四 猫の仕返し

 この寮は、広い南表の庭に面した南東の玄関の土間の左に、広い板の間とその奥に居間がある。居間を囲んで三方に座敷がある。玄関の土間の奥の左手は台所だ。風呂は土間の奥にある。厠は家の北西にあり、土間の奥の廊下から行くか、居間の南の外廊から家の西の外廊下をまわって行くかである。

 居間を出た建造は外廊下へ歩いた。外廊下に立つと周囲の雑木林は静かだ。雑木林を横目で見て、いつも悪さをする野良猫がおらぬか、様子を伺いながら、建造は外廊下を厠へ歩いた。


 厠への外廊下に黒猫がいた。建造が邪険にした猫だ。

「金子の工面はできたか?」

 と黒猫が言ったような気がした。

「なんだとっ!ネコのくせに抜かすんじゃねえっ!」

 建造は懐から匕首を抜いて猫の前で振りまわした。

 すると、何かが飛んできて腹で割れ、建造の股間を濡らした。同時に猫が建造の股間に飛びついて前の両脚の爪で建造の股間を引っ掻いた。

「ギャアッ!」

 建造の絶叫に、鳥が雑木林から飛び立った。


「どうしたあっ!?」

 だだだっと外廊下に足音が響いた。

「なんだっ!?どうしたっ!?」

 梅が厠に駆けてきた、と同時に何かが飛んできて梅の頭と顔にぶつかって割れ、液体が降り注いだ。

「なんだあっ!こりゃあっ?」

 梅がそう喚くと同時に、黒猫をはじめ、数匹の猫が梅と建造に飛びかかった。いつも、建造と梅から虐待されている猫たちだ。猫たちは梅の顔を引っ掻き、建造の股間を引っ掻いた。


「一物を引っ掻かれた男と、顔を引っ掻かれた女。筒持たせはやめるんだな。

 筒持たせで奪った金子、奥座敷の床の間の地袋にある隠し棚から、全て頂いた」

 外廊下に面した雑木林から、森田が出てきた。

 森田の横には、始末を依頼した依頼主、呉服屋有村屋宗右衛門がいる。

 宗右衛門は栓をした数本の薄手の徳利を持っている。中に詰まっているのは、濃いマタタビ酒だ。宗右衛門は二人に全ての徳利を投げつけた。二人に当たった徳利は砕け、二人はずぶ濡れになった。

「旦那。二人とも、猫と仲良しってもんですぜ」

「宗右衛門も、仲良しになるか」

 森田は、猫にまとわりつかれている二人を見てそう言った。

「いえいえ、あっしは遠慮します」

「おぬしの得意先の被害分、十両も得た。帰ろう」


「くそったれっ。憶えてろよっ」

 建造が喚いた。

「私は、墨田村の始末屋、森田だ。我ら始末屋を相手にしたくば、墨田村の白鬚社に参れ。いつでも、相手を致す」

 墨田村の始末屋と聞き、建造と梅は震え上がった。

 森田の始末屋仲間は五人。皆、手練れだ。その筋で、居合いの達人石田が率いる手練れの始末屋を知らぬ者はいない。


「今後、悪さをすれば、一物が消え、顔の一部が消えることになる。

 刺客を放つなど考えるな。我らに刺客を放った者たちの末路を知っておろう。

 我らの背後に、北町奉行所が付いているのをも忘れるでないぞ。

 筒持たせの件、北町奉行所に報告しておく。

 近いうちにまたここに来る。身の振り方を考えておけ」

「ワッ、わかったわさ。筒持たせはやめる。刺客もやめる・・・」と梅。

「では、帰ろう」

 森田は宗右衛門と共に雑木林に消えた。


「姐御。すまねえ。えれえ相手を引きずり出しちまった」と建造。

「なんとか、仕返ししたいもんだわさ・・・」

 梅はそう言って考えこんだ

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