五 与力の考え
森田と宗右衛門は、根岸から北町奉行所へ行った。
与力の詰め所で、与力の藤堂八郎に会い、筒持たせの加害者、梅と建造が根岸の寮にいるのを報告した。藤堂八郎は直ちに同心たちと捕り方を根岸の寮にさし向けた。
「今からでは捕縛できるか否かはわからぬが、猫の爪には病毒がある。顔を傷つけられた梅と言い、一物を傷つけられた建造と言い、今後、其奴らは筒持たせできまい。
それに、報復を考えておろう・・・」
藤堂八郎は、建造と梅の今後を懸念している。
「いかにも、私もそう思います」と森田。
「北町奉行所に、他の店からも苦情が届いておるゆえ、宗右衛門さんの有村屋をはじめ、呉服町界隈を密かに警護し、様子を見ようと思う」
藤堂八郎は宗右衛門の様子を見定めている。何か気になる事があるらしい。
「ありがとうございます」と宗右衛門。
「して、筒持たせで脅された者たちが払った金子を取り戻したのですか」
藤堂八郎は、筒持たせで強請られて奪われた金子の行方に余念がない
「はい、ここに・・・」
森田は根岸の寮から持ってきた金子から、始末屋の取り分を十両と宗右衛門の得意先の被害額の十両を取り、残りの数十両を与力の藤堂八郎に渡した。
「しかし、困ったものよ。筒持たせは不義密通の騙りとは言え、嵌められた者たちは不義密通の当事者だ。店からの苦情は来るものの、店は、嵌められた者を、つまり不義密通した者の名を明かさぬ。嵌められた者も訴えては来ぬ・・・」
「では、この金子、如何になりましょうや」
「筒持たせをしておった梅と建造が強請った金子ゆえ、北町奉行所が預かるが、強請られたと言って被害を届ける者は出て来はすまい・・・。
とは言え、これで、呉服町界隈の筒持たせは成りを潜めるだろうが、梅と建造を捕縛せんことには、森田さんへの報復の懸念は消えぬな・・・」
藤堂八郎は溜息ついて困り顔になった。
「建造も梅も手傷を負っています。二人が報復するのは無理でしょう。
二人が刺客を依頼した折は直ちに北町奉行所に知らせるよう、知り合いの手練れの浪人たちに状況を伝えますゆえ、何かあれば、北町奉行所に知らせがあるでしょう」
「うむ、そうは言っても、飛び道具などを使われたら堪らぬゆえ、くれぐれも用心致せよ」
「はい、用心致します」
「それと、宗右衛門さん。筒持たせされて強請られた金子は、北町奉行所で預かっておるゆえ、強請られた店の客に、
『北町奉行所に訴え出て、強請られた金子を受け取るように』
と私が話していた事を伝えなさい」
「へい、承知致しました。では、私どもの店で被害を受けた得意先の被害額の十両は、藤堂様にお預けいたします」
藤堂八郎の指示に宗右衛門は、いったん懐に入れた金子を再び取りだして、藤堂八郎に渡そうとした。
「まだ、話は終わっておらぬ。
先ほども述べたように、筒持たせと言えど、強請られた者たちは不義密通の当事者の間夫ゆえ、名乗り出ればそれ相応の咎を受ける。それを知っておるゆえ、名乗り出はせぬ。
その方の十両、此度の建造と梅を懲らしめた褒美として、その方が持っているが良い」
「えええっ、誠でございますか」
宗右衛門は驚いている。
「森田さんは、始末の依頼金として受け取ったな」
藤堂八郎は森田に確認した。
「いかにも、頂きました」
「では、同心たちの帰りを待つとしよう」
「はい、では私たちはこれにてお暇致します」
「待たれよ。いまひとつ、訊きたい事があった・・・」
「なんでしょう」
「小梅の水戸徳川家下屋敷へ連れて行き、建造を嵌めた女は誰か?教えてくれぬか」
「はい、宗右衛門の妹のお喜代ですが、それが何か」
「よくぞ囮を買って出たものだ、と思うたのだ。気丈よな。
宗右衛門さん。金子の五両を、事件解決の礼だ、と言って、妹のお喜代に与えよ」
「へい、承知いたしました」と宗右衛門。
「森田さん。金子が妹のお喜代に渡るのを確認してください」
「わかりました。ではこれでお暇します」
森田と宗右衛門は藤堂八郎に礼を述べて、北町奉行所を辞去した。
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