第4話 憧れの騎士団長様

「ロイド様……」


 琥珀色の長い髪を後ろで束ね、早春の若葉のような爽やかな緑の瞳をりりしくゆがめ、騎士団長の証である階級章を胸につけて、鍛え抜かれたたくましい長身で大股に歩いてくる。


 その姿を見ると、フィーリアの心の奥がずきんとうずく。


「なぜロイド様が……」


 しかも明らかに不機嫌な様子だった。


 本音の本音を言うと、父に騎士団の中で結婚相手になるような男を見繕っておけと言われた時、一番に思い浮かんだのはロイドだった。


 いつも寡黙で、差し入れを手渡してもそっけなく「ありがとう」と礼を言うだけで、まともに会話をしたこともない。


 けれど隙のない美しい立ち姿や、騎士としての凛とした振る舞いにずっと憧れていた。


(ロイド様を婿に……なんて……厚かましいと笑われるわよね……)


 そう思って、彼の名だけは一度も口に出したことはない。


 ロイドは由緒ある公爵家の三男で家柄も良く、第一師団に所属していた。

 文武に優れ、着実に出世して今は若くして第一師団の団長にまで上り詰めた逸材だ。


 もちろんペリゴール侯爵家の婿としては申し分がない。

 申し分がないどころか、畏れ多い相手だった。


 その家柄や容姿から、ロイドを婿にと申し出る貴族は数知れず、にわか侯爵家のペリゴール家よりもずっと格の高い相手が五万といる。


 その上、騎士として次に勲功があれば、父のように爵位を授けられるという話もある。


 わざわざ婿に入ってまでして、侯爵家の家督などいらない人なのだ。


 おまけに……。


「ロイド様はずっとルシアを好きなのだものね……」


 フィーリアはずっと前から気付いていた。


 なぜなら騎士団に差し入れに行くたび、フィーリアがロイドを目で追っていたから。


 そして視線の先のロイドは、いつもルシアを見ていた。


 ルシアが気付いて視線を向けると、ロイドは慌てて目をそらす。


 それが恋する男性の仕草なのだと、フィーリアだってそれぐらい知っている。


 そしてルシアがお菓子を手渡すと、ロイドはちゃんと笑顔で応えるのだ。


「私が菓子パンを渡しても、いつも怖い顔のままなのにね……」


 一応「ありがとう」とは言ってくれるものの、むっつりと目も合わせてくれない。


 ルシアから受け取りたかったのだと、フィーリアも最近は近付かないようにしていた。


 それにロイドに関しては、ある噂を耳にしていた。


『引く手あまたのロイド団長が、婿に来てくれという申し出をすべて断りいまだに独身なのは、勲功を得て爵位を授かり、想い続けていたルシア嬢をめとるためらしい』と。


 フィーリアには畏れ多い相手だと最初から諦めてはいたけれど、そんな噂まで耳にしてしまっては婿に来てくれなんて頼めるはずもなかった。


 そしてルシアもまた、ロイドを好きなのだと感じていた。


 なぜなら騎士団に差し入れを持っていった帰りの馬車では、ルシアはいつもロイドの話ばかりをしていたから。


「ねえ、ロイド様ったら今日も私と目が合ったらそらしてしまわれたの。恥ずかしそうに頬を染めていらしたように見えたのだけど、お姉様はどう思いました? 照れていらっしゃるだけなのかしら。私のこと、どう思っていらっしゃるのかしら」


「今日はね、私がランディス様とお話ししていたら急にロイド様が割り込んで来て、私にもお菓子を下さいって言われたの。もしかしてやきもちを妬いて下さったのかしら?」


「ほら、以前から私のことを好きだってしつこい騎士がいると言っていたでしょう? 今日はロイド様が現れて、私を助けて下さったのよ。ああ、素敵だったわ」


 他の騎士がどれほどルシアが好きだと言っても、最初から妹はロイドしか見ていない。


 気付いているフィーリアから見ると、男達は振られることが分かっているのにルシアに言い寄り、勝手に撃沈するのだ。


「まさか婚約までしていたランディス様までそうなるとは思わなかったけれどね……」


 そしてはっと気付いた。


「もしかしてロイド様はランディス様のことでいらっしゃったの?」


 すでに団長のロイドのところまで噂は届いてしまったのだ。


 婚約者にまで惨めに振られたことをロイドに知られたなんて恥ずかしい。


「でもそれでロイド様がどうして……」


 思い当たることは一つだけだ。


「ランディス様がルシアと恋仲だなんて噂を聞いて焦って来られたのだわ」


 ランディスにルシアを取られてはならないと、慌ててやってきたのだ。


「もしかして……ルシアとの婚約をお父様に頼むために?」


 そうに違いない。

 

 つきんと胸が痛んだ。


 ランディスに振られたことよりも落胆が大きい。


「ルシアが想いを遂げて幸せになるのだから姉として祝福すべきなのに……」


 今は心から祝福はできそうにない。


 そんな事実を知りたくないけれど、ロイドが父と何を話しにきたのか確かめたい。


 気付けば、フィーリアは父の執務室に向かっていた。


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