第46話 ビークルシティ


 僕らは、電車に乗って、都心とは反対方向にある二つ隣の駅に着いた。

 電車から降りて、案内表示板を探すと「ビークルシティはこちら」の表示が。


 リンはおそらくビークルシティまでの行き方を知っているのだろうけど、僕は今日、女の子とのデートということで、道に迷ったりせず男らしくエスコートできるように一応は経路を調べてきたつもり……だったのだが。


 電車が目的駅のホームに着く寸前くらいから、「そういや、電車を降りてからどっちに向かって歩いたらいいのだろう」と早くも不安になる。


 調べ方が甘いのだ。どうやら西出口方面へ歩いたあたりでワープシステムのある建物へ連結しているらしいのだが、西出口がそもそもどこにあるのかもわからないし、案内表示板だけを頼りに常にドキドキしながら歩く羽目になってしまった。


「夕真、そっちじゃなくて、こっちじゃない?」


 リンに指摘され、あっ、ほんと? と返す。


 リンは、僕が間違うとなぜか微笑みながら「可愛いなぁ」と言い、頭を撫でてきた。

 何だろう? 舐められているのか? やはり男として、道を間違うなど言語道断だったか……!


「兄ちゃん、そっちじゃないよ。こっちこっち」


 リンだけじゃなく、晴翔にも道の間違いを指摘される。

 その様子を見て、とうとう葵まで微笑ましそうにしている。

 


 もう、何なんだよ……!!



 ワープシステムへと辿り着くまでに、もう僕はへとへとに疲れた。

 なんとなく帰りたくなってくる。これこそ、陰キャの特性というやつだ。


 方向は合っているはず、と思いながら歩いていると、前方に人の列が見えてきた。


「人が並んでるね。何だろう、あれ」

「ワープシステムの列だよ、兄ちゃん」

「あ、これが?」


 特に表示とかはないのに、どうしてわかったの?

 なんか晴翔が詳しい。


「なんで知ってんの? 行ったことあんの?」

「あるよ」

「はーん……そうですか」


 あったのかい。僕がアドバイスする必要なんてなかったわけだね。やはり当てつけか。

 しかし、今日の晴翔は物腰柔らかい。家でいるときはもっとトゲトゲしているのに。やはり葵の前だからだろうか。


 列に並び、チケットを購入してワープシステムに乗る。ワープシステムは、エレベーターみたいな形をしていた。


 扉が開くと、エレベーターガールが一人立っている。彼女が、中へ入るよう案内してくれた。

 エレベーターは、床の広さでいうと一〇メートル四方くらいある大きなもので、ある程度の人が入ると「扉を閉めます」と彼女がアナウンスした。

 天井付近にある階表示には、「天」と「地」の二つだけが表示されている。今は、そのうちの「地」のところが赤く光っていた。


 扉が閉められ、ブウウウン、と低く唸るような音が響く。

 しかしそれはものの五、六秒くらい。振動は収まり、天井付近にある階表示を見ると「天」の文字が青く光っていた。


「雲の上の国、絶景を望むことができるテーマパーク『ビークルシティ』へようこそ。皆様、どうぞごゆっくりお楽しみくださいませ」


 エレベーターガールが腰からお辞儀をし、その後ろの扉が開く。

 そこから見える景色に、エレベーター型ワープシステムの中にいた人々が、おおお、と感嘆の声を漏らした。


 ビークルシティは、卵を真横に向けたみたいな形をした巨大な飛行船のようだった。その卵の上半分は透明のドームになっていて、下半分は建物になっていた。


 建物の屋上部分──すなわちビークルシティの地上部分には、ビルみたいな建物や遊園地があるのが見える。どうやら、地上部分に建てられている遊園地などを巨大な透明ドームで覆っている印象だ。


 地上部分の外周からは、四方八方へいくつも通路が伸びていて、その先端には、僕らが今いるような全国各地から人間やアンドロイドの来場者が大量に送られてくるエレベーター型転送装置ワープシステムがあるのが見える。

 上空から俯瞰して見れば、きっとひまわりのように見えるんだろうなー、と思った。


 ワープシステムの発着場からビークルシティ本土へ渡されている幅五メートル、長さ百メートルくらいの通路は、驚いたことに、床面以外の全てが透明になっている。何なら床面も、一部は下が見えるように透明のパネルになっていた。


 どこを向いても取り付けられているクリアガラスから望める景色は、完全に飛行機から下界を眺めたのと同じ。今日は天気が良くて雲も少なく、関東地方の沿岸部がはるか遠くまで見渡せた。 

 通路を囲う透明の壁には蛍光文字や絵が浮かび上がり、ビークルシティの案内や広告が浮かび上がったり消えたりしている。どうやら電子広告スクリーンになっているらしい。


「わぁ〜〜。すっごいね!」


 僕は、クリアガラスに張り付いて、絶景すぎる景色に感動の声を漏らす。

 ほんとだね! と僕の感動に同調したリンは、そっと手を握ってきた。


 僕も、キュッと手を握り返す。微笑むリンを見ていると、葵と晴翔がすぐそこにいることをつい忘れそうになる。リンの笑顔に、僕も笑顔で返した。


 通路は透明部分が多すぎて、高所恐怖症の人には辛いらしい。震えて通路の中央で固まる人がいて、係員が駆けつけて対応しているのが見受けられた。

 その人たちの近くを通り過ぎるときに聞こえた会話によると、高所が苦手な人は特殊なメガネで外が見えないようにできるらしい。確かに、ワープシステムを降りてすぐのところにそんなメガネが備え付けられていた気がする。この人たちは、それを取り忘れちゃったのだろう。


「夕真、スマホからビークルシティのガイドにアクセスできるよ。ほら」


 リンは、自分のスマホを操作した。

 と、リンの目の前に、宙に浮かぶ3Dインターフェイスが現れる。画面には「ウェルカム」と表示された。


 リンはスマホをポケットに入れ、目の前にあるホログラムのようなタッチインターフェイスに指を触れて、フリック、スワイプ、ピンチイン・アウトで操作する。そうしてビークルシティの説明やフロアガイドなんかを次々と表示した。


 どうやら、スマホと連動させて、この施設内ではこうやって立体的なインターフェイスが使えるらしい。周りを見ると、ポケットに片手を突っ込んだまま、自分の真正面に位置固定されて浮かんでいるインターフェイスをシュッ、シュッ、と操作する人々がたくさん歩いている。

 後ろを見ると、葵と晴翔もすでにそうやって操作していた。


 むむむ……知らなかったのは僕一人かぁ。


 もう、男らしくエスコートしようなんて強がりは持たないようにしよう。

 素直に教えてもらおう。僕には無理だ。

 頑張らないところは、短所でもあるが長所でもある。いきがったって、どうにもならんのだ。


「リン、悪いんだけど、僕、あまりよく知らなくて。教えて」

「うん! もちろんだよ」


 と、こんな感じでリンはすぐに笑顔になって、ドーンと体当たり気味に僕へ引っ付いてくる。


 本当は一人ずつ画面を出せばいいんだけど、あえてリンが出したやつを、体を寄せ合って二人で覗き見た。こういうのがデートなんだなぁ、と僕はドキドキとフワフワが同居したようになった。


 フロアガイドを見ると、僕らが転送されてきた地上部分は「地上階」という扱いで、卵の水平断面積がもっとも広くなるところだ。

 

 ビークルシティの下半分である建物エリアは、客が移動できる範囲だけで最大一五階建てになっていて、ショッピングモールや飲食店街、映画館、イベント会場、屋内アクティビティ施設、大型ライブ会場などが所狭しと並んでいるみたい。


 上半分である地上部分には、ここから見ても一目瞭然だが、やはり遊園地などの屋外施設があるようだった。


 地上部分を覆うように設置されている透明ドームは、ガイドによると雨どころか雷も受け流すらしい。「当該施設は完全にドームで覆われているので気圧制御もなされ、天空高く舞い上がっても来場者の体調には影響を及ぼしません」と書かれている。 

 さらには、この透明ドームはシールドバリアを兼ねていて、テロリストなどの外敵から急襲を受けても警察の到着まで時間を稼ぐ役割があるようだ。


 とりあえず、端から端までの水平距離で一キロ近くもあるこの超巨大テーマパークは、ガイドをパッと見ただけでも到底一日で回り切れる広さではないことが一目瞭然だった。


「さっ、行こうよ!」


 リンは僕の手を握って引く。

 僕の心をこのビークルシティのように浮かばせる、抱きしめてキスしたくなるような可愛い笑顔をするリンの手を、僕は強く握り返した。

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