第31話 尾行


 もはや日常と化してしまったリンとの登下校。


 リンの家は僕の家と方向が同じだから、今日もまた、僕はリンと手を繋いで下校していた。僕の家がある「空のまち」へ、二人で歩く。


 五号棟に着き、僕は「じゃあ、また明日」と言って手を振った。


 当初リンは、連絡先をなかなか教えようとしない僕へ、「部屋まで上がって押し倒す」とまで言った。

 リンは冗談だと訂正したが、こいつが醸し出す雰囲気を考慮すると無きにしも非ずって感じだ。だから、念のため僕が何階の何号室に住んでいるかは教えていなかったのだけれど。


 意外なことにリンは、家までついてこられないように先手を打って別れを告げる僕に、毎回「じゃあ」と一言だけ言って手を振り返すのだ。

 口では押し入ってウンタラカンタラと脅すように言うけれど、なんだかんだ言って結局は、リンは僕に対して無茶苦茶なことはしなかった。


 なんだかあっけなくて逆に少し寂しい気分にさせられたが、まあ、これは僕自身が望んだことだ。

 本来、これが正しいんだ。毎日続けているとリンの強引さに慣れてしまって物足りなささえ感じてしまい、いつの間にか勝負の内容を忘れそうになっているのが自分でも怖くて堪らない。


 今日もまた、僕がエレベーターに乗るまで、リンは僕へ手を振ってくれていた。


 扉が閉まり、上階へと動き出す。

 普段エレベーターに乗っているときはスマホを見ていることが多いが、この日はたまたま窓から外を見ていた。このエレベーターは昇っている間に外が見えるタイプなのだ。


 僕は、自分の家がある一〇階に辿り着くまでの間、見下ろした景色の中にリンを見つけることができた。リンはちょうど団地内敷地から公道に出るところだった。


 ああ、居た居た。あんなにちっちゃく…………


 …………あれ? リン、来た道を戻っていく……?




 ………………。




 一〇階に着いてエレベーターの扉が開いても僕は降りず、そのままボケッと窓の外を眺め続けていた。時間が経ちすぎて扉が閉まろうとした瞬間、反射的に一階の行先階ボタンを押す。


 再び一階へと到着したエレベーターの扉が開くや否や、ダッシュで一階エントランスホールを飛び出した。

 団地内敷地から公道に出たところで学校へ向かう方向を目を細めて眺めると、リンの姿はかなり遠くに見えていた。

 ある程度の距離を詰めるまでは走って追いかけるべきか……と思い至ったところでふと立ち止まる。


 ……僕は、一体何を考えてんだ?


 意味不明だ。こんなことをする理由がわからない。リンがどこへ行こうと、僕が気にすることじゃないだろう? 


 そもそも、前に僕がカイトの相談に乗ることになった日も、リンは暇だから駅前で時間を潰すって言ってたし。今日も、何か用事があるだけかもしれない。

 うん。きっとそうだ。「空のまち」まで僕を送ってから、何か用事が──……


 

 …………正反対の方向にある僕の家まで一緒に来てから、用事?



 ………………。



 そういや……。


 

 リンと出会った日、僕がチンピラに襲われていた時。

 リンとは僕の家の前で別れたはずなのに、どうして駅近くで絡まれていた僕をリンは助けることができたんだろうか。


 あの時、僕とリンは駅から空のまちへと二人で歩いた訳だから、僕と別れた後、リンは来た道をとんぼ返りしたことになる。

 そして、今日もまた。


 うーん。リンの家の方向が僕の家と一緒、ってのが嘘なのか……?

 

 リンは、僕と一緒に登下校するために、自分の家の場所を偽ったのだろうか。しかし、そうだとすると全然方向が違うじゃないか。

 朝イチと放課後、それを平日の毎日。しかも、お弁当まで作って?


 どれだけ時間が掛かるんだよ。

 まさかぁ、いくらなんでもそこまで……



 ………………。



 そうだよ、そんなのきっと僕の早とちりだ。

 それに、まだ嘘だとは証明されていないじゃないか。さっき僕が自分で考えていた通り、何か用事があるだけなのかも。

 ってか、仮に嘘だったとして何なんだ!? こんなの僕が気にすることじゃないし……。




 あ──────っっ、もうっ!!


 


 僕は、リンの跡をつけた。


 こんなのあまり良くないことだけど、でも、自分の家を知られているのにリンの家を僕は知らないわけだから、それはそれで不公平だし、これはこれでしょうがないんじゃないかなっ。


 それに、そう、僕は自分の考えが早とちりかどうかを証明しに行くだけなんだ。これはそういう類のものであって、別にリンのことが気になるとかではないし、ストーカー的な目的とかでもなくてだな……。


 ブツブツ言いながら、リンから二〇メートルくらい距離を離して、探偵よろしく壁や電柱の影に隠れて追いかけた。

 リンには見つかっていないと思うけど、何人かの通行人には怪訝な顔をされてしまった。

 女子高生の跡をつける男子高校生。下手すりゃ捕まってしまう。


 尾行した感じ、リンはやはり駅の方向に向かっているようだった。


 僕の家からみると、駅と学校の方向は基本的には同じなんだけど、途中から少し道が分かれる感じだ。

 駅へ向かうのは大通り、学校へは脇道。その分岐を、今、リンは駅のほうへ向かっていた。


 リンは駅を通り過ぎて、大通りをさらにまっすぐ進もうとしている。

 こっち方面はあまりよく知らないが、もう少し行けば、確か「アンドロイド地区」だ。

 人間とアンドロイドは別れて住まなければならない訳ではないが、そういう地区は存在する。


 ……ってことは、やっぱ家がこっちなのか。

 リンは、完全に自分の家とは逆方向にある僕の家まで、毎日毎日、それも朝と放課後、通っていたってのか……?


 そのあたりを左に曲がったところがアンドロイド地区だな……と僕が思ったところで、まさにリンは左に曲がって路地に入る。

 距離を詰めた僕は、その角を曲がる前にいったん立ち止まり、リンから見えないように建物に体をピタッとつけて呼吸を整えた。

 

 用心もせず角を曲がったら尾行対象が待ち構えてた、ってのはドラマなんかでよくあるパターンだ。そんな罠に僕はホイホイ捕まったりしないぞ!


 でも、ビビりすぎて離されちゃってもダメだよな。

 だから、微妙に顔を覗かせて……


 ……あれ??


 僕が路地の先を覗くと、そこには誰もいなかった。


 ……おかしいな。

 もしかして、もうかなり先に行っちゃったのかな……!?


 先に行ってしまったとしたら、急いで追いかけないといけない。

 狐につままれた僕は、慌てて路地に入る。

 

 と、何者かによって後ろから首に腕を回され、口を塞がれた。



「動くな」

「…………!」



 低い、腹に響くような声が、僕の頭のすぐ後ろから発せられる。

 突然のことに呼吸が一瞬止まり、僕は恐怖で直立不動に。


 反面、背中にぎゅうっと押しつけられる柔らかくて大きい二つの物体が、やたらと僕の心と体をフワフワさせて。


 これって胸だよね? 暴漢は女の子さん? 

 冷静になってみると、暴漢の体からフワッと漂うこの匂い、なんか嗅ぎ覚えが。



 ……まさかっ!!



「……くくく。くはは。あっはっは。私だよ、リンだよ! ごめんね、怖がらせて。でも、私の跡をつけるなんて百年早いよ、夕真」


 手を離され、体の自由を取り戻した僕が振り向くと、そこにいたのはやはりリンだった。

 僕が尾行していたのが相当面白かったのか、お腹に両手を当てて、声を殺して笑う。

 僕は後ろ頭を掻きながら、あえて仏頂面を装ってやった。


「……どこからわかってたの?」


 リンは、笑い泣きで出た涙を人差し指でスッと拭う。


「……っははは。は────っ、くるし。ほんと可愛いなぁ。っと、ごめんごめん。最初から・・・・だよ。『空のまち』を出て道路を歩き始めたあたりから」

「どうして!? 結構離れてたよ。やっぱアンドロイドたちは後ろも見えて──」

「あははは! そんな訳ないじゃん、くっくっく。……ちなみにね。私の家、すぐそこなんだけどね。どうする? せっかくここまで来たんだから、私んち、寄ってく?」

「えーと……」

「ここまで跡をつけておいて『興味ありません』はないよねー?」

「……はぃ」


 これ以上、僕の深層心理を暴かれたくないから素直に従うことにした。

 リンは、くっくっく、と笑いを噛み殺しながら、なぜか物凄く上機嫌だった。


 リンはこんなふうに言ったけど、空のまちを出たところから僕に気づいていたというのが本当なら、リンはわざと僕を自宅まで誘導したのであって……。

 つまるところ、僕はただ単に彼女の家へ招かれた・・・・だけだったのだ。

 

 リンが僕を案内したマンションは、大通りからひとつ入った細い路地に面している、少し高級そうな外観のやつだ。心なしか、建物の見た目はアンドロイド地区のほうがサイバーっぽい印象だ。


 リンに続いて正面のエントランスへ入ろうとした時、僕らの後ろからヒュウっと何かが飛んできた。


 それは、野球ボールのような形をした、機械の塊。水色のエネルギーをいくつか小さく噴き出しながら、空中で静かにホバリングしていた。


「なっ、何これ」

「球型ドローン、正式名称は『出動指令装置兼戦闘補助無人航空小機」とか言われててね。私も、入隊当初『これ何?』って先輩隊員に尋ねたらそんな鬼長い単語言われたんだ。長いから覚えるの無理ですって言ったら、『コマンド・ビット』でいい、って。

 前にチラッと言った『ネリム』って覚えてる? 事案が発生した時に私たちへ出動指令を伝える統括指令室の指令員なんだけどね、その子と常に繋がってるんだ。

 ネリムの本体は指令室にいるけど、コマンド・ビットがずっと私と一緒にいてくれるの。ほら、夕真を襲ったチンピラを制圧した時に喋ってた、あれね」

「ああ……え、あれがこの?」

「そうだよ。ほらネリム、自己紹介」


 リンが呼びかけると、コマンド・ビットというらしい機械ボールから音声が流れた。

 その声はまるで幼い女の子のようで、会話は聞こえやすくはっきりと発音された。

 

「ハーイ、お初です、夕真。ネリムだよ、よろしくね!」

「初めまして、佐々木夕真です」


 僕は、目線の高さより少し上で浮かぶコマンド・ビットに向かって、ペコっと頭を下げた。


「……ふーん。君がおうちに男の子を連れてくるなんて珍しいね。結構マジなのかな」

「余計なお世話、私はいつも真面目に生きてるよ。さ、入ろっか」


 リンとネリムさんの会話がどことなく引っかかりはしたが、僕は特段それを考え込んだりはしなかった。


 友達同士のようなこの二人の会話は、なんとなく演技とかではないような気がしたのだ。

 そうだとすると、考えなければならない案件が余計に増えることになってしまう。僕はリンと出会ってから、結論の出ない考え事を抱え過ぎている。


 それに、「リンの跡をつける」という意味不明な行為をやらかした上に、それを見つかって散々笑われた。


 パニックだ。なんでこんなことになった!?

 もはや心の余力はゼロ。だから、この二人の会話については完無視。


 リンとネリムさんに続いてオートロックの扉を通過し、うなだれた僕はエントランスからマンションの中へと入っていった。

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