第3話 モテないフィーリアの婚活事情


(ランディス様だけは、ルシアよりも私を愛して下さるのだと信じていたのに……)


 フィーリアは自室に戻って、窓の外を眺めながら小さくため息をついた。


 もう何度同じような目にあっただろうか。


 恋を知るような年齢になってから、騎士団に差し入れを持っていく時に結婚相手になりそうな男を見繕みつくろっておけと父に言われていた。


 条件は王都にいる将来有望な第一師団と第二師団の未婚の若者。


 条件に当てはまる騎士は、ざっと二十人ほどいる。


 フィーリアは勉学などは得意だが恋愛には自信がなく、とにかく自分を好きになってくれる人を選ぼうと思っていた。


 だから少しでも自分に親切にしてくれたり、優しい声をかけてくれたりすると「この人だ!」と近付いてみる。


 そして少し打ち解けてきた頃に必ず言われるのだ。


「あ、あのさ。もしかして、俺のこと婿にとか思ってる? ご、ごめん。俺、実はルシアのことが前からいいなと思っててさ。フィーリアは……その……好きだけど、話しやすい友人みたいな感じで結婚とかはちょっと考えられないかな……ごめんね」


 時には侯爵家の爵位に野心があって、フィーリアに近付く騎士もいた。


 爵位欲しさと分かっていても、フィーリアを大切に思ってくれるならと婚約がまとまりかけたこともある。しかし、その彼も……。


「実はさ……フィーリアとうまくいくようにって、ルシアに相談に乗ってもらってたんだ。それで親身になって聞いてくれるルシアを見ていたら……なんか……気持ちが止まらくなってさ。ごめん。やっぱり俺はルシアと結婚したい」


 そんな風に言われて終わった。


 その後ルシアとうまくいくのかと思ったら、今回と同じく男達が勝手に気持ちを高ぶらせただけで、男の片想いだったと判明するのだ。


 ルシアは悪くない。


 ただ魅力的なだけだ。


 悪いのは女性としての魅力が足りない自分だ。


「ルシアは私と違って可愛くて愛らしいものね」


 ルシアに愛くるしく微笑まれたら勘違いしてしまう男達の気持ちもよく分かる。


 ルシアのように可愛らしく微笑めないものかと練習してみたりもするのだが、幼い頃から何事にも動じない次期家長として叩き込まれたフィーリアには、どうにもうまくできない。


「私に結婚なんて無理なのかしら……」


 母の言うようにルシアとその夫に侯爵家を任せた方がいいのかもしれない。

 侯爵家の爵位よりも、尊敬する父の婿養子になるよりも、彼らはルシアを選ぶのだ。


 恋は盲目と言うが、彼らはまさにルシアによって狂わされてしまう。


「お母様は私よりもルシアと一緒に暮らしたいのだわ」


 フィーリアが侯爵家を継いだら、ルシアは外に嫁ぐことになる。


 それが嫌なのだ。


「私のことをお嫌いなのね……」


 母の代わりに父がフィーリアに愛情を注いでくれたのだろうが、母の愛情と父の愛情は、まったく別物だ。


 甘えて抱き締められ肌のぬくもりを感じる母の愛情に対して、父の愛情は自分の持ちうる限りの知識と能力を伝える厳しい愛情だった。


 フィーリアが父に政治と経済を叩きこまれている間、ルシアは母の膝に乗ってお菓子を食べながら絵本を読んでもらっていた。


 自分もそんな風に母の膝に乗って甘えてみたいと何度思ったか分からない。


 一歳違いの妹が産まれてから、母の膝がフィーリアに明け渡されることはなかった。


 屋敷を訪ねた人々がささやく噂話も何度か耳にした。


「司令官殿のルシア嬢は、いやはや美しいご令嬢ですな。我が息子が以前からルシア嬢を気に入っておりましてな」


「うちの息子も実は狙っておりますよ。男児のいないペリゴール侯爵家に婿入りさせてくださらないだろうかと頼みこまれましたよ」


「されど婿入りはやはり長女のフィーリア嬢でお考えでしょうな」


「やはりそうですよね。フィーリア嬢ではダメなのかと聞いたら、絶対ルシア嬢がいいと言われまして困っております」


 偶然耳にして、逃げるようにその場を去ったこともある。


 こんな時、フィーリアは唯一の趣味であるパン作りで気晴らしすることにしている。


 近頃、貴族の令嬢達の間ではお菓子作りが流行していて、お菓子と一緒に菓子パンを作る趣味を持つ令嬢もいる。


 といっても彼女達のお菓子やパン作りは、職人が混ぜてこねて発酵させて切り分けたものを、粘土細工のように成形してねじったり巻いたり砂糖をまぶしたりするだけだ。


 あとはまた職人達がかまで焼いて、色よく仕上げてくれる。


 そして客が来れば「私が作ったお菓子ですのよ」と言って出すのだ。


 だがフィーリアは違う。


 自分で粉の調合から研究して混ぜ合わせ、調理台にスパコーン、スパコーンと力一杯叩きつけ、黒髪まで粉まみれになりながらこねてから、発酵温度にも細心の気を配り、芸術的ともいえる見事な成形をほどこし、かまどの前で汗水垂らして焼き加減までこだわる本格的なものだ。


 おかげで騎士団の差し入れに持っていくフィーリアのパンは大人気だった。


 けれどルシアがちょちょっと手を加えたお菓子と一緒に「私が作りましたのよ」と言って配るおかげで、パンもルシアの手作りだと思い込んでいる騎士がほとんどだった。


「ルシア嬢の持ってくる差し入れはいつも美味しいなあ」


「このパンが好きなんだよ。売り物よりもずっと美味いよ」


「ルシア嬢と結婚する男は幸せだよな」


 などと言われても、ルシアは否定することもなく愛らしい顔でにっこりと微笑むものだから、男達が勘違いしても仕方がない。


(まあ、私が作ったと言うより、可愛いルシアが作ったと思った方が、騎士様達もさらにパンを美味しく感じるだろうものね。わざわざ訂正する必要もないわね)


 そうしてますますルシアの株ばかりが上がっていくのだった。


 これまでの出来事を思い返して、再びため息をついたフィーリアは、窓の外に馬車を降りて屋敷に向かって来る騎士の姿を見つけてはっとした。


「ロイド様……」


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