第34話 いつもの家にて
家に帰る途中、僕はリンが出動した事案を探すために歩きながらスマホを何度もチェックした。
当然、もう既にブラウザのトップ記事だ。
ニュースで見る限り、どうやら首相とそのほか何人かの要人が人質になるという事態。今、記事でわかるのは、付近を飛行していた警察の反重力飛空艇がテロリストの放った高エネルギーレーザー砲で撃ち落とされた、というところまでだ。
僕がその記事を見ていたのはリンの家を出た直後、確か一七時頃。
空のまちへ着き、五号棟のエレベーターを上がって一〇階にある家へ。自分の部屋へと入ってベッドで寝転び、リンから連絡が入っていないかチェックしたがさすがにまだだった。
人質がいる──しかもそれがこの国の首相だというのだから事態は深刻みたいで、国家の威信をかけて行う救出作戦は慎重を期さなければならない、とニュース番組に出演している専門家が言っていた。
この感じからすると、いくらリンでもさすがに時間を要するだろう。
速報ニュースを見ていると、立てこもったテロリストが早々にぶち上げたらしい要求内容が掲載されていた。
彼らは、アンドロイド絶滅運動を推進する人間たちの極右組織「アズリエル」の一員で、主に海外で活動している有名な組織だ。
神が創りたもうた人間を至上の存在とし、アンドロイドやアンドロイドを作り出した科学技術のことを「命を弄び神を愚弄するものである」と考える彼らは、アンドロイドを攻撃するためなら手段を辞さない。
アズリエルの要求は、つい最近撤廃されたアンドロイド入国制限措置の再設定。
アンドロイドに基本的人権を認めている我が国だが、いまだ、ある国との出入国においてアンドロイドだけを禁じていた。
しかし時代の流れを鑑み、ここ最近、人間と同じ取り扱いへと変更。これに激昂したアズリエルは、制裁措置として武力行使に出たらしい。
いつもなら、僕はこういう記事を見ても「ふーん」としか思わなかったけど、この事案にリンが出動していると考えると気が気でならなかった。
ベッドでゴロゴロしてみるも、なんとなく落ち着かない。
確かにリンは凄まじい力を持っているかもしれないけど、でも、普段は普通の女の子と何も変わらないから……。
一八時頃になり、そろそろ夕ご飯の時間ではあるけれど、ソワソワしていると何だかコーヒーが飲みたくなってしまった。僕はコーヒーの飲み過ぎでカフェイン中毒になったことがあるから、欲のままに飲むことは厳に慎まなければならない。
が、まぁ……今日だけは良しとしようか。
リン、大丈夫かなあ……と心配しながら台所へ向かう。
と、リビングで母さんが番組を見ていた。
「大変な事件だったわねえ、ほんと。怖い世の中だわ」
「
「アームズとかいう警察の特殊部隊が突入して、人質は全員救出されたらしいわよ。テロリストは全員死亡だって。まあ、こんなことしちゃったら仕方がないわよね」
えっ、と思ってスマホを見る。
メールが一件、リンからだ。
【終わった♡】
……まるで女子高生だ。いや、本当に女子高生なんだけど。
ネリムさんが出す出動指令を直に聞いていなかったら、そしてニュースを見ずにリンからのメール──まるで宿題が終わった小学生のように軽い感覚のこんなメールだけを見ていたら、「そっか、ご苦労様」くらいの感覚だったに違いない。
でも、僕は事案の内容を知っていたから。
そんな僕がこのメールを見て最初に抱いた感情は「安堵」だ。
本当に無事でよかった。だから僕は、その気持ちを素直に送った。
【お疲れ様。君が無事で、本当によかった。明日は学校に来れるの?】
チャット型メールアプリの画面に、ピコン、とすぐに返信が。
【今、電話できる?】
僕は、リンにコールした。
「お疲れ! 早かったね。リン、怪我はない?」
「うん! なかなか大役任されちゃったからさ。さすがにちょっと緊張したけど、結果的に上手くいってよかったよ」
「大変だったね。もう終わったんなら、明日は学校来れるの?」
「うーん。明日はちょっと無理になっちゃった。でも、明後日はいけると思うよ! 私がいない間、あの女狐・葵に誘惑されても、ホイホイ乗っちゃダメだよ!」
「葵? ああ、葵は別に僕のことなんてどうとも思ってないよ。だって晴翔と付き合ってるんだから。でも、なんで?」
「え? ああ、えっと……そりゃあ、葵のせいで、私の目的達成が邪魔されたらうっとうしいでしょ!」
「……ったく、こんな時にまでよくそれにこだわるね。心配する必要ないよ。さっきも言ったけど、葵は僕のことなんてどうとも思ってないんだから」
しばらく間があった。
「やっぱ学校行きたいなぁ……」
「ええ? 何? それに、お仕事なんでしょ? そんなに無理しないでよ。学校なんて、ちょっとくらい休んでも何の問題もないよ」
「そうじゃなくて」
「保護者じゃないんだから。明後日にはまた会える。明後日なんてすぐだよ」
「……うん。わかった。ごめん、もう切るね。バイバイ」
「うん、バイバイ」
通話の切れたスマホを眺める。
仕事を終えたばかりのリンに、無理をさせたくなくて言った言葉だ。
明後日には、また会える……裏を返せば、明日は会えない。
自分の気持ちと口に出した言葉がきちんとリンクしているのか、自信が持てなかった。
ここ最近は、毎日リンと会っていたから。
なんとも言えない虚無感。あったはずのものが、なくなった感覚。
これ、なんだろう……。
でも、リンが元気で本当によかった。あんな大変そうな事件でも、リンは余裕で片付けちゃうんだ。やっぱアームズすげえな。ちっちゃい子供でも知ってるスーパーヒーローだからな。
何だか誇らしげな気持ちになり、高揚感でいい気分だ。
コーヒーを淹れながら台所でリンとのメール画面を見ていたら、晴翔が帰ってきた。
あいつは「ただいま」と言ったが、僕はそれに返さなかったし、晴翔のほうすら向かないように心掛けた。
どうせいつも挨拶なんて交わしてないのだ。あいつだって、僕に向かって言ったわけじゃないだろうし。
挨拶をされた母さんが、晴翔に尋ねる。
「今日はサッカーやってきたの?」
「いや、今日は葵とちょっとね」
僕は目を合わさなかったけど、視界の端に微かに見える感じからして、わざと僕のほうを向いて言っているのは間違いない。
うざ。そっちになんて、絶対向いてやんないからな。
弟がとったクソみたいな態度のせいでカッカと感情が煮え始めると同時に、僕はなんとなく嫌な考えが頭に浮かんだ。
晴翔が葵のことを真剣に好きなら、悔しいがそれはそれで誠実だと思う。
だけど、こうやって僕へ当てつけるために葵と付き合っているとしたら?
もしそうなら、そんなクソッタレな動機に付き合わされる葵があまりに可哀想だ。
「兄ちゃんさぁ、ちょっと教えて欲しいんだけど。葵って、デートだとどこに連れて行ったら喜ぶと思う?」
あからさまに話しかけられて、とうとう僕はうんざりしつつも奴と視線を合わせることにした。
薄笑いを浮かべながら言うなボケっ!
ほんと鬱陶しい……。
「……さあ。前はショッピングモールに行きたいって言ってたけど。だいぶん前だけどな」
「ショッピングモール? そこらへんのやつでいいのかな」
「なんだったかな……ああ、空中都市『ビークル・シティ』だ。ワープシステムで行くからちょっと入場料が高いけど、遊園地も映画館もあるし、ショッピングモールも飲食店も、思いつく限りのお店はなんでもあるから、あんなところに遊びに行きたい、ってずっと言ってたよ、確か。そこへ連れて行ったら? きっと喜ぶんじゃない」
「へぇ…………」
なんで僕がこいつにこんなことをアドバイスしなきゃならないんだ? 意味がわからん。
謎に突っ立ったまま僕を見つめる晴翔を無視して、僕はリンからメールが入っていないかもう一度確認しながらコーヒーを持って部屋に戻った。
リンは忙しいだろうから、もう今日はメールはしないほうがいいのかもしれないな。
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