第47話 命がけのゲーム
ワープシステムの建屋を出て、床以外の三方が透明になっている見通しが良すぎる天空の通路を渡りきり、ビークルシティ本土へ辿り着く。
入場ゲートを通過した僕らの眼前には、遊びに来たお客さんの心をウキウキさせるような遊園地のジェットコースターや観覧車、そしてなぜか都心のような超高層ビル群が見えていた。
「こんなのが空に浮いているなんて、マジですごいよね」
「ホントそれ! ああ、朝イチからスイーツでも食べながらまったりしたいなぁ」
リンは、ぐーっと体を伸ばして言った。
重そうなショルダーバッグが肩からズレそうになってかけ直す。
「そういや、そのバッグは何が入ってるの? 初めて出会った時から、ずっと持ってるよね。リンと出会った時は絶対に持ってる。何か大事なものなの?」
初めてアルカーナへ入ってきた時も、通学の時も、カフェに行く時も、そして今も、リンは常に肌身離さずこれを持ち歩いているのだ。
ずっと尋ねようと思ってたんだけど、つい忘れてしまってた。
「これはね、反重力ブーツが入ってるんだよ」
「反重力……?」
「重力の方向を変えられるというか。そうだなあ……あ、ほら、あれ見て」
リンの指差す先には、ここへ着いた時に最初に目に入った超高層ビルが立ち並ぶ一角が。
「そういや疑問だったんだけど、あれって何?」
「アルティメット・パルクールのパークだよ」
「アル……何かよくわからないけど、スポーツか何かなの?」
「そう! 私はさ、仕事でこれを使いこなさなきゃいけないから、ここにもよく来たよ。しばらく離れていたから今はあんまり詳しくはないけど、今日も大会とかやってそうなことを書いてたね。ちょっと見ていく?」
「面白そうだね! 見にいこう」
リンがやっていたということなら、一度見てみたい。
現場活動に使うのか。これはどうもスポーツらしいけど、リンはそれを、現場で使うんだなぁ。
……あ、そうだ。僕はいいけど、葵と晴翔は退屈しちゃうかも。
「葵と晴翔は、なんだったら別行動でもいいよ」
「ううん。大丈夫。あたしも見てみたい!」
ワクワクするように葵は言う。
なんか、葵の様子が変わった気がする。
何だろう。なんというか、葵が笑うと、心がくすぐられるような、フワフワするような……。
……ま、気にしてもしょうがないか。
リンの説明によると、アルティメット・パルクールとは、ビルの合間をぴょんぴょん飛び回るような動きをするスポーツらしい。
僕らはそれを見にいくため、ビル群のほうへと歩いていた。
緑がたくさん植えられた地上階。ここには平屋建て〜三階建てくらいの建物は結構あった。
石造りで外国の古い街並みを再現しているエリアや、サイバーテイストの未来感溢れるエリアなんかがあって見応えがあるし、そこかしこにテーマパークらしいグッズ売り場やちょっとした食べ物屋さんなんかが軒先を連ねていて、僕は目移りしてしまった。
キョロキョロする僕を笑っていたリンだが、自分もキッチンカーから漂う匂いについついよろめいて、頭を振って甘い誘惑を断ち切っていた。どうやら、今日は目的のスイーツ屋さんがあるみたいだ。
道沿いにたくさん立っているお洒落なデザインの柱の上には3Dモニターが設置されていて、そこに浮かび上がる宣伝を見る限り、どうやら今日は、アルティメット・パルクールの有名なチーム「ノーリミッツ」が二チームに別れて試合を見せるらしい。
会場である超高層ビル群の周りは規制が張られ、大型モニターの他に3Dモニターを使って立体的に試合の状況を表示してくれるようだ。そのため、会場のあちこちで3Dモニター設備が準備されていた。
さらには、HMD (ヘッドマウントディスプレイ)を使ってまるで競技者になったかのような気分で見ることも可能。
どの選手の目線で見るかは自由に選ぶことができるらしい。自分のHMDを持ち込んで回線接続し、観戦しようとする玄人らしき人たちもチラホラ見える。
会場の真正面では、超高層ビルが立ち並ぶ競技エリアをバックにして、一段高くなった舞台の上で、露出の多い派手な服を着た司会の女性がゲストと喋っていた。
なかなか面白そうだ。僕も、何だかワクワクしてきた。
僕らは、既に集まっている大勢の立ち観客に混ざって、舞台のほうを眺めた。
「ほらほら! 選手が出てきたよ!」
少し興奮した様子のリンが、袖から入場してきた選手たちを指差す。選手たちは五人・五人に別れ、司会の女性の横にずらっと並んだ。どうやらそろそろ試合が始まる時間のようだ。
「さあ──みなさん、準備はいいですかぁ!? ああ……でも、たった今、会場入りしたお客さんもそこそこいる感じですねぇ! よく知らない方もいらっしゃると思いますので! もう一度、簡単に説明したいと思いまぁす!
今日、試合を見せてくれるのは、かの有名なアルティメット・パルクールチーム『ノーリミッツ』です! それも、種目は『サバイバル』! 模擬の銃火器を使って撃ち合うサバイバルゲーム形式の試合ですから、これはもう激アツですっ! 私も今から興奮を隠しきれませんっ!!
では、始める前にそれぞれのチームリーダーから一言お願いします! まずは、赤チームリーダー、『ジズ・ムーア』さんから、どうぞっ!」
「あえっ?」
すっとんきょうな声を上げたリンは、会場のほうを向いたまま固まる。
「どうしたの?」
「あ……と。うん、なんもない……」
歯切れ悪く答えるリン。
会場では、ジズと紹介された男性が話し始めた。
銀髪で色黒の、相当にかっこいい男前の選手。Tシャツの上から赤色のビブスを着ている彼は、遠くからでも筋肉質なのが一目瞭然だ。だからと言ってボディビルダーみたいなのでもなく、細マッチョでスマートで、僕がちょうど嫉妬しそうな良い感じの男。
赤チームのリーダーらしいその選手は司会に挨拶をふられて形式的なことを喋っていたが、突然言葉を止めた。
なんだろう? と気になって、あたりをキョロキョロ眺め回していた僕も舞台上に注目する。
見る限り、押し黙ったままのジズという選手は、なんだかこっちを凝視しているような気がした。
「……と。話の途中ですみません。実は今、観客の中に大変な選手を見つけてしまいました。僕はね、この競技、特に『サバイバル』の勝負で、その選手に勝ったことがなくてね。その選手が、今、この会場に来ているんですよ。──やあ、リン。久しぶり。元気してたぁ?」
え!
赤チームのリーダー・ジズは、リンに向けて朗らかな笑顔を作って大きく手を振った。
「しまったぁ……」
リンは、群衆の影に隠れるように姿勢を低くしながら、会場から顔を背けてこう漏らす。
会場に設置された大型モニターには、ドローンによって空撮されたリンの顔がアップで映し出されていた。
「君がここに来ているなんて奇遇だね。ぜひ、この試合に入って欲しいな。説明しますとね、彼女はね、サバイバルの全日本選手権で一位になったことがあるんですよ! みなさんも、そんな彼女の競技、ぜひ観たいですよね!?」
ジズが観客を煽り、会場のあちこちから歓声が上がる。
リンは、気まずそうな顔をして僕を見ていた。
「ほんとなの!? リン、そんなすごいところまで行ったんだ」
「……えっと。まあ、そうなんだけどね……」
「リン! こっちへおいでよ! お連れさんも一緒にどうぞどうぞ!」
わ……こんな大勢の人が集まっている会場で、みんなの前に出るなんて怖っ。
断ろう! 断ろう!
リンは、大型モニターに自分の姿が映されているの利用して、手を大きく振って断る意思を表現した。
すると、ジズはニコッと微笑み、正面にある舞台から降りてこちらへやって来ようとする。
ジズが歩くだけで、自然に人混みが二つに割れて道が作られる。
とうとう彼は、僕らの目の前までやってきた。
近くで見ると、やはりすごくカッコいい。
晴翔と似たり寄ったりな感じか。と自分で晴翔を持ち上げてしまって、なんか気分が悪くなってくる。
「さあ、リン。いいじゃん。久しぶりに、一緒にやろうよ」
「いや、今日は私、プライベートで来ていて。だから──」
ジズは、不意に笑みを消して、リンと手を繋ぐ僕に視線を合わせた。
「……彼氏?」
「いや、違────」
「そっかぁ」
否定しようとするリンの言葉を最後まで聞くこともせず、ジズは瞳を紅蓮に光らせ、射殺すかのような視線で僕を貫く。
この視線に、周りの観客は気づいただろうか?
おそらく気づかなかっただろう。ただ真剣な顔だと思ったはずだ。しかし、まともに視線を合わせた僕は、その紅の瞳の奥にある気味の悪さに鳥肌が立った。
「……彼氏さんに、いいところを見せるチャンスだよ? バシッとキメて、惚れ直してもらいなよ!」
わああ、と響く歓声に押され、断りずらい状況へと追い込まれる。
それでもリンはまだ抵抗する素振りを見せていたが、その時、ジズがリンに耳打ちした。
リンは目を見開き、同時に瞳は水色となる。
唇をギュッと噛んで、そして目を閉じた。
「……わかった。やるよ」
再び目を開けたリンは、勝負を承諾した。
なんだろう。なんか様子がおかしい……? 大丈夫だろうか。
僕は、ジズに続いて舞台へ向かおうとするリンに声をかける。
「リン! あの……」
「……大丈夫。絶対に、勝つから」
「え……」
絶対に勝つ……? スポーツの試合をするだけだよね?
どうしてそんなに追い詰められた顔をしているの?
「さあ、お連れの彼氏さんも、ほら、一緒に来て」
「あたしたちもいいですか?」
葵がジズに声をかける。
ジズの顔からはさっきの妙な気配が完全に消えていて、彼は瞳の色を黒に戻して爽やかな笑みを浮かべていた。
「もちろん! さあ、面白くなってきたね!」
リンは、青チームのうちの一人と入れ替わる運びとなった。
こんなに注目を浴びる舞台の上に呼ばれてしまうなんて、恥ずかしすぎる。僕は緊張して、秋だというのに汗が滲んでいた。
リンが青のビブスを受け取りながら少し離れたところで説明を受けていると、ジズが僕に近寄ってくる。
「やあ。初めまして。僕はジズ・ムーアって言います」
「え……と。佐々木夕真、です」
「ササキ。ユウマ。うん。ササキ、ユウマ」
ジズは、僕の名前を覚えようとするかのように、何度か繰り返す。
「そっか。君、リンの彼氏だよね?」
「いえ、まだ」
「
「え? いえ、何も聞いてませんけど……」
いきなり近寄ってきて何を話すかと思えば、ひどく個人的なことを尋ねる有名人。
リンと付き合っているかどうかなんて、初対面の僕にこの状況で突然尋ねることじゃない気がするが。
さすがの僕も怪訝な表情を隠せなかったと思う。
と、ジズは、今度は僕の耳に顔を近づけ、小声で言った。
「僕は、リンの元彼なんだよ。ちなみに、さっきリンになんて言ったか教えてあげる。『この試合に負けたら、僕のところへ帰ってこい。試合を受けなければ、彼氏が消える』だ」
予想だにしていなかった言葉は、まるで暗号のように聞こえて全く意味が頭に入ってこない。
僕はしばらく固まって、彼が言った言葉を反芻していた。
リンに戻ってこいだって?
しかも……
事情は一切わからないが、徐々に胸騒ぎが鼓動を早めて体をピリピリと痺れさせる。
何一つ理解できないままリンのほうへ視線をやると、深刻そうな顔をしたリンと目が合う。
リンは、まるで命を賭けたゲームでもするかのような顔をしていた。
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