第2話 早くもざまあ
「ランディス! 貴様、よくもぬけぬけとそんなことをフィーリアに言えたものだな! まさか妹のルシアと恋仲になるなどと! お前のようないいかげんな男は我が騎士団から追放だ! 出ていけ‼」
父は
しかし……。
「お待ちくださいませ。それは誤解でございますわ。旦那様」
ランディスの後ろから現れたのはフィーリアの母だった。
そしてその隣にいるのは……。
「ルシア……」
金髪の豊かな巻き毛を形よく結い上げ、鮮やかなブルーの瞳が愛らしい。
白い肢体は
母譲りの美貌を持つひとつ下の妹、ルシアだった。
「私も彼の告白に驚きましたが、理性ではどうにもならぬ想いというものがございますでしょう? フィーリアよりルシアを好きになってしまった彼の気持ちも分からなくはありません」
ランディスはほっと
どうやら母はすでに知っていたようだ。
「お前は……フィーリアが可哀そうだとは思わぬのか!」
父は母に怒鳴った。
夫婦の仲はずいぶん前から冷え切っている。
「もちろん、母としてフィーリアを気の毒にも思っていますわ。けれど、それよりももっと可哀そうなのはルシアの方でございます」
「ルシアがなぜ可哀そうなのだ! 姉の恋人を奪ったくせに!」
父は呆れたように言い返した。
「ほら、そうやってあなたはフィーリアの肩ばかり持つのでございましょう? いつだってそうですわ。フィーリアが長子で自分にそっくりだからと、幼い頃から特別扱いばかり」
「長子は家を継ぐ特別な存在だ。家長が側に置いて教育するのが当たり前だろう!」
フィーリアは男児のいない長子として、幼い頃からいずれペリゴール家の家長となる責任感を叩きこまれて育ってきた。
婿養子に家督を一旦譲っても、実質の後継者は血筋を持つ者というのがこの国の法律だった。
もしも婿と離縁することがあれば、家督はフィーリアに戻ってくる。
フィーリアに子が産まれれば家督を引き継いでいくが、もしも産まれないままフィーリアが亡くなることがあれば、家督は妹のルシアとその子に引き継がれていく。
そして血筋が途切れれば、どれほどの由緒ある家も廃爵となる。
それが血筋を何より重んじる国家の方針だった。
だからこそ、女性でも家長として家を背負っていく覚悟が必要だった。
フィーリアは国の歴史から、領地の管理、財産管理、騎士としての作法まで父に叩き込まれて育ったのだ。
「そのようにあなたがフィーリアばかりを
母はフィーリアの継母などではなく正真正銘の実母だ。
けれど父がフィーリアを側へ置けば置くほど、母はルシアだけを可愛がるようになった。
そうして今では【父とフィーリア】 対 【母とルシア】という構図が出来上がっていた。
「お母様! そのようにお父様を責めないで下さいませ! すべては私がいけなかったのです。ランディス様はいずれお義兄様になられる方だと、私がつい家族のように慕ってしまったから、誤解をさせてしまったのです。決してお姉様の婚約者を奪おうなどと畏れ多い気持ちはございません。すべてはランディス様が勝手におっしゃっていることなのです」
「ルシア……」
涙を浮かべ父に弁解するルシアのいじらしい様子に、単純なフィーリアは危うくもらい泣きをしてしまいそうだった。
だがランディスはそうではないようだ。
「え? そんな……」
話が違うという顔で、蒼白になってルシアに詰め寄る。
「待ってくれ、ルシア。君も僕と同じ気持ちだったのでは……」
「きゃっ! 近寄らないで下さいませ。私はいずれお姉様の夫になるお方だと思っていたから、仲良くしていただけですわ。こんなひどい裏切りをなさる方だと知っていれば、近付いたりしなかったのに」
「そんな……」
ランディスはがっくりと膝をつく。
「本当に、なんて図々しい男だこと。フィーリアと婚約していながら、ルシアに
母は
ランディスは唖然として言葉を失くしている。
そして勝ち誇ったように母は告げた。
「それにしても侯爵家という爵位まで付けても、フィーリアと結婚したい男性は現れないのですわね。フィーリアの不器量にも困ったものだわ。あなたが武骨に育てたせいではないかしら。私が育てていればこんなことにはならなかったのに」
母の言葉がぐさりとフィーリアの胸に刺さる。
そしてさらに母は続けた。
「だからといって、いつまでも後継者がはっきりしないのもよくないことです。この際、ルシアに養子を迎えて家督を継がせてはいかがかしら? ルシアなら婿に入りたいという男性はよりどりみどり、数えきれないほどいますわ」
母は振られたばかりで傷ついているフィーリアの前で、平気でそんなことを言う。
もはや母にとってフィーリアは、愛する娘ではなく父側についた敵なのだ。
「ばかを言うな! 家督は長子のものだ! そんなことは許さぬ‼」
「ですが、フィーリアと結婚したいという男性がいないのなら仕方がないでしょう?」
「く……。それは……」
父は悔しそうに母を睨みつけた。
フィーリアはそんな父に申し訳なく、自分が情けなくてたまらなかった。
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