第44話 俺が絶対に助けてやるからよ(晴翔視点)
俺は、この週末、葵の心を癒すためにどうやって過ごそうかを考えていた。
以前、兄ちゃんに嫌がらせするためにあえて尋ねたデートプラン。兄ちゃんは、ビークルシティがいいと言った。
でも、今、そこに連れて行って葵が喜ぶだろうか。もう少し、落ち着いて癒されるような場所がいいんじゃないだろうか。
そう思ったので、俺は、そろそろ始まった紅葉でも見に行かないかと、金曜の夜になってメールで誘った。
だが、葵は「明日、行きたいところがある」という。
どこがいいの、と尋ねた俺に、葵は迷うことなく「ビークルシティ」だと言った。
葵が兄ちゃんの提案どおりの反応を示したことに、強い嫉妬心を抱く。
まるで、兄ちゃんのほうが俺より葵のことをわかってるという事実を突きつけられたかのようで、俺はカアっと熱くなる頭を冷やすために、しばらく大きく息を吸ったり吐いたりしてメンタルを整えた。
仕方がない。俺が「ダメだ」って言っても「じゃあ一人で行く」って言い出しかねないくらいの頑固さを内在させている気がするんだ。だって葵は、この時間になるまで俺に明日の予定なんて連絡してこなかったのだから。もしかしたら、一人で行く気だったのかもしれない。
だが、少し気に掛かる。
あそこは、カップル、家族連れ、男友達同士、女友達同士、色々な客が来るが、一人で来ている人は少数派のはずだ。
なにせ入場料が高い。テーマパークなのだ。買い物をするだけなら別のところに行ったほうが安く済むだろう。遥か上空からの景色を見ながら食べる食事だとか遊園地だとか、そういう感動を分かち合うところに価値があるように思うのだ。葵は、一人でそれを楽しむつもりだったのだろうか?
いずれにしても、ついていかないという選択肢はない。
俺は、オッケーであることを伝えた。
翌日になり、ビークルシティへのワープシステムが設置されている二つ隣の駅へ向かうため、俺と葵は六号棟の下で待ち合わせる。
今日は、兄ちゃんたちと鉢合わせないほうがいい。あいつらも、この週末は出かけるようなのだ。兄ちゃんは、少し前に家を出て行ったから。
出かける支度をしている時、また何やら俺のワックスをパクって髪をチャラチャラやっていた。全部知ってるぞ。いい加減に自分で買わねえか。
万が一にも奴らが五号棟の下で待ち合わせしてイチャつきでもしていたらダメだから、俺は葵を五号棟の近くから遠ざけた。
幸いにも、五号棟の下に奴らはいなかった。俺は少しホッとした。
どこに出かけるつもりか知らないが、まあ間違いなくビークルシティではないだろう。俺に提案しておいて、まさか同じ場所には行くまい。
もし行くつもりなら奴はバカだ。どうせ鉢合わせるリスクを犯すなら、最初からダブルデートでも提案しろってんだ。
まあ、今はこっちのほうが葵のメンタル的には鉢合わせたくない感じになっちまったが。
俺は心の中で毒づきながら、六号棟のほうへと向かう。
エントランスの外で待つ葵は、遠目で見てもこっちの顔がついニヤけてしまうくらいに可愛かった。
フェミニンというのだろうか、女性らしい柔らかい印象の服が、葵は本当によく似合う。
小学生の頃から好きだったが、彼女はその可愛さを天井知らずに上げていった。俺はその様子を近くで見ながら、絶対に俺の彼女にしてやる、と誓ったものだ。
そして、俺は夢を叶えた。
今、葵は俺の彼女。
ただし……実質は、そうだとは言えないかもしれない。
やめろ! そんなことを考えて、雰囲気を暗くするな!
今日は葵を楽しませないといけないんだ。
兄ちゃんのことを、忘れさせてあげないといけない!
俺は、葵の手を握る。
前はがっついていたかもしれないが、今はもう、そんな気持ちは収まった。それは、葵の魅力に慣れたからじゃない。
今大事なのは、俺の欲望じゃないんだ。
指を絡めることなく、優しく握る。
できるだけ、人肌で辛さを緩和できるようにと思って。
葵は、自分よりも高い位置にある俺の顔を見上げて、少しだけ微笑んでくれた。
よし……いい感じだ。
スタートとしては上出来……!
兄ちゃんに当てつけるために俺と付き合ったのに、その兄ちゃんをリンに掻っ攫われそうなんだ。今さら俺にこんなことをされてもウザいと思われて、もっと蛇蝎の如く嫌われるのかと心配していたのだ。
気分を上げて、目の前に見えてきた駅へと近づいた時、俺は固まった。
兄ちゃんが、駅の壁に背もたれてスマホを見ていたのだ。
しまった……! 奴ら、駅で待ち合わせだったか!
歩行するのを止めて、どこか別のところへ葵を案内できないか探したが、ここまで来てしまってはどうすることもできなかった。
葵も兄ちゃんに気付き、兄ちゃんから顔を逸らしてしまう。
直ちにこの場から離れないと。
兄ちゃんはまだこっちに気づいていないようだから、俺たちは先に電車に──。
と考え始めた俺が反応する前に、兄ちゃんへ声をかける一人の人物が俺たちの目に留まる。
ダボっとしたパンツにダボっとしたパーカー。大きめのショルダーバッグを肩から掛け、キャップの上からフードを被ったグラサン仕様の完全Bなお方が近づいたのだ。
お? もしかして、兄ちゃん絡まれてる?
あいつ、ほんと一見すると子供みたいだかんな。まさかカツアゲとか。
なかなかイカついファッションしてるから、たぶんそうだろう。俺は不良から兄ちゃんを助けてやったことがあるからな。
……ったく。しょうがねえな……。
「葵。ちょっと待ってて」
こういうのから助けてやったのは以前の話。今の俺たちの関係性からして、別に助けてやる義理もないのだが。
しかし、葵の手前、見捨てて逃げるわけにもいかない。俺は仕方なく助けてやることにした。
「おい。あんた────」
と、B系野郎の後ろから声をかけたのだが、そいつが振り返った瞬間、俺は口を開けたまま唖然としてしまった。
「おーっ、晴翔くん、おはよっ! 君もお出かけ?」
「はっ!? …………リン……ちゃん……?」
サングラスを外し、フードとキャップに包まれた可愛い顔が朗らかに微笑む。
フードを後ろへずらして挨拶してきたのは、リンだった。
「えっと。ごめん」
そう言うなり俺は回れ右をして、ろくに喋らず退散することにした。
B系野郎じゃなくて、Bガールちゃんだった。
別にそれが悪いとは言わんが、初デートだろ?
たぶん、兄ちゃんの趣味もそっちじゃないと思うぞ。こりゃ完全に葵に軍配が上がるなぁ。
だが、回れ右をした俺の真正面に、もう葵が来てしまっていた。
あ──……。最悪。
「……おはよ。リン、今日はゆうちゃんとデート?」
「ええ、そうだよ。そっちも?」
「うん、週末だしね (ニコニコ)」
「うん。そうだよね (ニコニコ)」
「でも、初デートでその服はないんじゃない? ね、ゆうちゃん (ニコニコ)」
「………………」
「…………夕真? 何か言ってよ。そんなこと、ないよね? (ニコニコ)」
「そっ……そんなこと、ないよっ (汗汗汗)」
ははは、と笑って胸の前で両手を振りつつそんなことを言ってみても、兄ちゃんは本能に逆らえず葵の姿をチラチラ見ている。
その様子に気づいたリンは、辛うじてニコニコ顔を維持したまま、歯をギリギリ噛み締めていた。
バッカでー。知らねえ俺は。勝手に自滅しろ。
俺は葵の手を取って、改札からホームに入る。
都心でない限りエアロトレインなんて走ってはいないから、昔ながらのローカルな電車で移動する必要があるのだ。
俺たちは、ビークルシティへのワープシステムがある駅行きのホームに向かう。
と、奴らも後ろからついてきた。
おかしいな。もし、首都・シンクレア東京へ向かうなら、逆方向のはずだ。
「なんだよ。こっちかよ」
「ああ、奇遇にもね」
……くそ。初っ端から雲行きが怪しいな。
俺は、なんだか気が重くなったが……。
ふと、むしろこれで良いのかもしれない……と思った。
このまま兄ちゃんたちから逃げ続けても、葵の心はいつまでも兄ちゃんに囚われたままだ。
葵は、兄ちゃんのことが好きだ。認めたくないがもはやそれは間違いない。今日、ビークルシティへ行きたいと言った理由も間違いなくこういうことだったのだ。
なら、その気持ちを一度全て吐き出させる必要がある気がしたんだ。
葵は、まだ全力を出してない。想いのたけを、全てぶつけてない。
当てつけるようなひん曲がったアプローチしかしてないんじゃ、不完全燃焼だろう。
自分の全てをぶつけて、兄ちゃんにアプローチする。
全力を出して、真正面からリンと戦う。
その結果、傷ついた葵を慰めることでしか、俺が葵を手に入れる方法はない。
もし、葵が勝ったら……?
は。考えたくもないわ。わざとライバルへのアプローチを許した結果、好きな女をライバルにとられる男。
間抜け以外の何者でもない。救いようがねえな、ったく。
でも、このままじゃ葵は永久に牢獄に囚われたままなんだ。俺は絶対に、葵をそんな目に遭わせたくない。
いいぜ。好きなようにやれよ。
俺がずっと見ていてやる。全力を出して、一欠片の悔いも残さず、真っ白な灰になって燃え尽きちまえ。
そして地獄の底に堕ちたなら。
その時は、俺が絶対に助け上げてやるからよ。
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