といっても、全国の自治体でこの鳥をシンボルにしているところはかなりあるのではないか。

 きちんとまとめた資料こそ確認できなかったが、検索等で拾い読みしただけでも、札幌や仙台などの政令市クラスから小さな町村まで、多岐にわたると思われる。

(ちなみに、都道府県鳥のデータではなぜかゼロ)


 郡山市では90年代から「カッコウ調査」というものが行われていて、小中学生、そしてその年代の子供を持つ保護者にはおなじみのものだ。市の南部在住で、2人の子供を持つ柳原美佐子もその1人だった。


 毎年5月の下旬頃になると聞こえるあの声に「もうそんな季節か」と、一瞬だがほっとさせられる。

 住んでいる地域の差もあるだろうが、毎年6月10日は前述の「カッコウ調査」の日なのに、この日に限ってなかなか鳴き声を聞くことができないというのも、もはやお約束だ。


◇◇


 改めて、郡山は福島県の中央部に位置する市である。

 福島は2011年3月以前は、ただの地味な田舎県だったはずである。

 しかし、3月11日を境に、「Fukushima」の地名は世界的に有名になってしまった。

 それも残念ながら、Fame名声ではなく、Notoriety悪名の方でだ。

 

 東日本大震災、大津波、それに起因する東京電力福島第一原発事故を抜きに語れない土地になってしまったのだ。

 郡山市は原発からは60キロも離れたところだし、原発周辺から避難してきた人たちも多く暮らしているくらいだが、それでもフクシマは、トーホクは、ヒガシニホンはもうおしまいだと、声ばかり無駄に大きな人たちから責めるように言われ、むしろ事故の後、放射能の被害を忌避し、郡山を去った人もそれなりにいた。

 美佐子はその選択じたいを責める気はないが、逃げた先で今度は「フクシマ」を攻撃する側に回っているとしか思えない人々には、正直辟易していた。


 2011年あのとしの初夏も、ここ郡山ではカッコウの声は変わらず確認できた。

 地震被害も、わずかに増えた放射線量もどこ吹く風だったらしい。


◇◇


 ところで、カッコウという鳥の姿かたちを見て「あ、カッコウ」と確定できる人は少ないのではないか。

 何しろ「托卵たくらん(**下記注)」という、人間界で使うと禍々しい意味を持ってしまう独特の習性があり、巣を作らないことはよく知られている。


 その一方で、生物多様性の指標と言われたり、何かとイメージが良い鳥なのだが、多くの人にと何といってもではないか。


 美佐子は速記士の経験を経て、長いこと音声の書き起こしの仕事を続けてきたので、言葉というか「耳から入ってくる音」に並々ならぬ関心を持ってきた。

 音声認識技術も徐々にも上がってはいるものの、まだまだヒトが耳で認識して入力するというスタイルの作業には需要があるようだ。

 美佐子は常々、「人が聞き取れない音を、キカイが聞き取れるわけないじゃん」というスタンスで仕事をしてきたので、少なくとも自分がこの仕事をしているうちは、全部取って代わられることはないだろうなと思っている。


そんな美佐子が、「カッコウ」の鳴き声に関心やこだわりがあるのは、しごく当然かもしれない。


 何しろ名前だ。


 聞こえたとおりの鳴き声が、そのまま鳥の名前になっている。

 そしてこれは、日本以外の言語でも同じらしい。

 例えば英語ではCuckoo、フランス語ではCoucou、ドイツ語ではKuckuckということだから、日本語で認識される音との乖離もあまりなさそうだ。


 美佐子はカッコウの、妙に音の輪郭がしっかりした鳴き声を聞くたびに、「人間もアレくらい明瞭にしゃべってくれたらいいのに」と思っているほどだった。



**

托卵

本来の意味は、動物(鳥類・爬虫類など)が自分の卵やヒナの世話を他の個体に任せること。

転じて、人間の女性がパートナー以外の男性との間に子をもうけ、パートナーに「あなたの子供である」とうそをついて育児の任を負わせる意味で使うこともある。

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